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5萬打お礼小説。
このお話は前回logで書いた甘く壊すの続編となっております。というか思いっきりパロです。続き物って訳でもないので一つの話として読めます。




どうしよう…。そう思った頃には後悔だけが意識の先にあった。
友達の家にお邪魔して4時前にはその家を後にしたと言うのに、慣れない土地で足は感覚を失ったかの様にあちらこちらをさ迷う。太陽は傾き、赤くそまった街。伸びた自分の影が更に不安を煽る。
カラスが鳴いたら帰りましょう。どこかの空でカラスが鳴くのを途方に暮れて聞いていた。どうしよう…どうしよう。その思いだけが心中深くに突き刺さる。染まりゆく赤の色がなんだか無償に涙腺を刺激した。

「どうしたの?お嬢ちゃん」

迷子かな?優しい声がすんなりと鼓膜を突き、振り返ると同じ視線に合わせて座り込んだスーツ姿の男性が目の前で笑っていた。瞬間、なぜか安心する。
夕暮れの住宅街、小学生はもう家の中。所々明かりのついた家の群れの中で、一人だけぽつんと取り残されている感じがして寂しかったから。遊子はコクリと素直に頷いた。少し、涙目になっていたかもしれない。

「そっか…どこまで行きたいのかな?」
「空座町…です」
「うーん…バス使ってきたの?」
「はい」
「じゃあおじさんが家まで送ってあげるね」
「…えっ?」

次の言葉を待たずに男はすくっと立ち上がる。その際、太陽に背を向けた男の表情は逆光で伺えなく、途端に違う不安が心中に溢れ返る。掴まれた手首、華奢なその手首を覆う男の手の平はとても大きくて、そして生暖かかった。父親のそれとは違う他人の体温に背筋から一気に嫌な汗をかく。

「あ…っ、あの…やっぱり一人で帰れます!」
「ん?大丈夫だよ。そろそろ暗くなるから危ないしね一緒に行くよ?」
「え、あの…本当に大丈夫ですからっお兄ちゃん、…呼ぶので!」
「じゃあ一緒にお兄ちゃん待っててあげるね、ここじゃあ邪魔になるからあっちに行こうか?」
「きゃっ」

ぐい、と力強く引かれ、足はその男と同じ方向へ向かう。掴まれた手首が痛い、薄暗くなる空でカラスが鳴いている様がなんとも不気味で、その鳴き声が警告音に聞こえた。見上げた男の後ろ姿が影を背負って怖い。カクカクと震える足は止まる事も出来ない。本格的な恐怖に体が支配されて思考回路が麻痺していく気がした時、

「その子に何か用?」
「え…」

男と同時に発した声は静かな住宅街に響いた。
振り向いた先に居た長身の男は灰色のズボンのポケットに手を入れたまま、強い光を放った眼光はこちらを射抜いた。なんて、透明な声なんだろう。突き抜ける声に、強すぎる瞳に、手首を掴んでいた力が緩む。

「あ…、え?この子の…お兄ちゃん?」
「……そう、お兄ちゃん。おいで」

おいで。そう言われポケットから出た手を差し伸べられる。咄嗟に掴んでた手を振り払って長身の男の元へと駆け寄った。差し伸べられた手の平に触れた瞬間、外気と同じ温度が遊子の手の平から伝わる。なんて冷たい手…。そう思って男を見上げた。金色の髪の毛を夕焼け色に染め、強すぎる眼光を銀縁眼鏡の奥に潜ます。

「ごめんね、遅くなって」

ニコリと微笑んだ表情が思った以上に優しかったが、握った手の平の温度が変わる事は無い。遊子はそのまま無言で首を横にブンブンと振る。その時、安心したせいで涙が滲んでいたのか?振り落とした涙の粒がアスファルト上に散って砕けた。

「そ…そっか…お兄ちゃんが来たなら安心だよね」

長身の男の気迫に圧倒されたのであろうスーツ姿の男はそそくさと背を向け去って行く。
その瞬間に離された手にまた不安が積もる。おかしいな…こんなに冷たい手の平なのに…。何故か安心してしまうその体温に遊子は少し残念だと思った。

「あ…、あの…有難うございました!」
「いいえ。家近いの?」

この辺は危ないよ。そう言った男を改めて見る。
長身をグレーで統一された制服で包み、右肩から提げた学生鞄は真っ黒。首元まで隠すであろう金髪は後ろで一つに纏められていた。知的な銀縁眼鏡がもの凄く似合っている。その奥に潜んだ瞳が何色なのか見たかったが、辺りが暗くなっていくこの時間帯では男の瞳も色彩を失っていく様だ。

「家は…空座町で…」
「空座?なんでまたこんな所に」
「えっと…友達の家で遊んでいたら…」
「そう…。バス停まで送る」
「え?」

少しだけ面倒臭そうに放った男の声はすんなりと耳に入る。なんだか不思議な人だと思った。ふわりと頭上に置かれた手から再び冷たさを感じる。それ以降、バス停に着くまでの間、男は何も話さない。
少しだけ開かれた隙間。遊子を歩道脇にして男はさりげなく道路側を歩く。ああ、なんかモテそうだもんね。だなんて思って自分の兄とは全く違うな。とも思った。
大通りに出て、少し寂れたバス停前まで着いた時、有難うともう一度言った。男は笑んで手を振る。その時初めて遊子は名前を名乗っていない事に気づき、呼び止めようとしたが男の背中は既に無く、バスのライトだけが明るく辺りを照らしていた。

「名前…聞きたかったな…」

残念そうに呟いた声は夜の冷え切った空気に呑まれ残響も無く消え行く。
その夜の黒崎家は少しだけ賑やかだった。遊子はずっとニコニコしていて、特別な日でも無いのにテーブルに並んだ料理はどれも手が込んでいて美味しかった。黒崎家の長男と双子の片割れ夏梨は少々不気味そうに遊子の上機嫌を見守る。

「な…なぁ…あいつ何かあったの?」
「……なんか王子様に助けられたんだって」
「はぁ??」





明日は土曜日。得意のマドレーヌを作って持って行こう。見つかると良いな、あの人。
ベッドに沈んだ遊子はそう思いながらにやける顔を布団で隠した。


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