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なんでここまでする必要があるのか、と彼女が小さい声で呟いたから、初めはただの独り言だと思っていたがそうではなかったようだ。

「"聞いてる?"」
「"あ、やっぱ俺に聞いてた?"」

ドライブの帰り道、ずっと後部座席に乗っていた彼女は今は助手席に座っている。隣から不機嫌そのものの声が流れたので修兵はハンドルを握りながら苦笑した。
貴方以外に誰が居るって言うのよ、だなんて眉間に皺を寄せながら怒る彼女はやや口調が荒い。

「"なんでってなあ…恋次とジョーは…あ、他のメンバーの奴等ね。あいつらは不器用だし露出激しいからさだったら俺が最適かなってね"」
「"意味分かんない。今、他の人の話してたかしら?貴方が最適か不適かの話じゃないわよ。なんであの子の為にここまでする必要があるの?って聞いてるの"」
「"ず、随分ストレートだねお姫様!"」
「"茶化してんの?つねるわよ?"」

むうっと膨れっ面をしているであろう彼女を横目で見て、少しだけ低くなった声に笑ってしまう。車内で流れるロマンティックなR&Bに反した彼女の声が少しだけ心地良い。
常に周りから求められ拍手喝采を手にするじゃじゃ馬だと思っていたが、意外と鋭い。そして良い意味で素直だ。
ふむ、修兵は少しだけ考える素振りを見せた。

「"なんつーかまあ、あれが俺達にとってのコアだからだな"」
「"ヴォーカリストだもの、それは分かるわ。でも…私の見解を言わせてもらえば貴方は彼に依存してると見れる"」
「"と言うと?"」
「"簡単に言えば、甘いわね。"」

ふはっ、噴出してしまった。

「あー、甘いんだろうなあ…"そだね、コレクトさお姫様。私情を挟んでも良いって言うならアイツは俺にとってのプリンセスだ"」

目前の信号が赤になったと同時にギアをチェンジして車を停める。
既に夕日ははるか彼方に沈んで夜を連れてきては街のネオンを明るく照らした。車内に流れるR&B、女性アーティストの声が"We found love in a hopeless place"と歌う。

「"許可を出してくれるならぶっちゃけるけど?"」

物悲しいメロディが流れ出したのを合図に修兵がにんまりと意地悪く笑ったので、ネルは益々と言った具合に感情を表に出しては眉間の皺をきつく刻んだ。

「"ぶっちゃけてみなさいよ"」
「"サンキュー。俺ね、お姫様。盲目的なファナティストってのはアンチに成りやすいって思ってる、思ってるんじゃなくて確信めいたもんがある"」
「"そこからぶっちゃけるのね、オーライなんとなく分かる気がするわ"」

両手を挙げてアメリカナイズなポーズをした後でやっと眉間の皺を解いたネルは、少し考えてから"分かる"と言った。

「"ファンにも色んなのタイプが居るわけさ、音楽が好きなヤツとヴィジュアルが好きなヤツがね。俺からしてみればどっちも客になる。他のメンバーからしてみればファンはまとめてファンだが、俺からしてみれば一ビジネスの相手だ。どう言う演出でメンバーを良く見せて、どう言う曲で心を掴んで、どう言うプロモーションビデオで宣伝するかをまず第一に考える"」
「"ビジネスマンね。その方が分かり易いから私は好きよ。"」
「"俺から見ればお姫様も相当なビジネスウーマンだと思うぜ、とまあそんな感じでさファン達の表の声に関してはあいつ等に任せている。俺は舞台裏の方が性に合ってる部分もあるからな。だから、"」
「"裏の声は貴方が全部聞く。そう言うことね"」

信号がいつの間にか青に変わっていた。再びギアをチェンジして車をゆったりと走らせる。
チラリと横を伺えば、ネルは物静かな表情で窓の外を眺めている。
女と言う生き物はどうしてこうも結論を急ぐのか、少しだけ頭を掠めた言葉に笑ってしまった。存外、女よりも男の方がロマンティストだなあと思ってしまう。

「"鋭いねお姫様。そう、俺の専売特許ね。別にそれに対して不満はないよ寧ろそこに徹底してた方がバンドをスムーズに動かしやすい。目立てば目立つ程、表舞台に立てば立つ程、そして売れれば売れる程にアンチは出てくる。出る杭は打たれるなんちゃらだな、まあそんなクソつまんない方程式が成り立って初めて俺はビジネスが出来る"」

少しだけ訛りの強い英語を聞き取りながらネルは修兵を見た。
ハンドルを握る修兵の横顔に対向車線から反射するスポットライトが当たる。お茶らけて腑抜けたあの表情はどこに捨ててきたんだろうか、今は真面目な表情を作ってみせる修兵の横顔をまじまじと見る。

「"音楽が好きだなんだと言っても、メンバーの誰か一人の不祥事でバンド全体を嫌いになるファンも居る。人を嫌いになれば自然に作品も嫌いになるだなんてバカげた話だぜ、とまあ俺は思うわけですが皆が皆そうじゃない様に人の好き嫌いだなんて人それぞれだって言う話だよ。何の話してたっけ?"」
「"……呆れた人ね、貴方の感性は分かったわ、私も一理あるとは思う。思うけど、それと貴方が彼を過保護に扱うのとどう言う関係があるの?って話よ"」

肩の力が抜けた様にネルは気だるげに言う。
そしてフハっと笑った修兵を見て面倒臭いなあと思った。

「"俺ね、音楽をめっちゃ愛してんの"」
「"見れば分かるわ"」
「"同じ様にアイツも、あいつ等も音楽バカなわけよ"」
「"……"」

足を組みなおし腕を組んで修兵を見た。変わらずハンドルを握って前を向いて運転してる修兵の横顔を見た。
なんとまあ、子供っぽく笑う男なんだなあと思った。

「"バカはバカなりにさ頑張ってんだよ。一途だからさ時々周りが見えてない時があるんだ。それを俺がフォローできればいいかなって最初は軽く考えてたけどさ。城が大きくなるに連れて厄介な敵が現れるわけよ心折れちゃうよね全く。こっちも音楽が嫌いになってしまうぜ、だなんて思った事件も何度も体験した。けどさ、やっぱなんだかんだで最終的に救ってくれるのは音楽とメンバーなんだよ。別に一護だから過保護なんじゃない、俺は他のメンバーが崖っぷちに立たされてもフォローは入れてやるつもりだ。身を粉にしても"」
「"自己犠牲は嫌いだわ"」

はっきりと言えば今度は苦笑した。

「"言うと思ったぜ。大袈裟な言い方ではあるけどさ、やっぱアイツ等は音楽に触れてる時が一番キラキラするんだ。マジで音楽バカな大きな子供だ。単純に音楽を嫌いになって欲しくないだけだ"」
「"そこに、ビジネスは入ってないのね?"」
「"私情だっつったろ?"」

またもや車は赤信号で停まる。
そして修兵はやっとネルの方を振り向いてニカリと無邪気に笑ってみせたから一気に肩の力が抜けてしまう感覚を味わって苦笑した。
子供みたい。

「"彼は、"」

ネルがぽそりと呟いた後でR&Bのほろ苦いメロディが止まり信号が青になった。
彼は、声を取り戻す事が出来るのかしら。
彼女の呟きがリアルさを象って修兵の心臓に重く圧し掛かる。

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