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眠りから覚める瞬間と言うのはまるで水中から凄い力で引き上げられる様な感覚だ。
目が痛い。きっと昨日パソコンと睨めっこ対決6時間を労した事が災いしているのだろう。酷使しすぎたせいで疲れきっていた目が、まだ寝足りないと一護に訴えていた。
暫しボーっとして一護は眠りを妨げる様に唸る携帯電話を見つめる。青のランプが点滅を繰り返し、白のシーツカヴァの上でヴーヴーと震えだしていた。ディスプレイに表示された名前と番号にやっと一護の脳みそは活動を再開する。なんだってこんな真夜中、まだ朝日も神様も起きていない時間帯だろうに。ひそり、眉を顰めいつもの表情に戻る。

「…今何時だと思っているんだ馬鹿が、4時だぞ?」
「ハニートーストが食べたい」

人様の眠りを妨げておいて第一声がそれか。よし殴る。一発と言わず何発でも気の済むまで殴り通してやる。けれどその前に寝かせてくれ。
一通り思考を働かせた所でもう一度受話器越しからハニートーストが食べたいと変わらぬ声質で言われたのだから一護の血管がぶち切れた。

「ざけんなコンビニにでもファミレスにでも行け!」
「やだ。君が作ったのが食べたい」

どうにもこうにも。一度我侭を言えば、それが通るまでずっと、それこそ延々と我侭を突き通すのだろうこの男は。一護の引き攣ったまま戻らない口角がヒクヒクと震え、たまらず枕にボフンと顔を埋めた。

「……もう…なんでこんな時間に……」
「目が覚めたから。あと、身体が甘いの求めているっぽいから」
「煙草で誤魔化せ」
「嫌だ」

今度ははっきりと拒否の言葉を強調する。電話越しの相手の声は酷く掠れ、普段の数倍も低かった。目が覚めたからと彼は言っていたが、この調子ではきっと貫徹だったのだろう。

「20分で行きます」
「え、ちょ…おいっ!」

ブツンと切れた神経を逆撫でする音が受話器越しに聴こえ、その後はツーツーと事切れた機械音だけが耳に響く。一護はこの音が一番嫌いだ。安易に関係が切れる様な気がする。少しだけ被害妄想が過ぎるのかもしれない。
もう一度携帯電話を見て、デジタルに装飾されている数字を眺めながら深く、長い溜息を吐いた。



じゅー、と控え目だけれど真夜中に出す音源としては間違った音が静まり返る夜の中を闊歩する様に響く。隣が空部屋で良かった、と思うが安堵する理由があの男と直結しているみたいで何となく嫌な気持ちになった。なんで俺が隣を気にしながら台所に立たないといけないんだ、しかも真夜中!何がハニートーストだ甘い物ダメな癖に。めちゃくちゃ甘ったるく作ってやる!蜂蜜たっぷりかけてバニラアイスもそえてやる!ひとつ考え始めたら彼に対する気持ちが倍増し始めた。たったひとつ考えただけでこんな真夜中に彼の事を思っている。それが少しだけ癪に障り、眉間の間に刻まれた皺がよりいっそう濃くなったが、フライパンを返す仕草は手馴れた物で、こういう時にさえも職業柄が災いして出来上がったトーストを丁寧に皿へと盛り付けていく。

こんがり狐色に焼けたブレッドにナイフで切り目をつけ、その上から蜂蜜をかけてオーブンに入れる。チン、とオーブンが鳴り瞬く間に部屋中が甘く良い香りでいっぱいになった。取り出したブレッドにバターを乗せ、先程と同じ様に上から蜂蜜をかけて出来上がり。こんがりと焼き目のついたトーストにバターと蜂蜜が混ざり合って見た目にも美味しそう。

「さすが俺!上出来」

ものの10分程度で完璧に仕上げた自分に満足したが、目の前のトーストから蜂蜜と香ばしい香りが鼻をかすめた瞬間に鳴った自分の腹を暫し眺め、もう一度フライパンを持ち始めた。





「おせーぞ、冷めちまうだろうが」
「………寝てるかと思った」
「ああ?お前が食べたいって言ったんだろーが!」

小さく鍵を開ける音が耳に入り、玄関まで行けば丁度靴を脱いでいた浦原が居た。灰色のロングTシャツに淡いスカイブルーのパンツ、至ってラフな格好。一護を見て少しだけ驚いた瞳は銀色フレームのシンプルな眼鏡から覗いていた。

「ホラ、食ったら帰れよ?」
「冷たい」
「人の眠りを妨げた上に居座る気かよ?」
「今日は何時から?」
「人の話を聞け!午後からだよ!」

なら大丈夫じゃない。と微笑した男に殴りかかったが呆気なく腕を取られて抱き込まれる。香ったのは煙草と石鹸の香り。旋毛に軽くキスをされたら何となく怒りをぶつける矛先を見失う。不思議。
この男が本当は甘い物をただ食べるだけに来た訳じゃない事くらい始めから知っていた。自惚れかもしれないけれど、この男に今足りないのは甘味でも夜の静けさでも無く、一護なのだろう。意地を張る事だけに関しては自分と浦原は良く似ていた。寂しかったら寂しいと一言言えば済む事なのに、そう思って浦原の背中に腕を回す。ややぶっきらぼうに回された腕に浦原が笑ったのが分ったが敢えて放置しておく事にした。
甘い香りがする。そう言った男の声が優しい音になって廊下に、一護の耳に響く。そんな真夜中の少しだけ甘いお話。




















蜂蜜色に変貌する夜の闇




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