9 白の泡が弾けた様に波紋を広げるから、それに侵食されるのが恐ろしくて目を閉じてみたんだけど、目の前に広がる嘘っぱちの暗闇じゃあこの恐怖は拭えそうにも無いから。だったらイルカ見に行けば良いんじゃん?って思いついたんです。 「………だからって……こんな、…寒空の中……」 イルカショーなんて大抵が野外と決まっているから、2月の真冬真っ只中、野外でイルカショーなんてする奇抜な水族館なんてある筈無いと踏んでいたのに、一護の目の前でイルカが華麗にジャンプを決めた瞬間が否応無しに視界へと入る。 吹き抜ける風も容赦無いって言うのに、飛び散る水しぶきが寒さに拍車をかけ、一体全体どんな拷問だと隣でヘラヘラ笑う男を睨んでみた。 「寒いんですけど…」 「わ。あんなに高く飛べるもんなんすね〜」 チャコールグレイのケシミア製マフラーを首に巻き、両腕を組んで少し屈んだ体制で浦原は飛び跳ねたイルカをじーっと見た。 きっと彼の金色にはあのイルカの尾ひれ背ひれの構造それこそ血管、神経、筋肉の一つ一つが鮮明に映し出されているのだろう。 彼の目線で世界を見たらどんな感じなのだろうか。一瞬想像して、それだけは絶対嫌だなと一護は一人思った。 「陰性でした」 浦原の声色が変わらない事と、その金色がずっとイルカを写しているのを一護は横目に見て、そっか。と小さく呟いた。 2週間、会えない日が続き久しぶりに電話が来たと思ったら「イルカショー見に行きましょう」だ。その時ばかりは浦原の神経構造を疑った。 「だけど暫くはエッチ禁止かな〜」 「……公共の場」 「良いじゃないスか、どうせ皆聞いてませんよ」 平日の真冬にイルカショーを見に来る客なんてたかが知れてる訳で。浦原と一護の他は前を陣取る子供達とソレを微笑ましく見守り寒さを凌いでいる奥様方だけ。後ろの方はがらんとしていてまるでVIP席みたいだ。 浦原の声がやけに響く。重たく、少しだけ鋭さを増して。一護の鼓膜をすんなり突き破る。少しだけ、海の中みたいだと思った。 「君とね、エッチは出来ないけど。……うん、まあ側に居てくれるだけで良いかな」 「……良いのかよ?それだけで」 「……嫌だけどね。まあ、暫くの間だから…」 「……うん」 ひたすら前を見て一護の方を見ない浦原の横顔を一護はずっと見ていた。 消えそう… バシャン!わぁあ! イルカが輪を潜り、落下した瞬間に跳ね上がる水しぶきに前列の子供達は大はしゃぎ。それを見て浦原の口角が上がった瞬間を見計らって一護はそこに唇を寄せた。 「あー!あの人達キスしたよー!」 前列から子供特有の甲高い声が聞こえた後、その母親達の慌てて窘める声が聞こえたが、一護には全ての音源が泡の様に弾けて耳に入ってこない。 あまり見ない浦原の驚愕した表情。大きく見開いた金色が一護を映し出す事に満足して再び唇を重ね合わせた。 「怖かったかよ?」 「………うん。凄く、怖かった。君を一人残すかも知れないって思ったら…恐ろしくて」 「……俺も。」 「…すみません。2週間、君を一人にしてしまった…」 「……もう、一人にするなよ…」 ええ。そう言って笑いながら浦原は一護の肩に頭を乗せゆっくり息を吐き出す様にして笑った。 暖かい…。平均体温を下回る浦原の熱が、今日は暖かく感じる。 冬の冷たさが浦原を生かしている様で癪だから、一護は力一杯、浦原を抱き締めてやった。 瞬く間に消えて無くならないで、 |