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急に息苦しくなった。それと同時に身体が重たくて動かない。久しぶりの感覚だ、と一護は思い額に冷や汗を浮かべた。
死神代行を受け持って虚との戦いに明け暮れていたものだからすっかり忘れていたけれど…少し前までは頻繁に受けた感覚が今、一護を襲って恐怖心を煽る。息が出来ないのでは無い、声が出ないのだ。まるで何かに喉元を押さえこまれている様で、それと同様に身体にもナニか得体の知れない物が全体重を一護に預けて圧し掛かっている様だ。否、例えでは無く実際圧し掛かっているのだろう。
キーン、とか細くも長い耳鳴りが段々と大きくなり身体中に反響する。そして意思に反して瞼が開いた。瞬きが出来ない。見たくも無いのに見えてしまう。
右腕を枕の下に置いたままの状態で、一護は自分の体の上にナニかが居るのを認識した。黒い、大きな物体だ。それが一護の身体の自由を奪っている。その黒は闇の色と酷似していて、どこから闇なのか、どこからこの物体なのか分らなくなってしまう。もしかしたらこの部屋中に広がった全ての闇が一護の身体上に圧し掛かっているのかもしれない。

「………」

のそり、微動に動くそれが一護の頬に触れた瞬間、背筋がゾワゾワと戦慄いた。
ああ………なんてこった…これは…全て、髪だ………
毛むくじゃらと言えば多少は可愛いかもしれない。だけど一護の身体の自由を奪うそれは全てが長く痛んで死んでいるパサパサの真っ黒い髪の毛だった。まるで一本一本が意思を持つ様にザワワと揺れる。
風に揺られているのか、それとも自覚を得て動いているのか…それは分らない。
また、どんな理由で人様の睡眠を妨げているのかさえも、分らなかった。

「…………」

一護の瞳は瞬きする事も無く、じーっと白い壁を眺めている。それでも神経のひとつひとつがコレは厄介な物として意識を集中させているので未だ、耳鳴りは止む気配を見せない。さて、どうした物か…。そう冷静に考える事も出来ないまま、一護の視界に黒が迫ってくる。
ざわ、…サワ…、ざわざ、ザワざわ…さわざザワサワザワッ
移動の音が速くなり、一護の耳鳴りを消し去る程大きく響いたと思った時にはその髪の毛の塊は一護の目の前まで来ていた。
全て黒だ。
それも汚い、黒だ。
折れ曲がったり千切れたりした髪の毛が枕元に散らばる。一護の目の前を陣取ったソレから目が反らせられない。背中は既に冷や汗でぐっしょりと濡れ湿っている。

「…………」

動け、動け…動け動け、動けよっ!
どんなに心中深くで叫んでも、やはり一護の身体の自由は解けなかった。

「!!」

心臓がドキリと痛いくらいに鳴いた。それでも一護の表情は無だ。目だけががっちり開き、目の前の物体を凝視している。そんな自分の姿を想像するのも恐ろしいではあるが、目の前の髪の毛、その割れ目から何かが見える。なんだ、アレは…?見たくないのにソレに気付いた瞬間、琥珀色の瞳はその正体を見破るがごとくそこだけに集中する。
白い、その黒に勝る様に白いナニか……。悪寒がした。歯だ。アレは正に歯だ。真っ白い、黒に染まる事が出来なかった白が笑いを象っているのが垣間見れる。ニィ、とそれは確かに一護に向けて笑んだ。否、微笑んだと形容するには余りにも可愛らしすぎて不適切だろう。

「……」

音が鳴る様な厭らしい笑みだ。その真っ白い歯並びがリアルで再び背筋に悪寒が走る。気色悪い笑みだ。
カチカチと一護の歯が鳴る。恐怖で震えた身体が唯一施した自由の証。頼むから……声だけでも良いから、出て、くれよ…っ!そんな一護の葛藤を知っている様に目の前の白が言葉を紡ぐ様にしてゆっくりと動く。
聞いちゃ駄目だ。これだけは聞き入れちゃ駄目だ。本能はそう叫ぶのに、一護の瞳はその白から離せないでいる。苦しい……。

「まぁた君は、厄介な輩にばかり好かれますね」

外の空気と共に澄んだ声が部屋中に充満した。浦原だ、思ったけれど未だに視線を外すことが出来ない。まだ、声も出ない。

「……腹立たしい」

冷めた一声と共に目の前の黒に銀色が突き刺さった。キィイインと啼いた紅姫の鋭い牙が黒の物体を容赦なく切り裂く。最後にあの真っ白い歯並びが下品に啼いた様な気がした。

「折角来たのに、アタシ以外と見詰め合っちゃって。」

ヤキモチ、妬いて欲しいの?
やっと呼吸が出来た時、耳に届く低い声色が痛い。動ける様になった視線、浦原へと向ける前にその金色が目前にきた。
二人並んでベッド上に寝そべって、浦原は片肘をつきながら一護を見つめる。コクリ、生唾を飲んだら喉が痛んだ。

「……呼吸が荒いっすね。指先も冷えてる。まだ、苦しい?」

過呼吸を起こしそうになる程の恐怖を久しぶりに味わった様な気がする。目敏くも一護の呼吸の荒さに気付いた浦原の指先が髪に触れ、耳裏をそうっと撫でた。

「こ…、」
「…こ?」
「こ、わかった……っ!怖かった!」

声を出せばチリリと喉が痛んだが、一護の爆ぜそうになった胸の内はどんどんとドス黒くなっていき、それが侵食して自分が飲まれるのが怖かったから声に出した。自由に動かせる様になった腕を伸ばし、浦原の襟を掴む。震えた指先が見え、重なった浦原の指先が幾分か大きく見える。大人の手と子供の手。こんなにも冷たいのに、大人の手はとても心地が好かった。

「怖い怖い!なにあれ!マジで怖いっ!」
「うーん……なんて言えば良いか……幽霊とも悪霊とも虚とも違う輩っすから……」
「は!?絶対悪霊の域だろうがあれっ!!」
「説明が難しいなあ……」

喉元で押し殺した様な笑い声。浦原は時々、柄じゃない笑い方をする。常に人を食った様な小馬鹿にした様な笑いをすると言うのに、一護の前でだけはこうして笑う。まあ、意地が悪い笑みに変わりは無いのだが。

「はぁ……もう二度とごめんだ…まだ虚相手にしてた方がまし……」
「そんなに怖かった?」
「馬鹿かお前!怖いに決まってんだろうがっ!身体動かないし声出ないし!見たくもねーのに目ぇ閉じれねーしっ!」

くく、再び浦原が笑う。
少しだけ赤くなった一護の目元を人差し指で優しく撫でる。まるで涙を拭う様なその仕草。とても、優しい。

「じゃあ今日はアタシが添い寝してあげる」
「……へ?」

目元を撫でた指先がするりと口元へ移動して来、ゆっくりと下心を含みながら唇をなぞる。にんまり、笑んだ金色があの白を消していく。

「や……えと、…浦原……」
「なあに?」

襟を掴んでいた指先をそうっと包まれながら、浦原の顔が近付いてくる。近くなった体温と息遣いと、声。
ぎゅうっと目を瞑ってしまう。近付き過ぎた金色に瞳が堪えられなかった。なんて、綺麗な金色だろう。綺麗すぎて、技巧的過ぎて、……怖い。いつしかその色彩に飲みこまれてしまい自分の色を失くすのではないか、そんな馬鹿みたいな事を考えて、近付いた金色にゾワリと背筋が唸った。
軽く触れた冷たい唇から温度が伝わる。

「……つめた……」
「だって外に居たんですもの」
「……毛布、かぶれよ」
「……添い寝はオーケイって事?」

何もしなければな、小さい声でそう言った子供を見て大人はフ、と小さく微笑む。

「ええ、今夜はずっと君の傍に」

耳元で柔らかく囁けば触れる吐息がくすぐったいのか、身震いをしてから瞼を閉じた。
すっぽりと腕の中に収まる橙が愛しい。部屋中に広がる暗闇の中でもその輝きが褪せる事など無い。だから、闇が欲しがる。あの光りが欲しいと、汚い黒がそう囁く。その僅かな振動を感じ取り浦原はニンマリと人の悪い笑みで持って小さな呪文を部屋に放った。
コレハアタシノモノ。それだけの呪文が闇を切り裂く。

















闇よ、宣戦布告なら受けて立とう




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