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この愛は少しだけ痛い

電話の向こうで不機嫌極まりない声を出された。

「すみませんって……ああ、そんな怒鳴らないで下さいよ……ええ、こっちは既に準備は整ってますから。はい、…そうですねえ、早くて5日後?いや、明日飛びますよ。ああ、だから怒鳴らないでって……、うん。……え?……早いっすねえ相変わらず……いえ、こちらとしては全然。その方が良いでしょうし…、はい、うん。分ってます。そうですね、それも良いかもしれない。まあ、そっちに着いたらゆっくり考えますよ。はい、それじゃあ私はこれで。ええ、メールします。ん?電話?クク、分りました。はい、それじゃあ」

薄暗い店内、昔からあるライブハウスではあったが去年の冬頃にリフォームされた店は、黒一色の壁に小さなライトが所々に設置されており、テーブルやカウンター、椅子などの全てが黒一色で統一されていた。
トイレ側に続いた細長い通路側、壁に背中を預け、左手で携帯を持ち、右手で煙草を持ったその男は紫煙を吐き出しながら、店内の喧騒とは程遠い流暢な英語で言葉を紡ぐ。
男の外見からその一帯が外国の風景みたいに見えるが、聞こえてくる周りの言葉は日本語で、壁に張り出されたフライヤーやポスターにも日本語が記されている。
長く続いた電話をやっと切り、愛用の携帯電話をポケットに収めながら最後の一口を吸って、灰皿に押し付け火を消した。
流れる様なその仕草に、横目で見ていた女性客達は仄かに色づいて互いに小声で話し合う。
黒のブイネックのロングTシャツに淡いブルーのスキニー。黒い革ブーツと言う酷くラフな格好だが、浦原の線の細い体と長身を引き立てるのには十分過ぎる程の格好。
男も女も、浦原が彼の有名カメラマンとは露知らず、それでもどこか目立つ容姿の浦原を遠目から眺めているだけだった。モデルかはたま新しく出るアーティストの卵か、関係者だけのライブハウスで様々なマスメディア、タレント事務所関係者、各々の視線が浦原に興味の視線を投げかけるも、当の本人が軽くスルーするのだから誰も迂闊に声を掛けれない状況だった。
モデルかアーティストの類ならば自らその存在をアピールし、様々な人との交流を図るが、彼はそうではなく、自分の魅力には無頓着とでも言う風に振る舞い、その外見にしては些か不釣合いな一眼レフカメラを構えていた。もし彼がただの記者ならば、どこかの事務所の関係者ならば、モデルでもアーティストでもない一般人ならば。浦原を見て我先にと声をかけようとしていた彼女達がそう考え、いざ一歩、浦原の元へ歩もうとしたその時、この場所とは不釣合いな幼くてキーの高い声が彼を呼んだ。

「喜助さん!そんな所に居たんですか?探しましたよぉ」

決して媚を売っている訳では無い台詞だが、周りの女性達からしたら十分にその要素を備えた物言いに少なからず綺麗に整えられた眉を潜めながらその声の主を見て、それから驚いた様に声の主と声を振られた注目の男性を交互に見る。
長く漆黒な髪の毛を揺らし、その小さな両手には余る程大きいグラスを二つ持ち、つぶらで大きな瞳を数回瞬かせながらその少女は男に向かった。印象的なのはその体の小ささと細さ、黒のタイツを履き足を出した短パン姿で、履いていたVANSのスニーカーが足首の細さを際立てる。更に少女よりも幾分か高い長身の男の横に立った瞬間、この少女が如何に小さいかが分る程。

「ああ、すみませんねえ、取り込んじゃって。ん?」
「ラムコークです。こっち、オールドクロウは無いって言うから……喜助さんには弱いでしょうけど…一応…」
「いえいえ結構好きですよ?ありがとう」

先程まで流暢な英語を発していた男の口が今度は綺麗な日本語を使ったので、二人の会話を盗み聞いていた人々の頭の中ではクエッションマークが多数飛び交う。それに、少女が呼んだ男の名前、もしかして。と其々手に冷や汗を握り締めながら脳内の情報棚をひっきり無しに漁った。
迂闊に声をかけてはいけない人物と頭がはっきり認識しても、矢張り見ずにはいられない。そんな女性陣の気持ちを知らず、浦原は傍に駆け寄った小さな少女に微笑みかける。

「行かなくて良いんすか?ライブも終わった今なら彼ら、フリーでしょ?」
「いやいやいやいや、喜助さん…私一般人なんですよ?……ライブに招いてもらっただけでも嬉しいのに…」
「うーん、追っかけファンにしては欲が無いっすよね〜」
「もうお腹一杯なんです!これ以上幸せ詰め込まれたらパーン!ってなっちゃいますよ〜!」

身振り手振りの大袈裟なジェスチャーに浦原は腹を抱えて笑う。
昔から知り合いのBARで働いていた彼女は幼い外見とは想像も出来ない細かで綺麗な芸を持っている。そんな彼女が昔から大ファンだったバンドグループ。それが今は日本を代表するロックバンドの「BLEACH」だ。
ひょんな事がきっかけでそのバンドの華であるヴォーカリストの黒崎一護専属カメラマンを受け持った浦原が、ウルルが勤めるカフェBARに一護本人を連れて来た時から大発狂寸前だったのに、こうして本人に招待された関係者だけのライブに来れた時点でウルルの幸せバンクは破裂寸前だった。これ以上の幸せを使用しようものならバチが当たるかもしれない、と半端本気で考え口に出すウルルを見て浦原は再度腹を抱える。

「じゃあこれは僕からのプレゼント」
「え?」
「おいで」

浦原が発した言葉を理解できぬまま、手を引かれずんずんと人混みの中を潜り抜ける。
あ、と思った時はステージ横のカウンターバーに居るメンバー達の元へと連れて行かれ、ウルルはどうしたら良いのか分らず、浦原の手を握り締めながら人生最高潮に緊張し、視線を四方八方へ飛ばして挙動不審になった。第三者から見ても凄く可哀相な状況。
日本で有名のロックバンドメンバーに囲まれ、尚且つこの業界では有名な敏腕マネージャーの冷たく見える視線を受け、横には世界で有名なカメラマンからニコニコとした笑顔を注がれる始末。きっと心臓が強かでなければ破裂してしまいそうなくらいだ。
そんな可哀相なくらい挙動不審なウルルに対し、一護はほんわかと微笑みながら言う。

「紬屋さん今日はサンキューな、休日に来て貰って」
「いいいえ!!や、休み取ったんで!」

声かけられた!声かけられた!
もうウルルの頭の中はパンク寸前で、より一層強く浦原の手の平を握り締める。それがどうも迷子を介護しているみたいで周りの笑いを誘う。

「どーもコンバンワ。初めまして。紬屋さんの事は一護から良く聞いてるよ、可愛いバーテンダーが居るってさ」
「ええええ!!そん、そんな!可愛いわけ!可愛いわけないです!」

その上、バンドのリーダーでもあるベーシストの修兵にも声をかけられ、あまつさえ可愛い等と言う単語を出されて無我夢中で片方の手を目前で大きく振る。ほの暗い店内の中でも分る程、ウルルの顔全体が真っ赤に染まっていく。
繋がられた手の平から彼女の鼓動が伝わってくる様で苦笑した浦原は思い出した様に腰に巻いていたウエストポーチから小さなデジタルカメラを取り出し、ウルルに向かって笑いかけた。

「一護さん、少し良いですか?」
「え?……なに?」
「はーい、並んで並んで」
「ええ!?喜助さん!?」

ぽ〜い。とそんな軽い効果音が鳴りそうな感じで浦原はウルルの背中を押し、メンバーの輪の中へ放りこむ。
突然の行為に足が絡まり転びかけたウルルを一護が慌てて支えたが、彼女の顔は噴火しそうなくらい真っ赤になって終始オロオロと赤くなったり真っ青になったりを繰り返す。
メンバーの中、ウルルを真ん中にして写真を撮るも、当の本人が顔を抑えて恥ずかしがるものだから浦原も腹を抱えて笑ってしまった。
きっと、良い思い出になる事だろう。そう思った浦原は変わらずレンズ越しに一護を盗み見た。

「あ、それならホラ。一護も浦原さんと一緒に写真撮れよ」

そう何気無い感じで言ったのはバンドのリーダーでもある修兵だった。
は?そんな声を二人同時に上げる。

「俺のニューデジカメを見てくれ!ってただ自慢したいだけ〜。ホラ、さっさと並ぶ!」

多少酔っているのか、ステージ上でベースを演奏するクールな仮面を脱ぎ捨てて修兵は害の無い笑みを浦原と一護に投げる。
修兵……何するんだよ…。一護は心中で舌打をしたが、修兵の強い押しに苦笑した浦原が隣に立ったと同時に、彼の愛用する香水の香りが漂ったので、拒否の言葉を飲み込んでしまった。

「僕、撮られるのは久しぶりかも」

そう笑いながら浦原が言う。

「…なら今味わえ。俺が受けてきた数々の羞恥プレイを」
「あら、段々カメラにも慣れた一護さんとど素人の僕を一緒にして欲しくないな〜」
「慣れてねーよっ!」
「は〜い怒らない怒らない。笑って笑って〜」

眉間に寄った皺をうりうりと親指の腹で押されて、一護は不貞腐れながらも笑った。
彼の変わらない態度に酷く安心した。
そう、これで良いんだ。自分達はこのままで良いのだ。そう安心した心と、少しだけ寂しいと言う我侭な心。
肩を並べた体制で修兵の向けるカメラのレンズに視線を合わす。
浦原、好きだよ。好きだった。
過去形にしてこの気持ちに今夜、終止符を打つ。
パシャリと光ったフラッシュが目に痛く、瞑った瞬間に涙腺を刺激したから、一護は慌てて着ていたロングTシャツの袖で目を擦った。
大丈夫。痛くない痛くない。そう言い聞かせる様に無理矢理笑った。









大丈夫、大丈夫。自分に嘘を吐いた






◆修兵さんのお調子ものめ〜☆←
すみません。少し無茶をしちゃったらしいです(主に69の人が←)ライブハウスとかで写真なんて綺麗に写らない筈ですが……まあそこら辺はご愛嬌って事で……orz
冒頭の浦原様台詞は全て英語です。鍵かっこを変えようかと思ったんですが……あまり好きな表し方では無いので敢えて普通に……なんか分りづらくてすみませんorz
英語が流暢な浦原氏。そうだよコイツ有名カメラマンでパリコレとか専門だったんだよ…決して意地の悪いカメコじゃねーんだよ……って思い英語使わせてみました。英語で電話している浦原氏を想像下さい^^^←




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