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日焼け止めクリームの匂いと整髪料の匂い、ついでにアップルジュースの香り。要約するに君は全てがガキ臭かった。
最近の歌謡曲なんててんで知らない僕を無理矢理カラオケハウスに連行して来た君の心意が計り知れない。出来ればゆったりと時間の流れる図書室とかが良かった。こんな、煙草と芳香剤の匂いが充満している不健康な密室に君と僕二人っきりの現状は如何なるものだろうか。

「何歌う?」
「………何も。どうぞ歌ってて下さい」

僕は読みかけの本を鞄から取り出して栞が挟まっている箇所を指先で器用に摘み上げ見開く。するとどうだろう、君の手の平が瞬時に本を取り上げる。その瞬間に香ったガキ臭い匂い。

「今日は俺に付き合えよ!いっつも引きこもってるからそんなに根暗になんの!たまには年相応に遊べ!」
「………年相応だと言うのなら、こんな不健全な所から出て図書館に行きましょう。君、夏休みの宿題終わった?」

真夏の真昼間から外へと引きずり出された時はあんなにも煩わしかった蝉の鳴き声がこの密室では聞こえず、まるで自分の呼吸音も聞こえないみたい。空調の効きすぎた部屋で偏頭痛が酷くなる。あと、煙草臭い。
クラスの人気者である黒崎一護からやっと解放されると思った夏休み。それが早3日目にしてガラガラと音を立てて崩れていく。まるで人生みたいでは無いか。偉人みたいな事を思う。

「…そう言うお前は?課題、終わったってのかよ?」
「まさか、これからじっくり終わらせていきます。と言うか何?なんで僕に構うの?」

本当に謎だ。
小学3年の時に都会から来た転校生が彼、黒崎一護だ。オレンジ色の髪の毛に教師ですら最初は度肝を抜かされた様に目を見開いて彼を見ていたんだと聞く。その目に眩しいオレンジ色をひっつけ、表情は常に眉間に皺を寄せ、およそ子供らしくない力んだ表情だった。
「黒崎一護。一等賞の一に護るで一護です」よろしく。後にとってつけた挨拶にクラス中がざわめいた様な気がした。そんな彼が今では学級委員も勤めるまで、人気者へと昇進したのには彼の魅力が最大限に発揮できたであろう運動会での出来事だ。

足の速かった黒崎一護はその細くて華奢な身体つきをネックにはせず、逆に軽い身体と生まれ持った反射神経を最大限に生かしてクラスを優勝へと導いた。長男体質の黒崎一護は人をまとめ、人をその気にさせ、人をコントロールするのが上手い。漫画やドラマ、青春映画に出てくる打算的なお人好しだった。
そんな彼とは対照的に僕と言う人間は実の親にも言われているみたく「非常に可愛げの無い子供」だった。
物心ついた頃から文字を追う事に夢中になり、同級生が知らない漢字も辞典を引いて見て、意味を知り、使い方を知る。数字も数式も好きだ。必ず答えに辿りつくその過程が好きでたまらない。およそ僕にとっての世界は僕と文字と数式だけで上手く循環していた。
クラスで浮いている僕と言う人間が黒崎一護の目に留まるのはこれといって不思議ではないのかもしれないが、こんな邪険に扱っているのに彼と言う人間はめげるでも無く沈むでも無く、こちらが邪険にすればする程、彼の僕に対する執着の度合いが一層濃くなるだけで、こうして貴重な夏休みをぶっ潰されている始末だ。本当、なんてはた迷惑なヤツなんだろう。

「なんでって……友達と遊ぶのは当たり前だろう?」
「………驚いた」

あろうことか彼は僕の事を友達と言う安易なカテゴリーに放り込んでいたのだ。

「なんで邪険に扱っているのに気付かないの?一体、いつ僕が君に友達になって下さいと頼んだ?僕は放っておいてくれとは言っても、君と友達になりたいだなんて一言も言ってないよ?」
「……え……、」
「友達。友達か……ここいらではっきりさせておこうよ。ごめんだけど、僕は君と友達ごっこするつもりなんてこれっぽっちも無いんだ。」

親指と人差し指で作った即席ものさしで小さな隙間を作って黒崎に見せた。その僅かに開いた隙間にすっぽりと収まる彼の琥珀色が薄暗い室内の中浮かび上がる。いつでも強気でなんの隔たりも無く子供らしくも可愛い儚げな色素が一瞬だけ淀んだ気がした。いつだってクラスで馬鹿騒ぎの中心に居て太陽の様に笑っている彼が今、僕の発言によって酷く傷ついている。その事実に自分は今人間らしい、否。子供らしい優越感を感じている。

「これで最後にして。僕は僕の時間が凄く惜しい。」

だから君と遊んでいる暇は毛頭無い。
取り上げられた本を取る。するりと黒崎の手の内から取り返した本が少し重さが増した気がしたが、それを無視する様に鞄の中へと収め煩わしいBGMが鼓膜を揺さぶる店内を後にした。それが中学へ上がる前の小学最後の夏休み。茹だる様な暑さの中、焼けた肌が随分と子供らしくて吐き気を齎した。


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