ああ、今日はゆっくりと眠れそう。そう思うのは実に久しぶりだ。常に頭の中を様々な言葉が巡るので時々は脳を休ませてあげないといけない。
セックスは快楽だけを追うのに集中し、馬鹿になるから、何も考えずにただ行為に没頭するだけで良い。酷使した脳を休ませる為には馬鹿にならないといけない。
やっと眠れる、そう思った矢先。どこからか聴こえてくる歌に耳が集中してしまう。
しまった、先に帰らすかこちらが出て行けば良かった。そう思いながら重たくなっていた瞼を開き、上体を起こした。
暗い室内にポウっと浮かび上がる蛍光灯の安っぽい光り。シャワールームの扉の隙間から逃げ出すようにしてフローリングを青白く染めたそこから僅かだが声が聞こえる。なんだろう、メロディを紡いでいるんだろうか?近付くに連れ、その声もメロディもはっきりと浦原の鼓膜に入り込んだ。
In other words darling kiss me.
懐かしい。一瞬そう思った。3拍子の単調なメロディ、今はタイトルが変わり数々のアーティスト達がリメイクして歌い続けられている彼の名曲が、安く草臥れたラブホテルのシャワールームから聞こえてくる。
私を月に連れて行って。なんとも大胆で且つメロウなんだろう。
キィ、古ぼけた耳に痛い音が響き扉が開かれる。白のシャツだけを羽織った状態で青年はそこに居た。シャワーを流すでも無く、浴槽に水を溜めるでも無く、ただ冷たいタイルの上にべっとりと座り歌を紡いでいた。白いタイルの上、明るい蛍光灯に照らされたオレンジ色が眩くて浦原は一瞬、目を顰める。