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絡まってもつれてほどけて最終的に糸は小指ごと奪っていくのだ

副隊長解任を命ずる。そう言った後、小さく離せ、と言われたから。
浦原の熱は一気に浮上していった。なんて事ない小さな火が大きく膨れ上がり、言い様の無い空虚だけが炎を包み込む様に存在を強調し始めた。
掴み、離さないと言わんばかりに力を込めれば、折れそうだなと思うくらい華奢な手首に少し怖気づく。

触りたい、と思った。触れたいと。いつからか誤魔化しきれなくなった気持ちに対して自分自身に舌打ちをした。なんだってこんなガキ一人…思った。意識の下で想いを顰めて、見守る事に決めた。
周りの視線から守って、それで頼られて。このまま本当に副隊長としてやっていくのか?そう自問自答したら答えはYESしか出てこないのだから…笑ってしまう。それ程までに惹かれ、抑えられない衝動が胸辺りまで来て、心臓を食い破る始末。
抑えきれない衝動を毒のせいにした。何度も何度もその甘い声を口付けで飲み込んだ。何度も何度もその名前を体に刻み込む様に呼んだ。何度…、その体に触れ、暴き、啼かせただろう。
まだ体の奥底に眠っている熱は治まるどころか、毒の効果は切れている筈なのにズクリズクリと浦原の体を侵食する。
もう戻れない所まで来てしまった。抱いてしまった。華奢でいて、成長途中の子供の体を組み敷いて。それこそ獣じみた抱き方をした。優しくなんて出来なかったかもしれない…

なんで、と問えば。離せ、と言われる。
か細い声は注意して耳をすまさないと聞こえない音で、組み敷いても一護の視線は顔ごと右へ背けられる。一護の視界に入るのは浦原の手首と明るくなる空の色を反射させた襖の影だ。
掴まられた手首からゆっくり、浦原の温度が重なり、次第にそれは一護の体温と同化していく様にその体に痕を残す。
凄く心臓に痛い。霞んでいく視界に耐え、きつく下唇を噛んで。それから再び離せ、と今度は搾り出した声で言う。
ピクリと震えた浦原の腕から力が徐々に増幅され、キシリと掴まれた手首と、心が痛んだ。

何かがおかしい。浦原はそう感じていた。頭の中で整理できない何かがぐるぐると巡り、浮かされた熱に誤魔化される様に蜃気楼となる。お互いの感情が平行線上を漂って、交わる事等なく、けれども確実にそれらは解ける事等無いと言う様に複雑に絡まりあった。雁字搦め。その言葉が良く似合う。
あんまりだと思った。毒のせいにしたあの熱を、あの夜を、一護自身の口から「忘れろ」と言われた時点で浦原の胸の内側を黒い化け物が食い荒らしていく。
いつの間にか芽生えていた恋情と言う奴を教えてくれたのは貴方なのに、芽生え始める前にその蕾を毟り取れと言うのですか?酷く残酷な事をしてくれる。自分でも気づかない内に浦原の口元は自嘲の型を取っていた。

「隊長、」

黒い化け物を飼ったまっくろい胸の内。けれども口から出た音色は自分でも耳を疑うくらいの甘い甘い旋律。
いとし、いとし。と言う様に、その名前がガラス細工で出来た飾り物だとでも言う様に、丁寧に、そこにありったけの恋情を込めて。

「黒崎隊長」

噛み締める様に紡ぐその名前に一護は震える。捕らえられた、否、初めから彼に捕らわれていた。最後の最後までがっちりと絡んだ糸はきっと赤色。胸の内に秘めた黒の感情が洗われていく様な気がした。彼の声によって、彼の動作によって。堪えきれずに零れた涙の中に自分の恋情を隠す。このまま溶けて消えてしまえばいい、そう物騒な事を考えた。きっと、これが恋なのだ。

「黒崎隊長、」
「言うな…」

酷く優しげに、愛おしげに名前を紡ぐ彼の口から一護が最も恐れる言葉が出そうで怖かった。もし仮に、彼がその言葉を紡ぐなら、もっともっと彼に依存してしまう。そう確信めいた弱い心から、一護はそれに怯え頑なに浦原から視線を逸らし、明るくなっていく室内(襖と畳の狭間)をずっと睨んでいた。
聞きたくないとも言った。声に出した言葉は一護と同様に震えていて浦原に放った言葉とは裏腹な言葉が心の中を占める。聞きたい、聞きたい。お前の口から、聞けたらどんなに嗚呼、どんなに…!!
相反する気持ちが交じり合いぐちゃぐちゃになり一護の心を溶かして縛りつけ、そして苦しめる。

聞きたくないと子供が言う。何かを我慢している表情で、枕は涙で濡れ、その琥珀もまた涙で濡れているそんな風貌で。子供は頑なに浦原と子供自身の気持ちを否定し、拒否する。それならばと浦原は思う。
ゆっくりと触れた首筋。触れるか触れないかの曖昧な駆け引き。
首筋を掠めた浦原の唇に子供の体は面白いくらいにビクリと踊る。それに苦笑し、今度は耳朶に触れる。またビクリと震える。

「や、め…」

カタカタと鳴いた体の振動をあやす様に浦原は静かに静かに、唇で一護の体に触れていく。首筋、頬、耳朶、鎖骨、肩、唇で触れていく体のパーツに思いを込めて。掠める唇で音無き想いを一護の体に刻んでいく。
好きです。好きだ。好きなんです。
透明な言葉は、想いは、一護の体から心まで流れ、触れた唇の僅かな動きで彼の想いを知ら示される。かあ、と頬に集まった熱。唇が触れた箇所にも徐々に熱が集まり、体全体が浦原の唇一つで戦慄いた。

「うら、浦原…っ」

堪えきれなくなった、この熱に、浦原の伝えんとする想いに。
掴まれた左手首を持ち上げ、浦原は一護の目の前で手首に口付ける。それを見た一護自身、抵抗と言う文字など当に消え失せ釘付けになる。
手の平に口付けて、それから浦原が言う。好きです。好き。音無きその振動と彼の唇が象る二つの言葉に、くらりと眩暈ひとつ。

「お、まえ…」

合わさった目と目。浦原の金色の瞳がいつになく真剣に、それでいて愛おしげに一護の琥珀に映る。もう一度、好き。と象るその薄い唇。
たったそれだけの行為なのに、一護の頭の中で目まぐるしく回る昨夜の出来事。
荒々しい彼の口付け、口内の粘膜を犯される様に回る彼の熱い舌先が歯の裏を舐め、一護の舌を絡め取り、声さえも飲み込まれそうになったあの口付けを思い出す。
あの唇が、今は繊細な動きでもって一護の手の平に触れているのだ。
あの唇が、好きだ。と象る、何度も何度も。
泣きそうになった。もう駄目だ。自分の感情を押し殺してまで手放そうとした彼が一護の手を取り逆に離さない。離してくれない。そして、手を伸ばしても良いのだと、金色の瞳が一護にそう語りかけていた。

「良い…のかよ…」
「…今更ですよ」
「俺…お前に依存する…多分…弱くもなる、泣き…虫にもなる…ヤキモチもやくし、我侭も多くなる……」
「それも、今更だと思いますけど」

ふふ、と愛しい者を前に浦原は照れながらも笑う。
それでもちゃんと一護が最後まで自分の想いを言い切るまで、浦原は掴んだ手首を放さない。二人、寝乱れた布団の上で向かい合って座る。一護は半場やけくそ気味に浦原を睨み上げ、太ももの上に置いた手の平は所帯無さげに死覇装を握り締めた。

「俺、卑怯だった……お前の、弱味につけこんで…昨日…」

抱かれた、とは言えなかった。あまりにも恥ずかしい言葉なんだと今更ながらに思い、赤くなる。ああそうだ。自分は昨日、この目の前に居るどうしても欲しい男に抱かれたのだ。好いた相手と合わさる肌と肌。その気持ち良さに我をも忘れて最後には自ら男を求め、終いには「もっと…」と口走っていた。今更ながら鮮明に甦る記憶は卑怯だ。

「ねえ、もう一回。キスしてくれませんか?」
「え…?」
「貴方から、もう一度アタシにキス、してくれませんか?」

静かに笑うその表情に見惚れていた。浦原から言われた言葉に戸惑いながら、左右に目を泳がす。
そっと、浦原は確かめる様に一護の頬へと手をそえる。ああ柔らかい。赤く色づいた頬は少し熱く、この熱に浮かされた自分の恋情を今は愛しく思う。子供に対する感情と一緒に、自分の想いも愛する。
つつ、と一護の下唇に触れた親指にビクリと震える肩に苦笑する。一護はまだどうしたら良いのか悩み、そして浦原を見、まだ恥ずかしさが勝るのか、合わさった瞳に怯えて俯く。

「隊長、ねぇ。黒崎隊長」
甘い響きに乗った自分の名を連呼する浦原に一護はとうとう負けて顔を恐る恐る上げると、浦原は照れくさそうに笑いながら。

あなたが、好きです。

また、音も無く囁いた。綺麗な薄い唇が象るその言葉に泣きそうになる。胸が締め付けられて苦しい。手放そうとしていた時よりも苦しいその締め付けが甘く感じられるのは何故か。
掴まれた手首、触れられた唇、注がれた音無き言葉。浦原から与えられるのはメロウな感情と僅かな痛み。浦原の行動一つ一つに、一言一句に、こんなにも一護の心臓は揺さぶられ、締め付けられる。
まるで食われているみたいだ。浦原自身に…
踊りだした心臓に答えがあった。浦原が食す心臓に答えはきっと最初っからあったのだ。一護は思い、心臓辺りを強く握り締め意を決した瞳を浦原の金色と合わせた後、そっと両腕を浦原に伸ばした。
一護の行動を微笑みながら見て、首に巻きついた両腕の重みに歓喜する。こんなにも、こんなにもだ。浦原の心臓も一護と同様に高鳴る。恋ってやつはどうしてこうも厄介なんだろうか。
震えるくらいの小さなキスに浦原は笑う。一護の戸惑う様な小さな告白に再び心臓が唸った。

「今度は優しく…」

します。最後の言葉が言えなかったのは合わさった子供の柔らかな唇が少しだけ開いたから。そこから誘われる様にして入る舌先から甘い味が口内に溢れ返る。昨日の荒々しさを取り消す様に優しく、丹念に、そして甘く甘く。ひたすら甘い口付けを二人で交わす。
好きだ。好きです。
お互いの想いを交換する様に交わした口付けは色濃く二人の記憶に重なり合う。





















甘い口づけは夢現の様だ




あきゅろす。
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