52 浦原喜助は人の肩甲骨を舐めるのが好き、らしい。 背骨をひとつひとつ下から辿って撫でて舐めて肩甲骨へと這わせる。てろりと舌先で舐めた後、でろんと舐める。やけにイヤラシイ舐め方に背筋がふるり震えては止められなくなる。体の震えが止まらない。下手すると吐息が荒くなってしまいそうになるから、一護は真っ白いシーツを口にあてて声を塞ぐ。 猫の様だ。 身のこなしは勿論の事、冬は暖かい場所を探してそこで眠る。逆に夏真っ盛りの暑い日は涼しい場所を探し、やはりそこで眠る。自由奔放を身に纏った様な体たらくな男が浦原喜助その人だった。 ひょい、と身軽に乗り越えるフェンスの向こう側、川沿いの立ち入り禁止区域に足をつけても、下駄の音は鳴らない。カタンゴトン唸る電車の音を聞いてクアアと大きな欠伸をしたかと思えば、眠そうな瞳に空の青を映し出す。あの青に連れ去られてしまいそう、そう思ったらうっかり足音を立ててしまっていた。 あら、黒崎さん。 振り返って笑う姿に猫の耳を見てしまう。 「おまえ、…猫みたい」 「ん?」 辿った舌先は冷えていて火照った身体には幾分か心地好い。心地好いではあるが、新たな熱を生み出すのもこの舌先なので少しだけ要注意だ。 肩甲骨から移動した唇は今、項を食んでいる。 はむはむ、ちゅっちゅっちゅ。くすぐったい愛撫に身体を反転させて翻弄せんとする唇から、舌先から逃れて浦原を見る。 金色が、提灯の赤に照らされてギラリと光る様も猫のみたい。 「大きな猫みたい」 初めて言われた言葉に対し、浦原は苦笑した。 そうか、猫みたいなのか。 発言した子供は気怠く腕を動かし不精髭を触って遊ぶ。掠れた幼い声が甘えを十分に含んでる事を意図せず自然にやってのけるから大人はお手上げ状態だ。 「君だって」 「俺?…言われた事ない」 「アタシだって」 ふかふかの枕下に腕を入れて顔を埋めて一護を見ながら言う。ふふ、笑った姿は打算的にかわいこぶるから大人げないなあ、と子供は思ってしまうのだ。 「追ったら逃げるし」 「君もね」 「…逃げたら構ってちゃんになるし」 「おや、アタシがちょいっと冷たくあしらった日に電話で泣き事言ったのはだ〜れ?」 今度は浦原の指先が一護の顎をなぞっては唇を悪戯に掠めた。 「な!、きごとなんて言ってねー!」 「なんで冷たくすんの。って泣いたじゃない」 「泣いてねーよ!ムカッ腹立っただけだ!」 「ふーん」 「お、お前だってな!俺が…告白されたって時…嫌だって…捨てないでって…」 先週末、例の川原沿いにある小さな原っぱで白昼堂々と告白されていた所をバッチリ見られてしまった時のモヤモヤ感が再び胸の内で煙を立てては息苦しくさせる。冬に始まって、三年目の冬をこうして過ごしてる二人にとっての分岐点を見た気がして心底嫌だったのだ、一護は。 「だって嫌だったから。オンナノコにね、君を取られたくないの」 「…そんな、そんなセリフ…男だったら良い…みたいな…」 ツツツ、指先が顎下を辿って首元を燻って、鎖骨の形を確かめる様に触れる。 「嫌だよ。男はもっとイヤ。君は、アタシだけを知ってアタシだけを刻んでアタシだけを覚えてればそれで良いんだ」 皮膚と骨の間を少しだけ伸びた爪が引っ掻く。まるで仕置きだと言わんばかりの愛撫と、男の独占欲の強さに身体が再び震えた。 ぶるり。きっと、振動は男へ伝っている。 「ふ、やっぱり。君の方が猫っぽい」 「どこがだよ」 「んー?こうやってね、」 寝っ転がった体制を起こし、捻くれていた子供を組み倒して見下してにんまりと笑んだ。 「アタシに触れられてふるふる期待に震えてる所が、すごく。猫っぽい」 にゃあ、ってお鳴きなさいな。 巫山戯た事をぬかした大人の舌先が体中を舐めて甘い甘い愛撫を施してはめろめろのぐずぐずに甘やかす。 やっぱり、どちらかと言えば浦原の方が猫っぽい。情事に見せる舌舐めずりを見て、悔しいと一言呟いた後で一護はひっそりとそう思って果てた。 にゃあ、と夜のどこかで本物が鳴いた |