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「うわぁあ!すげー!すげー!一護!ホラ!見てみろよ!お菓子の家〜!!」
「うわぁああぁっ!!!!うらはらぁあぁあああっ!!!!!」

バキリと折ったそれは確かに昨日まではドアノブだった物。今じゃあ見た目にも甘そうなピンクのデコレーションと上に色とりどりのチョコチップが散りばめられている。きっとこの場に女の子が居たら大層喜んで頬いっぱいにお菓子を含んで笑ったであろう、が。悲しいかな、今この場に居るのは家主でもある一護とその弟の(今年小学5年生になったばかり)コンだけだ。
兄弟揃って甘い物好きではあったが、いくら一護の大好物がチョコレートだからって、自分のベッドが全てチョコレートになったのでは流石に胸ヤケして寝れそうにもない。と言うかこんな馬鹿な事をしでかしたであろう張本人の所へ叫びながら走り去る一護の背中にコンは呆れた眼差しを向けながらボリボリとドアノブであっただろうビスケットを貪った。

「浦原っ!浦原!てめっ!おいコラどくされ野郎出て来い!」

どんどんっ、と朝の風景にはかなり似つかわしくない乱暴な音を立ててドアを叩いたり蹴ったりする。何もそこまでしなくても…きっと第三者から見たらそう言うかもしれないが、この扉の向こう側に居るであろう男はここまでしないと起きやしないと知っているから一護は力いっぱい、そして荒い口調で部屋の中に居るであろう男を呼ぶ。

浦原と言う男は10年前、まだコンも生まれたてで何も話せなかった時。一護が5歳の誕生日を前日に控えていた日に現れた。


「わあ、君、美味しそうだね」

満面の笑みの元、軽い口調でとても物騒な言葉を吐いたものだから、子供の一護からして見れば寝る前に母が読んでくれる狼と子ぶたの話を思い出して、恐怖が映る瞳で浦原を見上げていた。
あの時はかなり怖かった。
男の長身を纏う様な闇色の黒がトランプカードにプリントされた死神そっくりだったから。
すっかり怯えきった一護に対し悪戯好きの浦原は調子に乗って、食べちゃうぞ〜とかどうやって料理しよっかな〜とかニコニコ笑顔で言うからとうとう一護は泣いて、浦原は一護の母、真咲によって蹴りを入れられる。
浦原は簡単に言ってしまえば召喚された悪魔だ(信じたくは無いけれど)。
元々真咲と契約を結んでいた彼だが、5年前、主でもある彼女が病で逝く前、契約を自分の息子に移した事で今は一護が二代目主。
願い下げだ!と本人はそう言うかもしれないが、小さい頃は助かった。
幼くしてコンと二人っきりになった一護にとって浦原とその従者である夜一の存在は在り難かった。悪魔だと知っていても寂しさは随分紛れたものだ。

「なんじゃ朝っぱらから煩いのぉ」
「よるい、……ちさんっ!!!!」

やっと目の前のウエハースだかビスケットだか分らないふざけた扉が開いたと思ったらそこから眠たげな目を擦って出てきた夜一に一護はぎょっと目を見開く。
いつも黒猫姿の彼女が人型にもなれると知ったのは10歳の時だったが、あの頃はまだ羞恥心が無く、夜一を姉代わりとして育っていった一護も今では立派な15歳。今年の4月からは地元の高校に通う事になっている。だから目の前のスレンダーボディをおしげもなく晒し、キャミソールと短パン姿で出てきた夜一に顔を真っ赤にしながら怒り出した。

「ばっ!なんつー格好で出てくんだよ!!つかあの馬鹿はっ!?」

それに、絶対この人、下着とか着てない!
夜一から視線を大幅にずらしながら一護が問うのをニマリと表情を変えて夜一は舌なめずりをする。

「喜助に用か〜?なんじゃつまらん、ワシじゃないのか……小さい頃はあんなに夜一さん夜一さん!って呼んでくっついてきおったのにのぉ〜」
「わぁあっ!腕っ、腕!くっついてる!くっついてる!」

ぎゅっと、一護の腕に自分の腕をからませ、胸を押し付ける様にくっついてきた夜一に一護は全体を硬直させながらどうにかこうにか言葉を紡ぐ。フニフニと想像以上に柔らかで弾力がある。もうこの時点で一護の脳内は大パニックだ。

「煩いっすね〜。何騒いでんの…」
「っ!お前!お前!なんつー、おい!夜一さんになんつー格好!ああ!ごめん…夜一さん…ほんと…離して……」

ふああ、と大きく口を開きだらしない黒のガウンを羽織った形で浦原が部屋の奥から出て来たが、罵倒している途中で夜一にぐりぐりと胸を押し付けられ、一護はとうとう降参した。

「かっかっか!ほんに面白いの〜一護は」
「夜一さん、そーいうの逆セクハラってんですよ」

アハハ、と暢気に笑う二人を見て、一護の眉間の皺がより一層深くなる。
覗けば浦原の部屋の中もお菓子の場と化していた。広々としてないと寝れないと言う浦原がどこからか購入したフロアベッド。黒とシルバーのメタリック調で一番でかいサイズのトリプルベッドが、キラキラとした銀のチョコレートでデコレーションされ、ウエハースの一部を使った様に白と黒でサンドされている。なんだか自分のベッドよりも幾分か大人っぽく仕上がっている事にすら腹が立った。

「夜一さん。ごめん。ちょっと外して貰って良いか…?」
「………ふむ、では久方振りにコンで遊ぼうかの〜」

かっかっか、と見た目とは裏腹に豪勢な笑いを残して夜一が部屋を後にしたのを見計らい、無言のまま部屋の中に入って扉を閉じた。

「アタシと二人っきりになりたかったの?」

すかさず意地悪く笑った浦原が極自然に一護の腰へと腕を回すが、それを叩いて、睨み上げる。

「元に戻せ」
「なんで?君、お菓子好きじゃない」
「こんな馬鹿みたいな事ってあるか?朝起きたら自分のベッドならず家丸ごと菓子になってんだぞ?」
「アタシは悪魔ですよ?こんなの呼吸するよりかんた〜ん」
「元に戻せ」
「じゃあ代償ちょうだい」

ぐ、と一護の息がつまった。
目の前では浦原のいやらしい、ニヤニヤとした笑い顔がある。出来れば思いっきり殴りつけてやりたい。だけどそんなの、軽くかわされるに決まっている。飄々とした優男を演じる癖にやはりと言うか人外の彼が持つ力は膨大で、いち人間の一護がどんなに喧嘩慣れしていて強くても赤子を扱うみたいにかわされるのであれば余計、惨めになる。それを分っているから一護は口先で上手く丸め込もうとするが、逆に丸め込まれてしまうのはいつも一護の方だった。

「代償払ってくれるならすぐにでも元に戻すけど?」

浦原の言う代償。
一人の人間に召還された悪魔は契約を持って主従関係を結ぶ。人ならざる者が態々自分より格下の人間と契約を結び、尚且つペットや奴隷として、時にはボディーガードとして契約を結ぶのには訳がある。
悪魔は快楽に弱い。と言うかもう快楽そのものがこいつ等の生きる糧だと言っても過言ではない。
昔、浦原本人から直接聞いた事が定かなのかは分らないが、悪魔によっても快楽の種類があり、極端に言えば殺しだったり、セックスだったり、酒だったり、女だったり、子供だったり、多種多様ではあるが、契約する悪魔の嗜好によって代償は異なる様だ。
一護の母から授かったこの悪魔。
主交換の時、彼が結んだ契約の糧としての代償は。

「ねえ、久しぶりに君が欲しい。そろそろ限界なんすよ、アタシ」

一護そのものだった。

「おっまえ!業とだろ!この家!」
「はて?何の事でしょ?」
「ざっけんな!!!!」

あくまでもとぼける浦原の金色がいやらしく光っていたので、一護は保っていた理性をぶち壊して目の前の悪魔めがけて拳を振るう。

「暴力はんた〜い」
「っ!!!」

間延びした言葉が耳元で聞こえたと思った瞬間には一護の視界は反転していた。
ドサリと、やや乱暴にベッド上に投げ倒される。
フカフカなマットは肌に気持ちいシルクのシーツを使っていて、夏になるとひんやりと火照った肌を冷やしてくれるから結構な割合で夏場はこのベッド上で過ごす。(勿論、部屋の主が居ない時を見計らい、だが。)

「さて、取引しましょうか?一護さん」

黒のガウンを肌蹴させ、浦原がベッド脇に腰を下ろし、一護を組み敷く。
顎を掬い上げられ、間近に見えた金色が、徐々に赤く染まっていく様は何度見ても慣れない。圧倒的な恐怖が一護の神経を支配する。


「あ、元に戻った」

夜一を膝上に乗せてテレビを見ていたコンが、小さく呟いたと同時に、猫に化けた夜一はうっすらと重たい瞼を開けて辺りを見渡した。
ははん。今頃美味しく頂かれておるのぉ。
下卑た笑みを浮かべ、ご自慢の尻尾を振りながら、再び瞼を閉じた。
元に戻ったワイドテレビからは昼ドラの常套句が撒き散らかされている。



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