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2


なんとなく、生きていた時分があった。
それこそなんとなく、適当に。死ぬ時は死んで、生き延びる時は生き延びる。必死で生きていたのは幼少時の初めまでで、後は諦め半分の面白さ半分で生きていた浦原はとある族の頭を刀の錆びにして追われていた。追われて追われて満身創痍に陥りもう死んでも良いやと生を手放した時に、母の生首と出会った。
鬼の子と呼ばれ苛まれ続けた人生の中、より鮮明に傷を与えてくれた唯一の母の首は変わらず汚くて醜くてそしてちぐはぐに美しかった。
"おかあちゃん"
母が死んでから初めて浦原は彼女のあるべき名前を口に出す。それは果たして音と成ったのかは定かではなくとも、浦原は確かに呼んだ。叫んだ。軋む体の骨だとか、じわりと滲み出す血液の温かさだとか抉られた肉の痛みだとかその他諸々を無視して、叫べば体よりも心が痛んで呼吸を煩わしいものへと変えていった。そして浦原が過去の残像にとり憑かれた正にその時、浦原と生首の境界線を断ち切って入り込んできたのが一護だ。
彼は、幼くも甘ったるい琥珀色の瞳をにっこりと曲げて空(くう)を見つめたら駄目だと柔らかく言った。それが彼と浦原との出会いだった。

***

黒い黒い、暗い暗い。そこはかとなくどこもかしこも真っ暗闇の中、黒の輪郭だけを捉えながら母が五体満足で両手を広げ案山子の如く突っ立っている。
金髪の長ったらしい髪の毛を乱れさせ、無表情のまま目を見開き浦原を凝視している。
何ものも発さない唇は乾ききって皮が剥がれ、そこから毒々しい赤を見せた。嗚呼、なんて汚いんだろうか。やせ細った体に襤褸布を巻いて身じろぎひとつ取る事もせずに彼女は無言を貫いたままで凝視する。
母の背後で黒い影がゆらりと揺れるのと同時に空を切り裂く音が鼓膜へと突き刺さった。
シュっ!どさり。
先ず、母の伸ばした腕が落っこちる。枝の様な腕だった。真っ黒い真っ黒い影は再びシュっと空を切る。次に落っこちたのは左腕。五体満足が壊れた母は矢張り物言わぬ案山子の様に身じろぐ事なく凝視する。
緑に金色が混ざった歪な鬼の目。浦原と全く同じ彼女の瞳がぎょろりと見開いたままでこちらを見る。嗚呼、死んでいるのだアレは、もう。利口にも子供の浦原は悟っているのに、小さな体には不釣合いに大きく育った心がずきんずきんと痛み始めた。捨てたと思っていた心がどこかの空洞で痛んでいる。
なんだかそれがやけに寂しくて悲しかった。
"母ちゃん"
吐き出した音は大人の自分の声色だった。

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