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「お慕いしております」
甘ったるい声が酷く耳障りだったのを記憶している。




ズルイ大人、甘い子供




土曜日は久しぶりに皆で集まって映画だのショッピングだのゲーセンだのに行ってめちゃくちゃ高校生らしい健全なお遊びを満喫していた。啓吾に至っては終始バレンタインがどうのこうのリア充がどうのこうの叫んでいたが、水色の毒舌でウジウジ泣いたり空元気になったり、まあいつも通りテンション高めだったって訳だ。

「一護だって井上さんのチョコ狙ってんだろーっ!?」

あ!それとも朽木さんかっ!?と一護にも突っかかってくる始末。なぜこうもチョコレートが欲しいと思うのか、自分で買えば良いだろう。と言ったらさめざめと泣かれた挙句に何も分っちゃいない子供扱いされたのでそこに腹が立ち無言の鉄拳をお見舞いした。

「だってバレンタインだぜ!?女の子から本命の男にチョコを送って好きです。って言う大告白イベントだぜ!?」
「浅野さんはバレンタインの解釈が間違ってると思うな〜」
「なぜに敬語だね?水色君よ」

啓吾の煩さは今に始まった事じゃないが、バレンタインを間近に控えた町一帯はどこか甘ったるいチョコの香りが充満していて、女の子達は密かに浮き足立った感じだった。ああ、日曜で本当に良かった。等と暢気に思っていた一護だったが、啓吾の「一護だって好きな人の一人や二人居るだろう?その人から貰いたいって思わないのかよ!チョコ!」って台詞には少しだけ胸元につっかえる何かがゾワリと音を成して騒ぎ出した感覚がした。

好きなのかな?と思った人なら居る。
死神代行とか奇抜な事をしているお陰かなんかで出会った人。きっと普通の高校生のまま過ごしていたら絶対会えなかったし接する事もなかったであろう大人。
最初は胡散臭くて名前さえ覚えられなかったけれど、接していくうちに段々と彼の事で頭の中が埋め尽くされていった。例えば香りだったり、淡い金色だか緑色だかが混じった不思議な瞳の色だったり、言葉の裏に隠された優しさとか厳しさだったり、しなやかに動く神経質な指先だったり、例えを上げたらキリが無いけれど。恋するってこういう事なのかな?と思ったら胸が痛くて少しだけその痛みが心地好かったりした。だからきっと自分はあの男の事が好きなんだ、と思った。



先週、浦原商店の店主の部屋前、縁側にてキスをしました。
世間話をしている際にお互いの間を走った沈黙、ふいにかち合った瞳と瞳、どちらからとも言わずに近づいて触れるだけのキスをした。
初めてしたキスは何の味もしなかったけれど、微かに鼻をかすめたのは煙草の苦い香り。なんでキスしちゃったんだろう?と言うか彼はどう言うつもりでキスをしたんだろう?好きだから?彼も、自分と同じ様な感情を持っているから?
キスした後は何事もなかったかの様に離れて、一護は門限があったけどこのまま浦原の側に居たいなと思って黙っていた。けれど浦原の「もう、時間じゃない?」の一言に少なからず傷ついて、怒る様に鞄を引っつかみ浦原商店を後にした。
なんなんだ一体。なんなんだあの男は。
一護の初めてを奪っておきながら何事もなかった様に笑った浦原が信用出来なくなった。本当は、好きじゃない?好きじゃないヤツとキスなんて出来るのか?それが、大人なのかな…。
ぐるぐると、一護の脳内であの時のキスがまだ駆け巡る。好きで好きで、自分だけが好きみたいで。負けた様な気がして。オカシイな、恋って勝ち負けなのかな?考えている内に惨めになった。恋って、こんなに苦しいのかな?


「で?実際の所、どうなの?」
「何が?」

ゲーセンに寄った後、育ち盛りの四人(啓吾、水色、一護、茶渡)は腹の虫の訴えによって近くのファミレスに寄っていた。丁度、啓吾と茶渡がトイレで席を外していた時、タイミングを見計らった水色が向かい側から聞いてくる。

「朽木さんと井上さん。一護はどっちが好きなの?」
「……お前までそう思ってんのか?」
「啓吾もね、あーは言うけど結構気にしてんだよ?一護、自分の事な〜んにも言わないからさ」
「……何もって…え、恋の相談とか?げえ…勘弁してくれよ…」

水色は日頃沢山のお姉さま達と入れ替わりのデートをしているけれど、全員に恋をしているのだろうか?あんなに苦しい事を全員に?自分の気持ちを全員にあげるんだろうか?一護はこの目の前の同じ歳である水色をマジマジと見る。

「……なあ、その、さ…苦しくないか?」
「ん?」
「…いや……お前、デートとかさ…えっと、なんつーか……全員好きなわけ?」

くそ、なんでこんな事聞いてんだ俺は!
今ならファミレスの中、羞恥心で死ねるとはんば本気で思った一護に対して水色は馬鹿にする訳でも笑う訳でも無く、淡々と話す。少し、一護はこう言う事に対して淡白過ぎるから、彼の口からあんな台詞が出た事に一瞬、戸惑ったけれど。

「うーん…難しいな……えっとね、別にお姉さん達が僕に恋してる訳じゃないと思うよ?彼女達もただはっちゃけたいだけだと思うし。彼氏とは違ったタイプの僕と遊ぶ事によってなんか解放されるんじゃないかな?実際の所、僕も彼女達に恋してるから遊ぶって訳じゃないしね。ドライな感じ?ちょっと難しいけど。特別な感情は持ってないよ」
「…………特別な感情持たなくてもキスとか、出来るもんなのか?」
「…………え?」
「!!!!な、なななんでも無いっ!!!」

凄く、ショックだったと思う。同じ歳の水色でさえも大人らしく見えて、恋に溺れて四句八苦しているであろう自分が酷く子供じみていて、まるで浦原に弄ばれている様で…まあ実際の所、特別な気持ちが無くてもキスは出来るらしいから…それを思うとまた傷ついた様にキシリと無く心を誤魔化す様に空になったグラスを持ってドリンクバーへと向かった。




「お慕いしております」

甘い様な声を聞いたのは三人と別れた後、浦原商店の近くでだ。
別に、会いたいからだとか、この前のキスはなんだったんだとか、聞く為でも会う為でも無くて。ただ単に帰り道だったから、仕方なく…。そう自分で言い聞かせながら商店に近づくに連れて足は重たくなり、胸は比例して高鳴る。すげー苦しいと思っていてもやっぱり本音は少しでも顔が見れたら良いなーと思っているんだからやっぱり恋って厄介だし苦しい。

目の前から女の人の高くて甘い声が聞こえたので咄嗟に近くの家の塀に隠れて伺う。
今時珍しい淡いピンクのワンピースの上から白の上品なトレンチコートを羽織り、茶色の長いストレートな髪の毛を冬の風に靡かせながら、華奢な女の手には明らかにソレと見られるピンクのリボンでコーディネイトされた白い箱があり、目の前に立つ時代錯誤の様な格好をした男に手渡していた。
帽子の影で瞳は伺えなかったけれど、おずおずと手渡された箱を受け取った男の口元は優しげに笑んでいる。時々、一護に投げかける様なあの笑みが今、一護ではない女の人に投げかけられている。
途端、立ち眩みがした。視界に映る二人から目を反らして、灰色のコンクリートの塀に背中を預ける。チカチカチカチカ、まだ夕方になる前なのに目の前には小さな星が散りばめられる。
動悸も激しい、息が出来ない。指先が震えている事に気付く、喉元から込み上げて来る何かに覚えがあった。これは、泣きたい気持ちだ。

「んだよな………意味わかんねー…」

なんで、キスなんか…浦原…。
あの時の男とのキスが忘れられない。今は凄く忘れたいのに、あの唇の感触だとか、鼻をかすめた煙草の香りだとか、少し触れ合った指先だとか、淡い金色の不思議な瞳だとか。全部、全部。思い出すのは彼の事ばかりなのに…。
世界が歪む前に、浦原商店を背に向けて遠回りだけど、家路に着いた。なんだかヤケに足取りが重たくて、変な物がついてんじゃないかってくらい肩が重かったけれど、この気持ちの悪さと苦しさには敵わなかった。
馬鹿野郎、馬鹿野郎、浦原の馬鹿野郎!何度も何度も、まるで呪文の様に心の中で唱えながら一護は空しい気持ちを抱えて家に着いた。玄関のドアを回し、引くと一気に甘い香りに包まれて一瞬、目を顰める。

「…ただいまぁ」
「あ!お帰りなさいお兄ちゃん」

早かったな。と遊子の隣で整った顔を少しきつくしてルキアが呟いた。黒崎家に堂々と居候をかました死神の少女はいつからかこうして料理好きの遊子と一緒にキッチンに立つ事が多くなっていた。
今も銀色のボウルを片手に持ち、右手には泡だて器を持ち忙しなく回している。

「…何やってんだよ」
「菓子作りだ」
「………なんで」
「明日はバレンタインと言うものなんだろう?」
「お兄ちゃんの分もあるからね〜」

語尾にハートマークをいっぱい飛ばしながら遊子はウキウキと湯銭してトロトロになったチョコをハート型のボールに流し込む。ルキアに至っては猫被りをしながら遊子にこのくらいで良いかしら?等と寒気がする様な物言いで話しかけた。ボールの中では真っ白いホイップクリームが角を立てて仄かにバニラエッセンスの香りを放つ。
女の子だな〜と思う。自分より幾分か小さい背丈に、華奢な作りの体。細い手首に細い足首、首筋とか少し力を込めたら簡単にポキリといってしまいそうだ。あと、理由なしに女の子は甘い香りがすると思う。

「ホラ、一護」
「え、えぁ?」

冷蔵庫に体を預けながら目の前の二人を見ていると突然、ルキアがチョコレートをすくったスプーンを目の前に差し出した。ぶわりと広がったチョコレートの香りが優しい。
ん。と差し出されたままのソレに一護はどうしたら良いのか分らず、躊躇しながらも少し屈んでそのスプーンにすくわれたチョコレートを舐め取った。今度は口内にチョコレートの甘い香りと味が広がる。疲れた心にはとてもじゃないけど優しい。

「…んまい。…で?誰にやるんだよ?」
「兄様」

即答ですか。そうですか。と一護が項垂れて余っていた板チョコをかじっていると、ルキアが少し遊子を気にしながら一護の耳元、小声で放つ。

「さっき浦原が来ていたぞ」
「……へ?」

ルキアの口から予想だにしなかった人物の名前が出てきて一護は持っていた板チョコの一切れを床へと落としてしまった。先程まで一護の心臓を痛いくらい鷲掴みにして、今も同じ痛さで縛り付ける人物。

「な…んで、だよ」
「さぁな。お前に用があるとか言ってたが…なんだ?修行か?」
「……ちげーよ」
「まあ良い。帰ってきたら連絡下さいだと」
「……わかった」

一体、何がわかったんだろう?と思ったが、実際の所何も解決なんてしていなかった。帰宅までの間、ずーっと足が鉛の様に重くて、歩く事もままならない動悸、息切れ、心臓が痛くて仕方無い。そんな中、歩いて家まで帰って来たのが不思議なくらい。
浦原、何考えてるのか分らない男。
浦原、初めてキスをした初めて好きになった男。
だけどまだ分らない男の気持ち、心の在り所。浦原はどう思ってるんだろうか?一護と同じ様に、心を痛めて、それでもその痛みにさえも心地好いと思っているから一護にキスをしたんだろうか?それがまだはっきりと見えないから子供の一護は迷ってしまう。



先程から何度もソレを見ては溜息をひとつ吐き、諦める様に広げられた雑誌に視線を戻した。それを何回も繰り返している。
緊急用に、と浦原本人から直接貰った彼の携帯電話番号。登録された番号に掛けられないでいる。帰ったら連絡下さいね、とルキアから伝言されたが、理由はあるのに一護は未だに戸惑っていた。
「お慕いしております」
そう言ったあの女の人の甘い声が未だ耳の中、甘く蕩けて鼓膜を焼き尽くす。
なんだってんだ。ちくしょう。
もう一度携帯を見て、今度は浦原本人を睨む様にして鳴らない携帯を睨みつけた。
本当は、こんな自分は嫌いなんだ。と一護は思う。ウダウダ悩むくらいなら突っ走るタイプの子供には恋の駆け引きだとか余りにも未知過ぎて、悪い意味で真面目な一護に取って、あんな霧みたいな大人…訳分んないけれど、自分の心が彼の所に行っている。それがとても歯がゆくて悔しい。
恋ってもっとふわふわでキラキラしていると思っていた。



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