2/142 愛の唄は陳腐だ。 love youもlove’nも何もかもが嘘臭くて陳腐で…なのになぜ、愛と言うのはこうも可愛くて愛らしいんだろう。 囁かれたトゥルーラブは変声期の不格好な声色によって装飾されていた。心は荒れているのに頭は空っぽ、そして紡ぎ出すメロディは甘くもメロウで、唄はセンチメンタルちっくだから笑ってしまう。 彼の有名な歌手に似せて引いた真っ赤なルージュに被ったウィッグは強いウェーブかかったブロンドのロング。ボディラインを強調し過ぎないマーメイドドレスも真っ赤で、履いたヒールはクリスチャンルブタンの新作。真っ赤なサテン生地にバックは黒の刺繍で綺麗に装飾されたピンヒールだ。 油断したらよろけてしまいそうになる危うい体制のままで声を出す。舌先に残る苦味を消し、代わりに乗せたメロディは嘘っぱち甚だしい愛の歌。作曲中だった歌のメロディを見事に変えてくれたクソガキの持って来た一輪の薔薇はダストボックスの中で朽ちていく。 考えるな。 心に言い聞かせて無理に声を紡いだ。 悔やむな。 ステージ上、あたる無数のスポットライトの中で無意識に探すのは月の色に似たくすんだ金色。 考えるな。 再度思って声に力が入る。 トゥルーラブ、と紡いだ所で心の中のナニカが静かに爆発した。 初めての恋に恐れていたのだと歌う。 貴方の愛が恐ろしいのだと歌う。 本物の恋だと彼は平気で歌う。スポットライトが眩しい、目が眩んでは幻影を見せてしまう。生み出してしまう。そんな馬鹿な、もう二度と姿を現すなと言った筈だ。心がバカみたいに叫んで泣いてみっともなくも嬉しがってしまう。 スポットライトのその奥に見えた金色に、一護の瞳は大きく開いた。 さようなら臆病な私、歌の最後にピアノの音が混ざる。 ビコーズ、アイラブユー、ソーマッチ。 ビブラートを効かせて愛の歌は終了、静まり返る店内に拍手喝采が流れたと同時にカーテンは降りて歌姫をバックステージに隠した。 ビコーズ、アイラブユー、ソーマッチ。 陳腐極まり無いストレートな歌詞に心揺らぐ人間はあの中に何人居ただろうか。そんなに簡単な事じゃないのに…愛だの恋だの…世の中そんなに甘くないのに。世間は冷たいのに。バックステージから降りた一護は準備中のダンサーを押し退けて店の裏に逃げ込んだ。 開いたドアの向こうに広がる路地裏の闇と、更にその奥から漏れるネオンの光りが目に痛くて綺麗。 キラキラ光るネオンのピンクやら青やらに照らされたルブタンのヒールは少しだけ欠けていて、足首は擦れて真っ赤になっている。 「ふ…バカみたいだ…」 しゃがみ込んで声を殺して泣いた。 「貴方は…いつもそうやって、そしてここで泣いていますね」 思っていた通りの声に心は驚く程冷静で、顔をあげずとも変声期前の声で誰かは分かっていた。だから顔をあげない。見たくないと本当に思った。 お前の顔なんて…見たくもない。 大人気ない意地が一護を幼くさせる。 「出会いもここだ。ブロンドヘアをばさばさにして、アイラインが落ちてても気にしないで泣いていた。あの時は酔ってたの?」 足音が近付く。路地裏に響く足音と野良猫の盛りがついた声。後ろのドアの向こうで鳴る煌びやかな音と客の笑い声。 「ハンカチを出そうとした僕に向かって貴方、何て言ったか覚えてる?」 声が不躾に近付いたから顔をあげれば子供の金色と至近距離で目があった。 「…見てんなよ、クソガキ」 「そう…全く同じ事を僕に言ったね」 「ここには来るなって言った。俺の前に二度と姿を見せるなって言った。言い付けを守ってこそのグッドボーイだ。お前はグッドボーイじゃない。ストゥーピッドだ」 ぐず、鼻を啜って出た音と震えて掠れた声に、一体誰が子供なんだか…と喜助は思って溜息を吐き出す。 数年前、路地裏で誰にも気付かれずに泣いていた場末のBARの歌姫は酷く男前な声で暴言を吐いた後、真っ赤なルージュを引いた唇でにっこりと微笑んで見せた。あれが出会いでもあり、恋の幕上げとなった瞬間。彼が頑固にも認めたがらない恋を大切に持っていた子供はいよいよ我慢の限界だと叫んで行動に移した。 「泣く程、僕が好きなくせに」 「死ねよ」 「暴言は吐くけど否定はしないじゃない」 「クソガキ、腹立つ!」 「認めろよ」 「うるさい」 香った夜の匂いと煙草とビールの香り。誰だ、このガキにアルコールなんて飲ませたのは。頭で場違いな事を考えて揺れ動きそうになる心を誤魔化した。 泣き過ぎて目が痛い。涙で溶けたアイラインとグリッターのシャドウが目に入って痛い。目前の金色の熱い視線が痛い。 「愛してるんです」 「うるさい。うるさいうるさい!」 「ねえお願い…受け入れてよ。僕を受け入れて」 子供の声が甘い。癇癪を起こした一護を宥める為に肩に置かれた手は振り払えないまま放置したから何時の間にか頬へと移動していた。冷たい子供の手が涙に触れる。 「恐れないで、怖がらないでよ…」 「もうやだ…嫌だこの子…俺の言う事なんてちっとも聞いてくれない…嫌い。お前なんて大ッ嫌い!」 「はは!一護さん…貴方、まるで駄々っ子だ」 無邪気に困った様に笑う彼の笑顔が好きだったりする。 涙を優しく拭ってくれた冷たい掌の感触が好きだったりする。甘ったれた高い声が大好きだったりする。気障なくらいに大人びた、けれどまだまだ子供な口説き文句を言う所も好きだったりする。 地べたなのも気にしないで座って、一護を横抱きにして背中をリズム良く撫でて叩いて、涙が零れる度に目尻に口付けて一護の我儘を全て聞き入れる。 「キライ。お前なんてキライ」 泣き顔なんて見られたくないから、喜助の胸に顔を埋めて駄々をこねた。子供は笑う。 「どっちが子供なんだか」 「るせーよ…クソガキ」 一頻り泣いた後で貰ったファーストキスはチョコレイトよりも甘いんじゃないかってくらいには甘くて幼かった。 Have peace of mind. Because I love chocolate more than sweet. ◆St. Valentine's day!! 皆様バレンタインをいかがお過ごしでしょうか?meruは自分の為にたっかいチョコを買うのを逃してうわー!ってなって近所のコンビニにジャンプが無かった事にどつき回すってボソボソ言ってました。嫌だそんな殺伐としたバレンタインなんて。 本当は浦原兄妹(ネルが妹)と保育士一護の話を書こうと思っていたんですが、脳内が映画バーレスクにやられてしまったので歌姫一護と嫁の尻を追っかけ回すポップティーン浦原のバレンタイン小説になりました。(酷い説明だな) 甘くないけど甘いお話を目指したんですが最終的に三十路の一護さんが子供の胸の中で子供宜しく泣いてしまわれたので玉砕です。だけど楽しかった!自分なりに少年と大人を書けたので満足です。 最後まで楽しんで頂ければ幸いです^^ 良いバレンタインを! sine:2012/2/14 hyena:)meru |