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ガシャンガシャンと階下から聞こえてくる不穏な音に、またか…と溜息ひとつだけ吐いて浦原は自室を後にする。
廊下を出た直ぐ側の螺旋階段。そこを降りてリビングを通り抜ける。また続く廊下の端に位置づけられた部屋の扉はきっちりと閉じたまま、まるで浦原を拒否している様だ。
癇癪持ちの彼は薬が切れるとこうして部屋中の物を手当たり次第壁へと叩き付ける。
写真立て、筆入、本立てに花瓶。様々だ。そして散らかった部屋を片付けるのは浦原と決まっている。

「入りますよ」

おざなりにノックをすると扉の向こうからドンと一際大きい音が鳴り、扉が震えた。

「………一護さん、アタシですよ。……入って良い?」

ガシャン。また、音が鳴る。音が飛び散る。今度は何かが割れる音が聞こえてくる。ああ……少し危ないかも。

「一護さん?」

ドアノブを回して扉を開いたと同時にギギギと軋む音がする。きっとこの音にさえも彼は神経質に嫌がるのだろう。音を立てぬよう配慮するが、どうしても鳴る扉の音は浦原の耳に直接入り込んできて、その不協和音が心臓に響いた。
シングルのベッド上に体育座りをする一護が目に入る。そのオレンジが夕日に透けて綺麗だが、荒れた部屋の有様といったら無かった。これを片付けるのかと思えば思う程溜息を吐きたくなってくる。

「一護さん」
「………るせぇ……」

彼の華奢な身体には少々大きい白いワイシャツから素足が覗く。黒のボクサーパンツの色がチラリと見え隠れしている様がどうしても目に痛い。
一護の前で屈んで膝に埋められている顔を覗く様にして見つめた。触れた手の平は冷たい。低体温である自分の手の平の方が暖かいと感じる程だ。

「おやつ、食べますか?」
「……馬鹿じゃね…、おやつって時間かよ……」
「うん。でも食べよう?君の好きなフォーチュンクッキーがあるよ」
「……あんなもん…ガキの食べ物だ……好きじゃねー……」

菓子の中に入っている小さな紙切れは全て夢の詰まった未来図が描かれている。それが嫌いなんだ、と先日もらしていた。
未来なんて描いて良い物では無い。予知なんて言うのはただの幻想にしか過ぎず、多少のデータベースの中から齎される一種の選択肢に過ぎない。はっきりと描かれた未来程嘘っぱち甚だしいのは無い。そんな事分りきっている筈だけど、夢を見るくらいならタダだと思っている。

「…一緒に食べよう?一人は嫌ですよ」
「……んだよ、…さ、びしい……のか?」
「ええ。一護さんが一緒に居てくれたら嬉しい。そして一緒におやつも夕飯も朝食も、夜寝るときだって一緒が良いです」

優しさが溢れる様に笑んだ。
その笑顔に一護の橙は緩むが、眉間に刻まれた皺だけは濃く残る。疲れないだろうか。そんなに力んで歩んでいくのは、疲れないだろうか。浦原は何度も一護の心の中のドス黒い物体に対面しているのに、それを吹き飛ばす術を持ち合わせていない。この金色は、黒を跳ね返す力を持ち合わせてはいない。そう思う事が一番の苦痛だった。

「ねえ、一護さん。」
「…何?」
「…………これからもずっと、一緒に居てくださいね」

叶わない願いだと知りながらも口にする事は卑怯だろうか。
珍しく眉間に皺を寄せて微笑んだ浦原の笑顔がなんだか泣きそうで、一護は目頭が熱くなるのを感じた。
荒れた部屋、荒れた呼吸、荒れた心、どれも病的すぎてなんだか浦原の存在がマボロシみたいだ。

「うん……ずっと、……一緒……」

浦原と言うマボロシが消えて、自分は一人なんだと気付かない様に、一護は浦原に抱きついた。力いっぱい、浦原が消えてなくならない様に、抱き留めた。


















お願い世界、これをマボロシなんかにしないで




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