如何なる時も恋に抗え ああもう、自分はどうかしている。 そう思ったのは目の前の子供が原因で。 「浦原っ」 大丈夫か? 心配される立場になり、少し情けない(否、かなり情けないだろうに…) とっさに守っていた。気付いたら目の前に出ていた。こんなの、自分自身、びっくりだ。 (私が、他人を守るだなんて……) 阿近さんが聞いたらそれこそ、笑いのネタになるだろうよ。 思って、嘲笑った。 けれどどうした事か。目の前の子供は泣きそうな顔で、それでいて思い立った表情をしながら下唇を噛んでいる状態だ。 切れた瞼の上を、その袖で拭いながら。 切なそうに歪む表情を見て。 ああ、そんな顔。させたいが為に貴方を守った訳じゃないのに……。自分でそう思い、こちらまで悲しい気持ちになった。 どうしたら……、 (気付き始めたんだ。) 「たい…ちょう…」 「……んで……浦、原…」 どうしよう。どうしよう。 こんな気持ち、気付かなければ良かったのに…。 思っても時既に遅くて。叫び始めた心臓は止まる術を見い出せずに、こちらが戸惑うばかりだ。 目先下にある橙が揺れる。 その眩い色彩に、この手は触れたくてしょうがない。なんて事だ。 (私は…この子に触れた、い?) 「た……」 堪えきれず、触れようと試みた手。 宙に舞った瞬間。後ろに見えた消え去った筈の虚の触手が、子供めがけて真っ直ぐに飛んで来た。 鋭利な切っ先が子供を狙う。 まるで、スローモーションの様にゆっくりと見えた。 まったく。どこまでシツコイんだ……。 そう思った時には自然に己の腕が盾になっていた。 「え…」 「っ、」 同じ男にしてはまだ実発達な肩を抱き寄せ、少し体をこちらの胸の中へと。ねじ込ませるように。 要は、抱き締める形へと。 そうすれば、自分の腕へ刺さる切っ先。 ちくり。とした痛覚を感じ、子供に気付かれない様にと眉を潜めた。 瞬時に回る熱。それに少しだけ違和感を覚えた。 「浦……原??」 「………すみません。怪我は、ありませんか?」 「…うん。」 子供に気付かれない様に、笑んで。 抱き寄せた体をとっさに離した。 「そう…よか……っ、」 「浦原?」 「………つ、」 自分より幾分か高い子供の体温が離れた瞬間。今までに感じた事の無い熱が体全体を駆け巡る。 全神経がかっ拐われる感じ。 やけに心臓の鼓動が早まり、眩暈さえ感じる。 なんだ………これは。 段々と視界が霞んで行く中で、ヤバいと脳内で警告音が鳴った。 「すいま……せん、隊…長、」 「浦原っ」 「地獄……蝶、を……っ。」 「う、うんっ」 先程散った触手の先に、何か毒が仕込まれていたかも知れない。 もし、そうならば。今頼れるのは奴しかいない。自分と同じ、研究だけが取り柄の……あの男。 (阿近さんに頼る日が来ようとは……) 確実に笑いのネタになるだろう。今日の日を、 霞み行く視界の中、辛うじてある意識を飛ばさない様に。力いっぱい、拳を握りしめた。 この熱はなんだかオカシイ。 油断した瞬間。 「浦原っ大丈夫か?」 「……大丈夫、ですが……」 「なんだ?今、地獄蝶飛ばしたからっ……た、立てる??」 触れた子供の掌に眩暈を覚える。 「大丈、夫です……自分で、立て……ますから……」 「駄目だ!無理…すんなっ」 頑なに私の要求を聞かず、子供は肩を貸す。 触れ合う体温に、この不可思議な熱が一層増し、意識が朦朧とするのだ。 信じられない事に、私は自身を見失って。この子供を襲ってしまいそうになる。 嗚呼、頼むから。俺に触るな。 くらくらする意識の中で、 何度も、何度も。自身に言い聞かせては。神経、鼓動、意識と大格闘。 「たい、ちょう……本当に、大丈夫……ですか、ら」 「大丈夫な訳…ないだろう!?」 君はまた、泣きそうな表情で、こちらの葛藤を知らずに触れ合った。 お願いだ。熱を、上げないで。 如何なる時も恋に抗え |