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カラン。琥珀色のブランデーでアイスブロックが溶け、グラスの中でメロディを奏でる。
ポトリ。金色の綺麗な瞳から溢れて零れた涙も習ってメロディを奏でた。
なんで神様は涙なんて作ったんだろう…
カートコバーン張りの掠れ声が一護にそう問い掛ける。照明の灯りを落とした馴染みのBARに流れるノラジョーンズの甘酸っぱいラブソングがアンニュイだ。
結婚2ヶ月でガタがきて互いにすれ違いの心をどうしてやる事も出来ずに現実から目を反らして約半年、だだっ広いライオンズマンションの一室は独りではあまりにも侘し過ぎる。ジューンブライダルにウエディングドレスはルブタン、ハネムーンはヨーロッパを一ヶ月かけて堪能。
上手くやれると思った、浦原はそう言った。互いに忙しい身でも二人ならやれる筈だと自惚れていた。それが大きな間違いなんだと一護は敢えて言わずに口にチャック。何食わぬ顔で披露宴に顔を出していたのは勝算があったからで決して自棄になっていた訳ではない。
カラン、再度鳴る氷が溶ける音が男の涙を誘った。

「なんで涙なんて…すみません黒崎さん…上司の情けない姿なんざ見たくないでしょうが…」

今夜だけは付き合って下さい。
弱い癖に煽ったブランデーのつまみにはオレンジピールのチョコレイト。洒落たBARのカウンター席で浦原は泣いていた。呂律の回らない口調で呟いた名前がいつしか自分だけの名前を永遠に紡げば良いと打算的な感情を隠して首をゆっくり横に振る。

「なに言ってんだか…明日は二人共休みっすよ。朝まで付き合いますって」
「…良かった」

ずび、凡そ大人から発せられると思えない鼻をすする音を発した後に心底安心した顔で浦原はにっこり笑っては再び瞳を真っ赤に潤す。

「君が居て良かった…」

仕事中は鬼の浦原と部下達から恐れられている人物とは到底思えない優しい声で言われて一護の胸はぎゅうっと締め付けられる。
心の内側にある黒の色彩を彼の金色が見透かしてしまわないかと危惧して下手っぴな笑顔で誤魔化す。

大人だって泣くのよ。
脳内に響いた女の声は先々月に別れを告げた元婚約者のそれで、長らく連絡を取っていないと言うのに記憶が鮮明に一護を叱咤し始める。弱々しい涙声で言った彼女の言葉が忘れられない。そう、大人だって泣くのだ、目の前の彼も同じ。
年の差は7つ。一護が26で浦原が33。互いにもう立派な大人で、それでも恋愛に関しては随分、子供っぽかった。
カラン、再び軽快な音が場の空気を読まずに鳴る。

「どこで間違ってしまったんだか…」
「……」

からんからん。彼が慣れた仕草でグラスを回す。

「ねえ、黒崎さん…あの結婚は間違っていたと…君は思う?」
「…いいえ。綺麗な結婚式でした。流石、一流プランナーが手がけた結婚式であって皆ももっと浦原さんに近付きたいって口々に……浦原さん?」
「アタシは…自分自身では間違っているんだと…どこか心の隅では誤りだと思っていた……彼女はそれを読み取ったに違いない…」

あんなに愛してた筈なのに。
震える声で両目を瞑る。自然と流れる涙の雫が頬に線を描いて涙の道を作り上げた。ノラジョーンズのラブソングが止まない店内で、男は音も無くただただ涙を流す。柄じゃないなあ、一護はそう思って口に出さず行動で示した。
流れ出る涙の雫を指先で拭う。壊れてしまわないように優しく拭う。フィアンセの涙もこうして拭っていたら…もっと違う結末を向かい入れる事が出来たのだろうか?
浦原の瞳がゆっくり一護を捉える。
ああ…違う…どんなに偽りの愛を共有したとしても、本物の愛に一度触れてしまえばガラリと音を成して崩れ去ってしまうんだ。

「目…溶けちゃいますよ」
「は…ハハ…君って人は、本当…」

袖で涙を拭った浦原は苦笑する。体温の高い彼の指先に拭われた涙は既に蒸発しているだろう。そう考えたら笑いが再び込み上げてきた。
どうしようもない寂しさそして侘しさを彼の体温が埋めて行く。ヒシヒシとこちらに伝わるのは何だろうか。
一護の手が優しく髪を梳かす。もう泣くな、真摯に語りかける掌の温度が心地良い。

「黒崎さん」
「はい」
「知っての通り、アタシは今もの凄く傷心しきっている」
「…はい」

ズ、子供みたいな音が出た。涙のせいで緩みきった心の蓋。じっと見つめる琥珀色は今飲んでいるブランデーよりも澄んでいて甘そう。

「いいの?君を、利用するかもしれない」

不意に吐き出した言葉は最低でも、瞬時に己の浅ましい下心と燃え盛る様な恋情を読み取った男の言葉に酷い歓喜を覚えてしまった。
浦原の瞳が寂し気に歪む。梳かした手に重なる彼の手はとても冷たいのに、見つめ返した瞳は熱いから。一護の心がブルリと震える。

「良いですよ…利用しても」
「…君は、Mなの?」
「はは…さあ?どうだろう……あんたに…」

本気で恋してる時点でマゾヒストなのかもしれない。
呟いた途端になんだか泣きたい気分に陥った。
カラン、ブランデーがまた悲しいメロディを刻む。














ラブい感情が涙に変化。




あきゅろす。
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