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浦原喜助は苛々しながら時計を見る。
あの野郎…時間過ぎてるし。黒のタートルネックと灰色のスキニーを履き、停めてあるマグザムに浅く腰掛けながら我慢出来ずに携帯を開いた。
3コールで相手は電話を取ったが、すぐに切れてしまう。なんなんだ一体。苛々は積もる一方だ。ポケットから煙草を取ってお気に入りのジッポで火を灯す。きな臭い煙草独特の匂いが秋の風と混じる。足元を見れば数本の吸殻が無様に転がっていた。それを見て再び舌打ちをしてもう一度時計を見、バイクのエンジンをかける。
15分待ったんだ上出来だろう。そう思いバイクに跨った時、前方に見えた見覚えのある小さい生き物を目が追った。



少し無謀だったろうか…考えながらバスを降りる。
涼しかった秋風が今では冬の香りを含んで冷たくなっていたので今日はオレンジ色のマフラーを首に巻いて出てきた。
大きな紙袋を掲げ、キョロキョロと周りを見る。どこから行こうか…学生だと分かるけど見た事ない制服だったし、今日は土曜。冷静になって考えたら学生は休みではないか。無謀にも程がある、一度会っただけの名前も知らない人間を手がかりも無しに探すのはあまりにも困難で、自分の考えが甘かった事を知り途方に暮れ俯いていると、

「こんにちは。」
「あっ!!」

昨日で覚えた声色が頭上から降ってきた事に心臓が踊った。顔を上げて視界に入った男が昨日と同じ笑顔で声をかけてくる。違うのは私服だと言う事だけ。たったそれだけの違いなのに制服姿の時よりも大人っぽい。
更に高鳴った心音を隠す様に遊子も男に習って笑う。

「昨日は、本当に有難う御座いました!」
「いいけどね。今日も友達の家?」
「あ…じゃくて…お礼が言いたくて」
「僕に?昨日も今日も言ってもらったけど?」

これ…。戸惑いがちに差し出された紙袋を訝しげに眺めた後で男は手に取る。
薄いピンクの紙袋にはどこかの店のロゴがショッキングピンク色で入っている。女の子向けの紙袋を持っていても男は様になっていた。きっと男が持つ全ての物はその輝きを全部男に吸い取られていくんだろう。馬鹿な事を思う。
中を確かめてもまだ分からないと言った感じの表情だったので慌てて両手を振る。

「マドレーヌです!」
「まど、れーぬ?」
「私が作ったから…味は保障できませんが…あ!私、黒崎遊子って言います」
「黒崎?」

順番が逆になってしまったが名乗った後、男は再び遊子に顔を向けた。
マドレーヌは聞きなれないと言った形で返したのに、黒崎の名だけにはやけにはっきりとその音を紡ぐ。

「君…、えっと、ゆずちゃんだっけ?」
「はい!遊ぶに子供の子って書いてゆずです」
「そう、可愛い名前だ。僕は浦原喜助って言うんです。宜しく」
「えへへ、浦原さんですね」

浦原、浦原。何度も心の中で呼び、それを刻みつけた。
自分の兄とはまた違った雰囲気の浦原の前で少し頬を赤らめ笑う。浦原からはなにか甘い香りがしたが、お菓子の類ではなさそうだ。そういえば、自分の兄は甘い物を好んで食べるが…浦原はどうだろうか?兄がいつも食べているマドレーヌ。美味しいって言ってくれるそれを、浦原は口に運んでくれるだろうか?少し心配になりながら浦原の顔を伺うと少し考える仕草を取り、それから長い脚を曲げて遊子の前に屈んだ。
間近で見れた浦原の瞳は薄い緑かかった金色。凄く不思議な色彩は浦原に凄く似合っていた。

「遊子ちゃんってお兄さんとか居ます?」
「え?うちのお兄ちゃんと友達なんですか?」
兄と出た浦原の声はどこかしら嬉しそう。遊子が検討違いな答えを出しても、そう。と言って笑うだけ。
「友達ですよ。黒崎一護さんでしょ?」
「わぁ!凄い偶然ですね!なんだ、じゃあ昨日お兄ちゃんに言えばよかったなぁ…」

くすくす。二人で秘密の話をしているみたいで可笑しかった。なんだかこんなの良いな〜と遊子が思っていると浦原から携帯の音が鳴り、それを緩やかな動作で取り出した浦原が目の前でごめんね、の合図をして携帯を耳にあてる。

「…だろうと思った。良いっすよ、こっちもデート入ったんで」

遊子に話しかける時とは違った声色で電話口の相手と話す。デートって単語が耳に入りなぜかこちらが恥ずかしくなった。そっか…デートなのか…モテるんだな。なんて考えている最中にどうやら電話は終わったらしく、紙袋を持つ手とは違う手を遊子の方へ差し出す。

「?」
「デート、します?時間空いてるかな?」
「!勿論です!」

はちきれんばかりの笑顔を向けて、差し出された手を取る。
触れた手の平は昨日と同じで冷たいままだったが、何故かその体温に遊子は安心しきって踊る心臓をもっともっと高鳴らせた。
兄と同じくらい(予想だが、兄より2〜3個は上だと思う)の年齢の男と遊ぶのは久しぶりだ。
昔は兄も良く遊びに連れて行ってくれたりしたが、最近ではそんな事もめっきり無くなり、時々家を空ける事もしばしば。片割れの夏梨は「一兄も年頃なんだからそろそろ兄離れしたら?」と言うが遊子はまだまだ甘えん坊(そこら辺は小さい頃の兄と一緒だと父親に言われたのを思い出す)。兄に対して甘えたり無い。その点で浦原と一緒に行動するのはお兄ちゃんと一緒に遊んでいると言う感覚が強い。


色んな所に連れて行って貰う。町並みが見渡せる丘だったり、入った事ないカフェテリアだったり(その時ご馳走してもらったプリンパフェは凄く美味しかった)ゲーセンだったり。

「今日は本当に有難う御座います!お礼に来たのに…なんだか悪いな…」

UFOキャッチャーで取ってもらった大きな熊のぬいぐるみを抱きしめながら遊子は苦笑する。これじゃあどっちがお礼されているんだか…。遊んでいる最中は楽しくて忘れていたけど、本来の目的よりも至れりつくせりで少し居たたまれない。

「いいえ。僕も楽しかったからおあいこでしょう?それに、マドレーヌ?美味しかったっスよ」
「本当ですか?嬉しい!お兄ちゃんも好きだから少し甘めにしたんだけど…」
「ああ…。お兄ちゃん甘党なんだ?」

まあ、多少甘かったけど。それは言わずに喉の奥で留めた。あの黒崎一護が甘党とは。ほくそ笑む。兄よりも薄い色彩の髪が風に揺れる様を見て、浦原はポケットから鍵を取り出す。

「今日は家まで送りますよ。もう暗いからね。」
「ええっ!そんな…そこまでっ…バスで帰りますよ〜」
「いけない。一護さんの妹って分かったからね。放置できないよ」

そこまで言った後、浦原は駐輪場へ向かい、自分のバイクに鍵を差し込む。重たいエンジン音と共に周りの風が動いたのが分かる。跨ったままおいでおいでと動作する浦原を見て、少し戸惑うが、手招きされた方向へと足は自然に向かっていた。
浦原からヘルメットを受け取り、目を泳がせる。初めてバイクに乗るのでヘルメットの付け方が分からずどうしたらと迷っていると、浦原の大きな手がヘルメットを取り、頭に被せる。それから顎の位置でベルトを締め、大きな熊のぬいぐるみをシートトランクへと納めた。
ちょっとごめんね。そう謝られて何かと思っている拍子に遊子の体はふわっと浮き、後部座席へと座らされる。浦原は軽やかに動くなと思った。動作ひとつひとつに無駄な動きが感じられない。
抱き上げられた事に対して恥ずかしくなったが、こうなったら最後の最後まで甘えてやる。お兄ちゃんが相手してくれないから今日限定で浦原をお兄ちゃんだと思う事にした。そう思うと幾分か気持ちも楽になってもっと楽しくなる。

「えへへ」
「何?」
「なんだかお兄ちゃんって感じ」

浦原さんもお兄ちゃんだったら良いのにな。と言う言葉に対して浦原も笑った。
マグザムが夜の道を走り抜ける。移ろう景色は最速で目の前を通り抜ける。最初は少し不安だったが、バックレストに必死に捕まっていてもその運転がなだらかで数分後には怖いと感じなくなった。するすると車の間をすり抜け、見慣れた商店街を通り過ごす。

「その角を曲がって…あ!お兄ちゃん!」

住宅街と言う事もあり、浦原はバイクのスピードを落としながら言われた通り角を曲がると、明かりのついた家の前に見慣れたオレンジ頭が視界に入る。夜の闇を切り裂いた濃い色に自然と目が追う。
ああ、久しぶりだ。思って、先週会った彼の表情を思い出した。悔しそうな、泣きそうなその曖昧な表情が加虐心を煽る。
きっと今でも彼の眉間には皺が寄っているんだろう。

「え…遊子!?」

現在時刻は7時を回っている。すっかり暗くなった辺りを見渡して、家の前で止まるバイクから遊子が降りた瞬間、一護は心底驚いて近所迷惑を顧みずに大声を出す。

「近所迷惑だよお兄ちゃん!あ、浦原さん今日は一日有難う御座いました!」
「いいえ、どーいたしまして」
「遊子!」

暢気に挨拶する二人を見て、一護は我にかえり直ぐさま遊子の手を取り自分の後ろへと隠す。その際に遊子がお兄ちゃん?と言うがそんなの無視だ。一護の視界に捕らえた男は危険人物。なぜ自分の妹とこの男が一緒に居るのか知らないが、浦原を睨みあげた瞬間、金色の瞳がにまりと笑んだのを見て背筋が戦慄いた。

「遊子ちゃん今日はマドレーヌ有難う。また今度遊びましょ。それから…お兄ちゃん借りてっても良いですか?」

ふざけんな!そう叫びそうになったのをぐっと堪え、未だに浦原を睨む視線は反らせられない。

「大丈夫ですよ〜お兄ちゃんをよろしくお願いします!あ!今度うちに夕飯食べに来て下さい!今日ご馳走してもらったから今度は私がご馳走しますね!」

玄関先で行儀良くお辞儀をした後で遊子は暢気にそう言った。
こいつと一緒の飯なんて嫌だ!そう思った一護の気持ちを知らずに遊子は貰ったぬいぐるみをホクホク顔で抱きしめながら玄関の戸を開き、中に入って閉じた。
しん、と静まり返った家の前。睨む事を止めない一護を見て、少し大袈裟に溜息を吐く。ピクリと動いた指先が拳へと変わるのを浦原は冷めた瞳で見ていた。

「あんた……妹に何した?」
「なにも。デートしただけ」
「…っけんな…!俺を的にするのは分かるが、妹は関係ねーっ!俺の家族に何かしてみろ」

叫び出そうとした一護の口を手で覆い、浦原は低い声で一護の耳元に囁いた。

「近所迷惑。話は別の所で聞きましょ。」

そう言って手を離される。そのままヘルメットを投げつけてきて、乗って。と一言告げた後で再びバイクのエンジンをかける。渋々と言った形でヘルメットを被り後ろに跨った。


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