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7萬打2

「事情は説明した通りっすから、暫く息子さんを家でお預かりしておきますよ」

淡々とした言葉を冷めた表情で言う浦原を目の前にして一心は口元がひくついているのが自分でも分った。浦原の左手に捕らえられたぬいぐるみは大人しく項垂れて言葉を発するのを咎められているかの様に静かだ。

「………お前なぁ…突然現れたと思ったら、……はあ。なんでんな事になってんだよ……」
「説明しましたけどね?寧ろそれはアタシが聞きたいくらいですよ」
「いや、ちげーよ!息子が突然娘に変わったって事じゃなくて、お前さんのソレだよ!ソレ!」
「どれ?」

ガシガシと頭をかきながら一心は大袈裟な溜息を吐き、手近にあった娘の所持品であろう手鏡を浦原の目前に突きつけた。
浦原はもう此処に用が無いと踏んでいるのか、腰を上げたままの状態だったが、一心は少し不穏な霊圧を浦原へと投げかけて歩みを制す。

「まあイケメン」
「……このっ、馬鹿野郎!なんでお前こんな顔なんだよ!って聞いてんだ!」
「はあ、生まれつきっすけどねぇ」
「馬鹿かお前は、大馬鹿か?取り敢えず!一護がんな状態だったら仕方ねーけどな!アイツにんなしらけた顔見せるくらいだったら直ぐにでも引き取りに行くからな!おい!コン!」

初めて声をかけられ、名前を呼ばれた瞬間、浦原の手に持たれていたぬいぐるみがビクリと動き、恐る恐る声の主の方へ顔を向ける。
この二人の不穏な霊圧のせいでこちらの精神が押し潰されそうだ。息継ぎも上手く出来ないのに、なんでこの場面で自分を呼ぶんだよクソオヤジ。と内心ではそう思っていたが、こちらもかなりご立腹な様で、変に無視を決めると後が怖い。
小さな声で「はい」とコンにしては幾分か素直に応えた。

「…一護の事、宜しく頼むぜ。ああ、何、話相手にでもなってやってくれ。兎に角、この男の大人気ないとばっちりが一護に行かない様に。あと、一護が泣いた時は俺に連絡しろ。いいな、絶対だからな。」
「…………はい…」

一心が放った言葉に重みを感じ、それでなくとも無言を貫く男の手の平から痛いくらいの霊圧が自分の精神を突き破るのでコンはまず一護の心配よりも自分がこの先生きていけるのかが心配だった。
それでも声を振り絞ってそう発する。
もう用が無いと思ったのか、浦原が何も言わずに窓から外へと飛び出し、ひょいひょいと軽やかに宙を走った。
冷たい風がコンの布で出来た全身を刺すが、浦原の霊圧に比べれば可愛いものだ。

「ムカツク……」

そう独り言を発しながら浦原はコンを持つ手に力を込める。
痛い痛いイタイ!!!綿出る!綿出るコレ!
内心で叫び、それが男に伝われば良いとも思ったが、伝わってもこの男の事だ、意地の悪い笑みしか返さないだろう。再び諦めモードに入ったコンは、これから向かうであろう所に居る一護を思った。



淡い桃色の、季節感を無視した浴衣から覗く肌は白く華奢で、その体の滑らかなラインを強調するが如く薄い布地はピタリと肌に吸い付いていた。
眩い髪の毛質は変わらない物も、長い睫が大きな眼に影を作りかなり清楚な印象を植え付ける。正に美少女と言っても過言じゃないが、トレードマークでもある眉間の皺が全てを台無しにしている様な気もする。
でも目の前の変わり果てた姿の一護はコンの目には煌びやかに映し出されていて、

「うーわー!美少女!美少女!やふー!!ぐはっ」
「ざっけんなてめえ!触れんな!近寄るな!」

いつも以上の口の悪さを吐き出しながら飛びついてきたぬいぐるみを膝蹴りした後、畳へと押し付けた一護は第三者から見れば素行のめちゃくちゃ悪い美少女だ。
それでも、一護と分っている筈なのにコンの女子センサーはフル活動する。
こんな美少女に振舞われる暴力なら悪くない。と思っている時点で反省の色は全くと言って良い程無かった。

怒りを露にしたままな浦原が出て行って、ものの数十分で戻ってきた事に安堵したのも束の間、襖を開いた浦原の横から小さい影が動き、名前を呼ぼうとした瞬間に飛び掛られた。
コイツは女だったら誰でも良いのか!
と、腹立たしく思い、問答無用で叩き付けたが、その瞬間に上から圧し掛かる様な圧力を感じ取って一人といちぬいぐるみは硬直してしまう。
しまった……ヤバイ。とは思っていても不穏な霊圧が声を殺す。

「ねえ君、破棄されたいの?」
「………いえ……あの……」

今までに一度だって浦原のこんなあからさまな怒り方を見た事が無かった一護とコンは互いに危機を感じ取る。コンなんて普段の軽口の一つも出ず、再び捕まえられ、しどろもどろに言葉を繰り返すも、浦原の取った行動に息を飲んだ。
チャリ、と音がして紅姫が笑った様な気がし、一護は流石にヤバイと感じ取って浦原の腕を掴む。

「おいっ!なんなんだよ本当!洒落になんねーっての!!」
「何が?」

コト、叫び出した一護の声と同時に小さな音が鳴った瞬間、浦原の手に収まっていたぬいぐるみの頭が項垂れた。畳の上には真っ黒いビー玉くらいの大きさの物質が転がる。それを目で追い、浦原は柔らかく一護の手を払いのけて無機物となったコンを拾い上げる。
何も言わない浦原を見て、一護は底知れぬ痛みを感じる。
静かな動作で浦原が隣の部屋へと続く襖を開けば、一組の布団が敷かれ、それに横たわる己の体を目が捕らえた。まるで熟睡しているかの様なその空っぽな体にコンを入れる。開かれた瞼からハニーブラウンが覗き、浦原と顔を見合す事無く、ゆっくりと起き上がった。
そんなコンを不憫に思い、傍へ駆け寄る。
同じ顔立ちの二人が並んだ時点で双子の兄妹にも見れなくは無いが、浦原はさほど興味が無い様にそそくさと背を向け立ち上がる。

「黒崎さんが元に戻るまで君には代行して貰いますよ。」
「………いつまで、?」
「さぁ。それはアタシが聞きたい。」

二人が言葉を発するより先に、浦原は後ろ手に襖を閉ざした。
一護とコンを残した部屋と浦原の居る部屋を隔てる襖が閉ざされたと同時に、コンの深い溜息が耳に届く。

「なあ一護……アイツなんなの?すげー怖い……」

小声で喋りかけるコンを見て、それからぴしゃりと閉ざされた襖を見る。

「……そんなん…俺が聞きてーよ……本当……」

大袈裟に溜息を吐きながら一護は重たい腰をよいしょと上げ、心配そうな面持ちで一護を見つめるコンに「俺は大丈夫だから」と極力抑えた声で言い、浦原の消えていった部屋の襖の前で立ち止まる。
大きく息を吸って吐いてから、意を決した様に襖を開けた。

いつの間に着替えたのか、ワイシャツと黒いタイトなズボンを履いた浦原と目が合う。和風で畳の香りのする部屋の中で異質だとでも言う様に浦原の存在だけが歪だった。
浦原はチラリとひとつだけ視線を寄こして、それからワイシャツの襟を立ててこれまた黒いネクタイを結んだ。

「また……出かけるのかよ?」
「ええ。」

簡単に、まるで言葉を投げ出す様に。
ああ、これは相当怒ってる。面倒臭そうに思い、隠しもしないで溜息を吐いた。

「で?俺には何も言わず、ただただ子供っぽい感情をぶつけたままで出て行くって訳だ?…おい、なんとか言ったらどうなんだよ」

こちらを一向に見ない浦原の背中はまるで子供みたいだった。後ろの部屋でコンのオロオロとした気配を感じるが、それも構わずに一護は浦原の真正面に立ち、睨み上げる。
その瞳に浦原も眉間に皺を寄せ、大袈裟に溜息を吐いた後、

「…………帰って来てからで良いっすかね?」

そう告げた。
浦原も、一護も、お互いの空気によって苛々は積もるばかり。これじゃあ悪循環を生み出すと感じた一護は、ひとつ深呼吸をして、再び浦原を真正面から見上げた。

「帰ってくるんだよな?」
「………ええ」
「……分った。寝ないで待ってるから」
「………別に眠かったら寝てて良いっスよ」
「……絶対に起きて待ってるからな!帰って来なかったら許さねー。良いな、浦原」
「………分りました」

強すぎるハニーブラウンを浦原は直視できないまま、普段通りの声で答えて一護を残し部屋を後にした。




浦原自身、何故自分がこんなにまで激昂しているのかが分らなかった。
変わり果てた彼の姿を一瞬でも視界の隅に映してしまえば、そのハニーブラウンに叱咤されているようで、見るに見れない。女性へと変化した彼の体に興味が微塵も無いと言ったら嘘になるが、それは紛れもなくフェイクの様な物で、所詮は作り物でしか無いのなら義骸となんら変わりは無い。

「不穏な霊圧じゃのぉ。喜助?」
「………そんなに珍しいですかね?」
「ああ、珍しいとも。このワシに対してもその無礼な霊圧を向けておる。なんじゃ、反抗期かのぉ?喜助?」

黒のスーツでその細身の長身を包み、吹き抜ける冬の風を気にせず優雅に歩く男の左下辺り、機敏な動きで声を投げかける黒猫はその艶やかで自慢の尻尾を左右へ揺らし皮肉をその笑みに乗せる。
そんな黒猫の皮肉を受止めず、浦原は前を見据えたまま、歩く速度を緩めない。
だんまりを決め込んだ男に興味を無くした様に夜一は民家の塀を登り、尻尾を揺らしながらにんまりと猫にしては悪どい笑みを浮かべた。

「ホホ、まるで赤子の様な態度じゃなあ」

そうだね。あの子よりも幾分かガキ臭い怒りに自分自身でも驚いている。
少しだけ口角を上げながらも瞳だけは冷たく前を見据え、浦原は街へと繰り出した。





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