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ミルク色の恋が声をあげて笑った1


「いちご!いちご!出来たっス!出来たっス!」
「お、上手に出来たな〜」

ほい!と黄色の折り紙で出来た星を両手で持ち、一護の目の前に掲げながら見せる。その緑でフワフワの頭を大きな手の平で撫でられてネルは嬉しそうに笑いながら涎まで垂らした。

「…ネル、口…拭こうな」
「うい…、あ!今度はピンクで作るっス!」

器用に折り紙を曲げ、はさみで切り、ノリで貼り付けながらネルはジングルベルを口ずさむ。先週覚えたばかりの歌を若干危うい(子供独特の)日本語で紡ぎながら、園内で一番大きいクリスマスツリーの下で次々に星を作っていく。
子供用のはさみを使用してはいるが、怪我でもしたら大変なのでネルの隣で同じ作業をしながら一護も色とりどりの折り紙を曲げたり切ったりくっつけたり。二人でこの作業を繰り返していたら時刻は既に夜の7時を回っていた。

クリーム色の壁にかけられている大きな時計を見て、ネルにばれない様溜息を吐いた。
この時間になると園内に居る児童も先生達も居なくなる。園内に取り残されたのは一護とネルの二人だけ。
いつもならどんなに遅くても6時にはちゃんと迎えに来てる筈なのに…一護はそう思い、手を動かしながらネルの「今度はゾウさん作って欲しいっス!」と言う言葉に笑いながら頷いた。
コチコチ…ボーン、ボーン。掛け時計が7時半の知らせをする。その音がやけに大きく響いたからネルの肩がビクリと震えた。一瞬にしてその小さな口元からジングルベルが消える。

「ネール、ほら!ゾウさん作れたぜ〜」
「………っ!すごいっス!一護、すごいっス!どうやって作ったんスか?」

灰色の折り紙二枚で作った象をネルに見せてニカリと笑う。
迎えの遅い園児を不安にさせぬ様、折り紙で色んな物を作って見せた。
象、きりん、うさぎ、りんご、それでもネルが一番喜んだのはいちごに折られた折り紙。
赤の折り紙と緑の折り紙を使って、黒のマジックで涙型の種を描く。それをキラキラ輝かせた瞳で見て、欲しいと訴えてきたネルに苦笑しながら出来上がったいちごを手渡した。

普段は元気いっぱいのネル。元気が有り過ぎると言う所が少しネックにもなっているが。いつも笑顔のネルが今日は少しだけ元気が無い。一護に向ける笑顔もどこか不安気だ。時折、時計を見ては眉をへの字に落とす。それから自分を勇気付ける様にジングルベルを歌う。
そんなネルの不安を取り除く様に一護も必死で折り紙を折るが、根本的な不安は取り除けないだろう。
一護にも幼い頃、一度は体験した事があるから今のネルの不安感が分かる。
やっぱり…不安、だよな…
いつもちゃんと迎えに来る人が来ない。友達も一人一人、お母さんやお父さんの手に引かれて帰って行くのに。あんなに賑わっていた園内が突然しんと静まり返り、暗くなる外にもうお前は要らないんだよって言われているみたいだった。もう二度と家族に会えないまま、独りぼっちなんだよ。と言われてるみたいで、遅れてやってきた母親に対して泣きながら文句を言ったっけ?そんな小さい頃の記憶が蘇る。
園内一のおてんば者なネルもこの時ばかりは不安になって口数が少なくなる。今日は一段と遅いな…。さすがに…電話かけた方が良いか?等と思っていた時、玄関先でガタンと音がしたのに二人共肩をビクリと震わせた。

「…ネル、少し待てるか?」
「だ…っ、……大丈夫っス!ネルもいちご作るっス!」
「おう。直ぐに戻るからな」

いつも子供の笑い声や泣き声が聞こえ賑わう園内も夜の7時となれば静かなものになる。
大広間から出てすぐの廊下は電気が消されていて大人の一護から見ても不気味に映る。窓の外はチラホラと小さな白い雪が夜に咲く様に舞っている。
どうりで寒いと思った…そう一言吐いて着ていたパーカーのポケットに手を突っ込んで玄関へと出向いた。
一護は何が音を生み出しているのかを知っていた。防犯の為に鍵をかけた玄関。その扉の前に居る人物を思い浮かべる。

「……おせーよ」
「ども」

ガラス張りの引き戸の鍵を開け、静かに扉を開ける。
一護の思った通りの人物は無愛想に傘を畳ながらそう言う。金色の髪の毛を緩く後ろで結び、灰色のロングマフラーを首に巻き、黒のダウンジャケットを羽織った青年が軽く会釈したのを見て溜息を吐きながら中へと促した。
中へと入った時に青年から漂った煙草の香りに眉を潜めた。
自分よりも高い身長の彼を少しだけ見上げて、無言でわき腹を突けば苦笑しながら頭を撫でられた。俺は子供じゃねー!と言いたかったが、そう怒鳴るとまた笑うだけだろう彼を想像して何も言わずに客用スリッパを靴箱から取り出して手渡す。

「ネール、迎えきたぞ〜」

暖房を効かせた室内の引き戸を引けば、そこから人工的暖かさがむわんと顔を包み込んだ。
ドアを開け、声をかけた一護を振り返り、その隣に立っていた青年を見て瞬時にネルの大きな瞳はうるりと揺れ潤んだ。それにぎょっとしたのは突っ立っていた二人で、一護は直ぐにネルの傍へと近づくがいち早くネルがこちらへと走ってやってくる。それから一護の隣に居る青年めがけて体当たりを食らわせる。

「…っぐ、」
「遅いっス!今何時だと思ってるんスか!!」
「……ごめんなさい」

綺麗に鳩尾を狙って飛んで来たネルをなんとか受け止めて泣きじゃくったネルの頭をゆっくりと撫でてそう一言囁いた。
その言葉を聞いた瞬間、安心しきったのかネルは大声を出して泣き始める。こうなったら3分くらいは泣き止まないな…と一護は思って部屋の中へと促す様に青年の背を押した。
わんわん泣いて文句を言うが決して離れない。
泣きじゃくるネルを抱き上げ、少し困った様にごめんね、ごめんなさい。と繰り返している様は少し面白かった。


浦原はネルの兄だ。近隣の進学校に通う学生で今年受験生。どれくらい頭が良いのかは知らないけど、時々こうしてネルを迎えに来る辺り、まあ頭は良い方なんだと…思う。
初めて浦原を見たのは今年の夏。いつもネルを迎えに来るお手伝いのテッサイ(最初、不審者だと思って引き渡さなかったくらいカタギには見えない男)が来ず、代わりに来たのが浦原で園内の女性保育士達の騒ぎようと言ったらなかった。
学生とは思えない大人びた風貌。凛と通った鼻筋が冷たい印象を受けるが、少しタレた瞳が甘さを引き立てていた。邪魔なのか、いつも後ろで結ばれた髪は薄い金色。倦怠感漂う仕草にきっと学生服を着ていなかったら自分よりも年上に見えるだろう。だけど一護は知っている。彼が歳相応な表情や態度を示す事を。

いつだったか、確か10月のハロウィンの日に園内で行った行事で余ったお菓子類を渡せば拗ねた様に甘いのは嫌いだと言った。子供扱いをされるのが極端に嫌なんだろう。ああ見えて結構プライドが高いのだ。
普段は一護を子供扱いする癖に、こうして時々一護が大人な姿勢を見せると酷く拗ねる。そんな彼が可愛いと思う。

「ほ〜らネル。やっと兄ちゃんが迎えに来てくれたんだからバック持ってきな」
「うう…う…待って、て…」

未だに浦原の首筋から腕を離さないネルを宥める。鼻水と涙で汚れた顔のまま、浦原をみて少し唇を尖らせた。

「大丈夫。待ちますから」

良く通る声だな。と一護は毎度思う。浦原の低くもなく高くもない。なんて言うか甘い声にいつもドキリとする。同じ男なのに、しかも年下なのに、浦原は声だけは大人びていて、時々分からなくなるのだ。
トタトタと早足で自分のロッカーへ行き、せっせと準備をしているネルを見て笑いながら一護は折り紙の片付けに入る。す、と自然に隣に腰かけた浦原も無言で散らばった折り紙を集める。

「いいのに…」
「やりますよ。ネル、一緒に片付けしましょう」
「やるっス!」

ズビズビと鼻をすすりながらネルは先程とは打って変わって元気になりながら挙手してきた。
それに笑ってティッシュで鼻を拭ってあげたらえへへと笑う。そんなネルが可愛いと思う。
三人で片付けをしたら直ぐに済んだので、一護も帰り支度をする手間が省けた。多少タイムロスだったが(誰かさんを待っていたせいで)これなら家に着くのは8時過ぎ頃だろう。明日は丁度祝日なのでゆっくり出来る。こういう時だけ天皇陛下様万歳な気分だ。

「サンキューな、時間取らせちまった。」
「いえ。……今日って時間空いてますか?」
「…え?一応…」

じゃあ家でご飯食べて行ってよ。なんてちょっと砕けた物言いが少し子供らしくて一護は苦笑する。そんな事口に出して言えばきっと拗ねるだろうから言わないけれど。と自分の事棚上げでそう思った。


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