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人の重さと言うのはどの類の物質よりも多少は重く、そして熱いものだ。
身体の凹凸を隙間なく埋めれるように作られた人体は、合わさった途端にぴったりとまるでパズルのピースみたいに綺麗にはまる。少しだけ救えないのは持ち前の温度であり、当てはまる凹凸の隙間を塞ぐのが温度の役割でもある。
浦原はこの温度と言う物に弱い。元来冷え性気質な男が生温い温度を持ち得ている筈が無く、年中無休で冷たい男は根本的に夏が嫌いであるから、今の現状から脱出する術を模索していた。それでも生温い温度が浦原の取柄でもある回転の早い脳内をめちゃくちゃにするのだから状況は不変などせずますます悪化していくばかりだ。
困った……否、参ったと言った方が正しいのかもしれない。浦原は自由になる両手で宙を切っては置き場所を探り、諦めた様に己の後頭部へと持っていき頭を掻いた。

土曜の午後。燦々と降り注ぐ太陽の光りは冬の冷たさを誤魔化している。視界で見る暖かさに裏切られて肌を刺すのは氷みたいな冷たさだと言うのに、浦原の自室は不思議な事に温度を感じさせないくらいひっそりとただ存在していた。まるで家主みたいな風体に笑いたくなるも瞳を濡らして歪ませた涙がソレを許してはくれず、息苦しくなって吸い込んだ際に鳴る音が些か子供じみていた為一護は再びスンと鼻をすすった。

「黒崎サン…」

困ったと言葉裏に含まれる感情が音と成って現れ一護の鼓膜を軽くだが多少大袈裟に揺さぶる。だって彼の声色は本人を裏切ってこんなにも暖かで甘い。せめて冷ややかな声色を出してくれたのなら諦めもつくと言うのに。
冷たい男が持ち得る唯一の温度が声色だなんて笑い種だ。ますます報われない。
胡坐を掻いて座る浦原の中央を占める様に向かい合わせで座り、その肩に頭を乗せて両方の手の平で作業着の裾をきつく握り締めた。
こんなにも近付いて、こんなにも密着して、こんなにも温度を合わせているのに。やはりココロまでは合わさる事など無いのだろうか?不透明なココロの在り処さえも分らない一護なのに、どこかで祈ってしまう。
本当はココロの在り処を知っている筈なのに。どこで見落としてきたのだろう。

「あのぉ…黒崎サン。どうしたの?」

どうもこうもあるものか。悲しくて情けない感情でいっぱいいっぱいなのだ。
伝えようにも口を出た声は嗚咽にしかならない。どう足掻いたって音に成した瞬間、言葉と言う物は脆くも儚く消え去ってしまうのでは意味が無い。
なんでバベルの塔は破壊されてしまったのだろう。場違いな思いをした。

「こ、…とばなんて……」
「ん?」

やっと触れる事が出来たのは、抱きついて泣き出した子供の声色が不謹慎にも甘いと思ってしまったからだ。
眩いオレンジ色の髪の毛を梳くみたいに指を埋め、そして極力優しく撫でる。その所業が子供に何らかの感性を齎すと知っていてもそれしか術が無い浦原には後はどうする事も出来ない。それならこの優しさが甘さとなって子供の心を溶かせば良いと思う。溶けてしまえば頑なに固まって、怖いと思う事も無いだろうと。
だから優しくも打算的に触れてやる。

「いらない」

スンスンと鼻をすする仕草が如何に子供っぽいかを、彼は身を持って知っているのだろう。そんな自分に情けないと思っているのだ、彼はきっと。
要らない。と放った声色はやけにはっきりしていて明瞭な象りを用いて浦原の脳髄に届いた。
頭に響いた声色と言葉が生み出す感情に名前を付けるとしたら寂しいだ。
そんな寂しい事を言わないで。切実に思う。

「要らないだなんて……」
「だって、…」

スンスン。再び鼻を鳴らす。一護はいつまで経っても止まない涙の嵐にクラリと眩暈一つ覚えた。
途方も無い。こんなの。
言葉に成り下がる想いが陳腐過ぎて。どの類の言葉も見当たらない。形容し難いこの想いを抱きこめるだけの容量は一護の中には無い。勿論、浦原の中にも無いであろう。そう思ったらまた、涙が溢れ出てくる。

「言葉が形になったら、安心しますか?」
「………」

何も答えられなかった。
YESともNOとも言えない。だって浦原…。
安心したいが為に男を繋ぎとめたい訳じゃなかった。こうして子供宜しく駄々をこねたところで、男が成す術も無いのは目に見えて分っていたからだ。
難しいなあ、と浦原は呟いた。
震えだして止まらない背中を優しげに触れても、ポンポンとリズム良く叩いても、きっと彼の動悸は止まないだろう。

「…ナニカ、君に残せたら良いのに」

この想いの欠片を、目に見える形で残せたら良いのに。
浦原にも見えた。言葉に成した想いの欠片が酷くチープな物へと変化していくサマが。

「途方も無い」

呟かれた言葉が形と成って一護の心を更に深く傷つけたが、背中を擦る優しくて暖かな手の平が絶望的に甘かったので偏頭痛を起こしてしまう様な眩暈を感じた。
センチメンタルに陥るにはまだまだ言葉が足りなさ過ぎた。















春先間近のセンチメンタル




あきゅろす。
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