8 お祭り騒ぎが大好きな幼馴染はやはり電話越しでも盛大に笑ってみせるので浦原は受話器を少し耳元から遠ざけて笑い声が収まるのを無言で待つ。 『はぁ、はぁ、喜助…』 「……なんでしょ」 『久しぶりに笑わせて貰った。いや〜本当もう大爆笑じゃ!!!』 「……笑い話にした訳じゃないんですけどね」 まだ完全に笑いが引かないのか、夜一は電話の向こうでヒイヒイ言いながらも言葉を発する。 夜一曰く、あのスケコマシで年中発情期みたいな男がカメラ越しに恋をしたってんだからお笑いものだ!らしい。きっと長い間付き合ってきた彼女だからこうして爆笑できるんだろうと頭の片隅で考えて、本当、なんでもかんでもお祭り騒ぎにしたがる人だなあと思った。 『その人絶対、なんにでもお祭り騒ぎとかするタイプだろ?』 あの時の一護の言葉が脳内で浅ましくも響き渡りばれない程度に微笑む。 「本当、参っちゃうなぁ……」 『なにがじゃ?まあ良い、面白いネタを提供してくれて礼を言うぞ。して、あの話は進んでおるのか?』 「……4ヵ月後の後半辺りにめぼしつけてますよ」 窓の外は寒々しくも灰色の色彩が世界を包んでいた。朝は晴れていたのに午後からは雨らしい、きっと明日は雪が降るだろうともお天気お姉さんが首にマフラーを巻いた状態でアナウンスしていた。 浦原の部屋で最も見晴らしが良いと、一護は良くこの窓辺から風景を見渡していた。それに習い同じ場所に立って一護と同じであろう風景を眺める。 『そうか、こっちでもその日程でスケジュール組んでおくぞ?良いか?』 「ええ、お願いします。また連絡しますよ」 帰ってきたらまず酒だな。と言って電話は切れる。本当に酒と祭りが好きな彼女の為、一番美味しい日本酒をダース買いしなくちゃいけないなあ、なんて暢気に考えながら窓の外を見ていた。 都心にあるマンションの上階から見る景色は空に近くて美しいと評判だ。ちなみにこのマンションのキャッチフレーズは「まるでラピュタから見た様な景色を貴方にも」だ。少し笑ってしまう。 「すげー……俺のマンションも結構高いけど…ここは違った風景だな…」 「そうなの?あまり風景とか意識しないから」 「………お前、悪までもカメラマンなんだからそう言うの、ちょっとは意識しろよ」 「僕、人間専門だもの」 そう言いながらも浦原は持っていたデジタルカメラを一護に向ける。 今日は珍しくオフが取れたからと、一護は都会へ遊びに出かけるまでもなく浦原のマンションに来た。今からそっち行っても良いか?少しだけ拗ねた様に言われた電話越し。今君はどんな表情で、どんな思いで電話をしてきてるんだろうか?思った事を口にはせず、浦原は少しだけ微笑んだ後、いいよ。と言った。 「やっと取れたオフだってのに、良いんですか?僕、今日は一日中ひきこもり予定だけど?」 「…良い大人が引きこもってんなよ………良いよ、どうせ何もする事なかったんだから…」 本当は雑誌撮影とラジオの収録があったが、先方側のミスで予定が2日ずれてしまった為、突然貰ったオフ。 写真集の撮影も全て終わり、自然と浦原からも疎遠になっていく。打ち合わせは全てマネージャーの斬月だし、一護は一護でPV撮影やらラジオ番組やら雑誌撮影やらに追われ、あんな毎日の様に顔を合わせていた筈なのに見れない日が多くなって苦しかったのだ。そう、認めた瞬間からこの憎たらしいカメラマンに会いたくて会いたくて仕方が無くて。この突然舞い降りたオフは神様からの贈り物か?と思うくらいにタイミングが良く、居ても立ってもいれなくてかけた電話越しで男は一言、いいよとだけ言ってくれた。それが単純に嬉しい。 「…あのな…、ライブやるって話聞いたか?」 「ああ。関係者だけのやつっすよね?いつだっけ?」 「予定では12月20日」 「……20日ねえ。うん、敏腕マネージャーさんから態々電話頂きましたよ」 そっか。と一言だけ言って俯いた一護の耳が赤い事に気付くが浦原は敢えてそれから目を外し、一護が土産にと買ってきたケーキ(きっと自分用だろうけど)を皿に盛るべくキッチンへと向かう。 黒の革張りソファに体育座りをして、目の前に置いてある写真の雑誌を手持ち無沙汰にパラパラと捲る。 キッチンから珈琲の良い香りが漂い、瞬く間に部屋中に充満する。浦原のマンションはどこもかしこも彼の香りが漂っていた。 煙草と彼の愛用香水、それから珈琲独特の香り。 甘い様で苦い、大人の香り。 「はい、砂糖とミルクた〜っぷりのカフェオレですよ〜」 「ガキ扱いかっ!!」 「いや、だってブラックだとお腹壊すって言ったの一護さんっすよ?」 「……っ!!くそっ」 子供扱いされた事に少し拗ねながら、手渡されたマグカップを奪う様に取って小さな声でサンキュとだけ言った。聞こえていたのか浦原は笑いながら頭を撫でる。 「なあ、あんたって一人っ子か?」 「あたり。一護さんは末っ子長男でしょ?」 「ちげーし。長男はあってるけど末っ子じゃない、下に双子の妹がいる三人兄妹!」 「えーっ見えない!なんか末っ子って感じがしたんすよね〜」 「むかつくなソレ!きっと俺よりあんたの方が末っ子って感じだよ!」 「えー。なんで?」 「我侭だから!」 一護さん程ではないよ、と意地悪く笑う浦原が隣に座ってミュージックコンポのスイッチを入れた。途端に流れた音源に耳を傾ける。昔、イギリスで流行った有名なバンドだ。女の力強い歌唱力とそれを和らげる様なピアノとベースの伴奏。流暢な英語をその舌に乗せ、媚びる訳でもないのに甘いハスキーボイスが人気だった女性シンガーは3年前に引退したのにも関わらず未だ根強い人気を誇っている。本物のボーカリスト。 「ケーキ、食わねーのかよ?一応、ビターにしたんだけど…」 皿の上に乗ったチョコレートケーキにフォークを刺して一護は言う。一応気を使ったらしい一護を見て笑った。 どうしてか、一護と一緒に居ると優しい気持ちになる。あまり他人と接触するのが好きでは無い筈だったのに、(と言う以前に他人を部屋の中に招き入れた試しが無い)不思議と一護だけはそんなに苦痛では無い。逆に楽しい。 「いやあ…食べれなくは無いんスけど…全部は食べれないなあ…」 「本当に甘いの駄目なんだな……一口だけ食べてみ?マジで美味いから!」 ホラ!と差し出されたフォークには一口サイズにカットされたケーキが乗る。きっと天然でやっているんだろうな、と内心笑いながら頂きますと言って一護の手首を掴みながら差し出されたそれを口の中に含んだ。 甘くて苦い濃厚なビターチョコが口内へ広がる。 ピクリと動いた指先からを目で追って、フォークを咥えたまま、浦原の瞳は一護を捕らえる。 「……う、美味いだろ?」 無言で頷く。まだ、手首を離さないまま。 「……知り合い、のさ…パティシエっての?が…やってる店で…」 フォークを離し口内に残ったケーキを全部飲み込んだ所で、浦原は顔を真っ赤にして目だけを四方左方に泳がせてる一護をじっと見つめる。 カメラを構えてる時にだけ見せるその瞳が今、カメラのレンズを挟まずにこちらを見てる。レンズ越しでもなんでもない、あの横顔でしか見た事ない浦原の真剣な瞳が今、一護だけを見ている。困る。凄く、凄く凄く困る、困るし恥ずかしいし、そして痛かった。 言うつもりなんて、この気持ちを自分で認めたあの日から。気持ちを押し付ける様な事はしないと誓った。その心を見透かされてしまう、あの金色に。言ってしまいそうになる、あの金色に惑わされてしまいそうだ。 「…なんだよ……手、離せよ俺、ケーキ…食いたいから」 多分だけど、この気持ちを浦原は知っていると思う。自分の浅ましい感情をあの金色は既に見抜いていると思う。これは予想じゃなくて確信。だから敢えてその金色を見ないように目を反らした。捕らわれている手首から浦原の温度が伝わってくる。凄く、熱い。 ミュージックコンポから流れる音源がえらくメロウなビートを奏でるから、自然にムード作りは万端。メロウに乗せて女のハスキーボイスが愛を歌った。 あの時、一瞬だけ潤んだ琥珀に躊躇して手を離してしまった。きっとあのまま、あの琥珀と浦原の金色が合わさったまま時間が流れていたら… 「……きっと間違い犯していたな…」 数日前の出来事を思い浮かべ、窓の外を見る。 相変わらず曇天で冬の寒さを窓ガラスは吸収し、時折吹く風にカタカタと小さく震えた。 「あーあ………先走っちゃったかなぁ」 手帳に記された文字が二人を引き離すのなら、あの時あの手を離すべきでは無かった。と空一杯に広がる灰色を見つめながら浦原は一人、ラブソングを口ずさむ。幼馴染の彼女が良く歌っていたあの歌を。 曇天に後悔の色を埋めた ◆浦原さんのマンションに遊びに行って何も手を出されてない事態は奇跡です(夜一さん曰く)← そんなにスケコマシって訳では無いけど、とっかえひっかえしていたカメラマン(笑)女の人が放置する訳が無いっすよね。金持っていて職持っていて尚且つ容姿端麗なら^^^私はそんな男どこか胡散臭いと思いますけど← なんか一護さんを書いてるとセットでケーキも出したくなるのは甘党所以か?そんで話を書いてる最中にケーキが食べたくなると言う始末← カメラマン浦原はちょっと霧の様なイメージで書いてます^^^目を離した隙に居なくなる、みたいな。 |