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「コンバンワ」

何度目かの溜息の後、音もなく冬の冷たい風が部屋の中に入って来た。あの低くて甘い様な不思議な声と共に。
ゆっくりと、雑誌から視線を外して窓側の方を見る。
窓の縁に下駄を乗せ、冬の悪戯な風邪に帽子を持っていかれないように片手で抑えながら、その月と酷似した冷たい瞳を隠しながら口角を上げる浦原を見据えた。

「………なに」
「朽木さんに伝言したんですが、聞いてなかったですかね?」
「……だから、何の用?」

ありゃ、ご機嫌斜めだ。そんな普段と変わらないチャラけた物言いで一護の神経を逆撫でする。
冬の風が更に冷え切った矛先を一護の傷口へと当てる。ズキズキ、そしてドキドキ。彼の声を聞いただけで、姿を見ただけで、こんなにもこの胸は高鳴る。まだ、こんなにも一護の心を震わせ掴んだまま離さない浦原が憎たらしい。
下駄を取り、そのままベッドへと足を乗せる。ギシ、そう鳴いたベッドのスプリングが一護の心の軋みとシンクロする。

「……用事、無いなら帰れよ」
「用事。ありますよ?」

カサ、と手にぶら下げていた紙袋から綺麗にラッピングされた茶色い小包を出す。
小包に記されていたロゴは最近バラエティ番組とかで良く目にする物で、妹の遊子なんかは凄く食べたいと言ってはしゃいでいた。季節限定のショコラ2個の詰め合わせでも1000円を越す代物。ジャン=ポール・エヴァンのチョコレートなんて学生の一護ではとてもじゃないけれどそう易々と手に入れられない。
少し手に余る長方形のソレを暫し見つめる。

「……なに」
「チョコレート」
「………だから?」
「好きでしたよね?」

好きだけど、とても好きだけど!いよいよこの男の心理が分らなくなってきた。
あのキスをして以来、会ってなくて、連絡も何もしてこなくて、ましてこんな風に窓から侵入してくる事もなかったのに。
あんた、何考えてんだよ?あのキスの事、無かった事にしたいのかよ?
そう心の中では罵倒として文字になる気持ちを音に成せない。久しぶりに会えて嬉しいと言う素直な感情と、何を考えているのか分らない男に対しての不信感がない交ぜになり、胸ヤケ状態の今はとてもじゃないけど気分が悪い。

「意味、分らん」
「だって明日はバレンタインでしょう?知らなかったんスか?」
「知ってる!!!」

ニヤニヤと意地悪く笑った浦原の言葉に食ってかかる一護はそれが挑発だと言う事を知らずに怒りだけを表情に乗せ浦原を睨むも、当の本人は笑いながら包みの青い紐を解く。
細長い神経質な指先がしゅる、とその紐を解く。その箱の中から甘い濃厚なチョコレートの香りが部屋中に漂った気がした。
画面越しでしか見た事ないショコラが今、目の前にある。

「ホラ、チョコ。好きでしょう?」
「………好き、だよ………だけど…」

お前が貰ったヤツだろう?それ。
帰り道、偶然見かけた浦原と見知らぬ女の人が頭の中をよぎる。震える手つきで手渡す彼女の華奢な手首。微笑んだ男。
拗ねた様に告げた言葉は小さく掻き消えそうなぐらいだったのに、浦原は一護の言葉を聞き逃す事はせず、勧める手を止め、あの金色の冷めた瞳で一護を射抜いた。

「…これはアタシが買ったやつですよ。」
「お前が?その格好で新宿とか…洒落になんねーぞ…」
「ちゃんと洋装で行きましたよ。食べないの?」

ショコラには目もくれず、一護は負けじとただ浦原の瞳を睨んでいた。
差し伸べた箱を引き、一粒だけ取って自分の口に運ぶ。ブワリと濃厚なカカオの味とヘーゼルナッツの香りが口内に広がる。少しビターなソレを舌先で堪能した後、噛み砕いて飲み込んだ。

「……流石、騒がれてるだけはありますね」
「…………」
「欲しい?」

なんでそんな…意地悪く聞くんだろうか?
なんでそんな、一護に選ばせる様な言い方をするんだろうか?
男の心意が読めないまま、何も発する事もせずただコクリと首をゆるく縦に振った。

「はい。あーん。………口、開けないと食べれませんけど?」

ショコラを一つ摘んで一護の口元まで持っていく。可愛らしいリップの絵柄がプリントされたショコラから濃厚なチョコの香り。
戸惑った末に恐る恐る口を開けば、その神経質な指がショコラを口の中へと入れる。

「美味しい?」
「………んまい」

くちゅりと噛み砕いたショコラからカカオの香りがぶわっと広がる、名残惜しそうに唇の端に触れた指先が離れた所を自然に目が追う。細長くて神経質なその指先が再びショコラを箱から取り出す。

「もっと?」

悪戯気に微笑んだ瞳が憎たらしい。
コクリと飲み込んだショコラが喉元で蕩けた瞬間、頭の中がふわふわしてくる。まるで毒みたいなその甘さに再び無言で首を縦に振った。
もう一粒、取った後、浦原は考える素振りを見せながら一護を見つめる。
なん、だよ…。そう問いたいけれど、何故か声が出てこない。
まるで先程飲み込んだショコラの甘さが声を殺してしまったみたい。本当、あの甘さは毒だったのかもしれない。

「はい、」

信じられない。と思った一護の瞳は大きく見開かれ、ベッドの上に腰掛けてショコラを口に挟み不適な笑みを浮かべたまま一護を見上げた浦原を見た。
先週、キスをした。この目の前の男と、男の部屋の前の縁側で。
あの時に見た金色の瞳は優しげだったけれど、今目の前で光るその瞳は冷たくてどこか意地悪。
少しだけ上がった口角に、一護は馬鹿にされてると感じ、顔を真っ赤にしながら眉間に深く皺を寄せ、ベッド上に腰掛けた浦原との距離を縮める。

「…お前、……何考えてんの?」
「………」

食べないの?金色が聞く。
薄い唇で挟む様に加えられたショコラ、その隙間から見える赤い舌がやけに人間じみていて、少しだけ蠢いたそれに胸がざわついた。
いつも少しだけ見上げる位置にあるその瞳とその唇。ベッドに腰掛けた分、今は浦原が一護を見上げているから勘違いしてしまいそうになる。その唇に引き寄せられてしまう。その金色に、飲み込まれてしまいそうになる。
浦原の瞳と口元に加えられたショコラを睨みながら、その距離は縮められたのに触れる事もしない一護に焦れてか。浦原の右手がそうっと一護の腕に触れた瞬間、ビクリと大きく体を震わせたと同時に、更にきつく睨み付けた一護に内心笑ってしまう。
ねえ、君から触れて。
そんなズルイ事ばかり考えてしまう。

「……っ、くそっ」

責める様な金色に勝てなかったのは一護で、偉く乱暴な言葉を吐いた後、浦原の右手を掴みながらショコラに唇を寄せる。
カリ、唇に触れるか触れないかの際どいライン。分かち合ったのはショコラの濃厚な甘さだけ。

「………ん。んまい」
「………もっと食べます?」

先程と比べて随分、不機嫌そうな顔をしながら浦原は問う。やはり、何を考えてるのか分らない。
はい。再び同じ姿勢を取る男を見下す。未だに繋がられた手の平から伝わる物があれば良いのに。冬の外気を含んだかの様に冷たいソコから伝わるのは極僅か。
なあ…こんな寒い中、なんで態々こっち来んの?なんで、俺に会いに来てくれんの?

「…言え、よ。浦原…」
「食べない?」

ホラ、そう言う様に一護の言葉を無視して浦原は顎を上げる。咥えられたショコラから甘い香り。繋がれていた手の平はいつの間にか指と指が絡まりあっていて、悪戯にきゅっと力を込められる始末。
どちくしょう!ほんっと、意地悪い!
ギシ、浦原の足の間に膝を乗せただけで唸ったスプリングがなんだかヤケに卑猥な音に聞こえて、自分の部屋の筈なのに何故か後ろめたい気持ちになるのは全部、全部この男のせいだ。
さっきよりも近づきフレンチに触れた唇は、初めて口付けをした時よりも冷たく、そして心臓が足早に唸った。
あ、煙草の香り…そう思ったのも束の間、空いていた左手が後頭部にあてられ強く引かれる。ショコラを含んだせいで開いた唇から入ってくるのは甘いショコラと男の冷めた舌先だった。

「ん、んーっ、んん」

最低だと思った。人の隙を突いて差し入れられた舌先もそうだし、自分からは触れない癖に人が触れると調子づいてその先を奪う様に持っていく大人。
絡んだ指先がまるで拘束だと言う様に力を込められる。口内で唾液とショコラが交じり合い、息を奪うかの様なその口付けに幼い一護の舌先は逃げるばかり。それを逃がさないと言わんばかりに浦原の舌先が追い、捕まえ、絡まり、食む。上手く出来ない息継ぎに口の端から零れ出た唾液を舐め取るその仕草が手馴れた大人の余裕を曝け出していた。

「はっ、……おま…」
「もっと?」
「………」

意地悪気に微笑まれた金色とは逆に後頭部にあてられた手の平が優しくうなじを撫で、そして指先が首筋を撫でる。ゾワリと背中に走った何か。それが分らないまま、浦原は先を進める様に再びショコラを口に含んだ。

「…ん、…んぅ。う…ん、ん…」

三度目のキス。
いつの間にか一護の右手は浦原の肩へ、浦原の左手は一護の腰へ。
深いキスにより足に力が入らなくなった一護は自然と浦原の膝の上へ乗り上げる形となる。荒い息遣いが部屋中に響き、浦原の煙草の香りと甘いショコラの香りが充満したそこは、眩暈がしそうなくらい濃密で。
ショコラとキスに酔いそうだ。

「…凄い、…甘い」
「はっ、ぁ……んん、」

息が出来なくて、苦しくて、差し入れられた舌先が熱を持って熱くて、目の前の景色が歪んだのを見て、ああ涙が出てるんだ。と客観的に考える。相変わらず、目の前の金色は意地悪く笑うばかり。
漫画とか映画とかで見るキスシーン。あんな事を今自分は、浦原としてる。キスがこんなにもくちゅくちゅとした音が鳴るとは思ってもいなかった。
苦しくて甘くて苦いキスが終わった後、お互いの唇から透明な糸が繋がる様に引いたのを見て急激に恥ずかしくなった。

「まだ残ってますけど。食べる?」

そう聞きながら不敵に笑い、濡れた唇を親指で拭うズルイ大人。
ゆるく首を振ってもういい、と小声で言った。
なんで、キスなんてするんだろう?

「分らない?」
「………お前の気持ちなんざ、……他人の俺が分るかよ…」
「言ったら分る?」

悪戯に光る金色が、優しい色へと変わったのを一護は確かに見た。
本当はね、君から触れたらもう良いと思ったんだ。
そう言った男は箍が外れたかの様に触れてくる。今まで触れ合う事が無かった時間を埋める様に、密着した体、服越しにでも自分の鼓動の早さが男に伝わってしまいそうで、恥ずかしくて、体を離そうと逃げる腰を男の左腕ががっしりと掴んで離さない。

「お前って…、ズルイよな…」
「そうっすね。……こんな歳になるとね。……今まで無駄に生きてきた分、臆病にもなるんです」

なんだそれ。
あまりにも、あまりにも金色が寂しそうに笑むから一護はどうしたら良いか分らず、浦原の肩口に顔を沈めて彼の香りを嗅いだ。
煙草の香りとお香の香りが儚くて泣けてきそうだ。

「………オッサンの癖に」
「ええ、オッサンの癖にこんな健全な男子高校生に手ぇなんて出しちゃいますしね〜」

お互い、臆病になりすぎたのかもしれない。だなんて思って、少しだけ震えだした浦原の声に顔を上げて苦手だと思った瞳を見た。
「…あの女の人は?」
「………?………見てたんですか?」
「ばっちし」

頭をガシガシかきながらバツ悪そうに笑う。

「丁重にお断りしましたよ」
「なんで」
「…………」
「美人だったじゃん」
「……知ってる癖に」
「言ってくれなきゃわかんねー。良いのかよ?ピチピチの男子高校生だぜ?」

ふん。踏ん反り返って浦原を見下す。しまいには腕も組んで、お前が言わない限り受止めない。とハニーブラウンが言う。
一護が口を開く度にショコラの甘い香りが漂って、胸に残るあの甘さに頭はクラクラと揺れ、柄にも無く心臓が高鳴った感覚を浦原は覚えた。全く、子供と言うのは強い。

「…参りました」
「だから。………言えよ、浦原……なんであの人、断ったの」
「…………」

甘い甘いショコラ。
甘くて濃いキス。
甘い甘いあなた、(きみ)

「…スキな子が居るから……」

満足気に微笑んだ子供は照れながら俺も、と一言。小さな声で言った。















◆HappySt.Valentine's Day!!さあ皆でリア充狩りに出かけようゼ★なんて物騒な事は言いません←
取り合えず間に合った事に驚愕を隠せないでいます。もう途中からグダグダだったんで諦めてバレンタインはなしにしよ〜かな〜なんて思ってたんですが、頑張りました。meru…頑張ったよ母上!!!(何←)
ジャン=ポール・エヴァンのチョコの高さを知った時、「おいおいおいおいこんなん俺が貰いたいよ馬鹿」だなんて思って、自分用に買おうかと迷ってましたが、浦原氏に買ってきてもらいました。態々、新宿で(笑)
どうしてもこういうお洒落な代物を見ると脳内で浦一に変換する癖があります。服だったり、インテリだったり、車だったりね。今回はジャン=ポール・エヴァンを出してみたけど…食べても無いからどんな味だかさっぱり←
まあ高ければ良いってもんじゃないけど、学生さんを釣るのはベストかな?(笑)
最終的には浦原氏がヘタレになってきてます。今回のバレンタインコンセプトは浦原氏に告白させよう!でした^^^
皆様も砂吐くくらいの甘いバレンタインを過ごせます様、管理人は寒空の下、板チョコを貪りながら祈っておきますね^^^←




あきゅろす。
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