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19


まるで神様になったみたいだわ。
少女の様な笑みのまま、その細くも長い両腕をめいいっぱい横に広げて彼女は春の風を全身で受止めた。
街が見下ろせる小さい丘の頂上で、朝の風を吸い込んで吐き出し、澄んだ真っ青な空を見上げて再び笑った。まるで神様になったみたいだわ。えらく純粋に笑むものだ。浦原は少なからずそう思って笑った。

「ね?朝一番の風も心地好いものでしょう?」

春だと言うのに明け方はまだ肌寒い。冬の残り香を含んだ風が彼女の身体を突き抜けている様な感覚がして浦原は苦笑い。元来、浦原には風を感じる事が出来る肉体が無い。

「さあ?僕は霊体ですから…風を感じる事は出来ませんけどね」
「ふふ、感じる事は出来るわ」

茶色いウェーブのかかった髪の毛が風に吹かれ、浦原の目前に舞った。仄かにシャンプーの香りがする。
ホラ、両腕広げて?頭3つ分も低い彼女は浦原を見上げて微笑む。柔らかな笑みだ。そう思ったら自然と口角が柔らかく上がっていた。
浦原は腕を広げる代わりに彼女の柔らかな髪を撫でる。触れた所から壊れていかないように丁寧に、細心の注意を払いながら触れた。やはり、彼女は暖かで柔らかだった。

「?なあに?」
「柔らかい。」

ふふ、笑いながら浦原の好きにさせる。

「それと、暖かい」
「ね?感じる事が出来たでしょう?」
「え?」


嬉しそうに笑んだ彼女の画を最後に、ここで浦原の夢は途切れて終了。
瞼を開いて最初に視界に入ってきたのは見慣れた自分の部屋の茶色く古臭い天井。随分懐かしい夢を見たものだ…と寝返りを打てば「ぅん…」と小さく何かが鳴いた。
浦原の直ぐ傍、健やかな寝息を立て、普段眉間に刻まれた皺が無い事が彼の顔を幼く見せている。出会ってから既に数十年経った今でも変わる事無いのは彼のその強い色彩。出会った頃は少年だった彼も今では立派な大人になっていて、目尻辺りに刻まれた皺がなんだか愛しい。
何度、その瞳に映っていただろう。何度、その声で呼ばれただろう。何度、その手で触れられただろう。
白の敷き布団に落ちた橙を撫でる。何度も丁寧に、あの時彼女に触れた様に細心の注意を払いながら触れ、髪を梳かした。見た目の強い色彩を裏切って手触りは凄く柔らかい。風呂に入った為に洗い流された整髪剤のごわごわ感も無い。一本一本がすり抜ける様に浦原の指先から滑り抜けた。
ああ、柔らかい。そして、

「あったかい……」

どうしてこんなに愛しさが胸を締め付けるようにして痛みを生み出すのだろう?
こんなに愛しい愛しいと思えば思う程に傷みを与えられるのに、こんなに優しい気持ちなのに。愛と言うのは凶暴だ。と感じ、不覚にも目頭の奥が熱くなったのでそのまま口を閉ざして傍に居る彼を抱き締め、目をきつく閉じた。
あの頃、はっきりと感じる事が出来なかった感情が今更、浦原の心臓を濡らす様に溢れた。
こんなに辛いならば、と。
こんなに胸を締め付ける恋情ならば、これで最後が良い。
この子で最後ならば、良い。
そう強く願う様にぎゅっと抱き締めて、再び眠りに墜ちた。

「ね?感じる事が出来たでしょう?」

思い出の中で彼女が大層愛しげに浦原を眺めながら言葉を紡いだ。




















どうか、これが最後の恋だと言って欲しい




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