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おやまあこれはこれは。
それは一護が初めて浦原と対峙した時の彼に対しての感想だった。二年前の秋口に行った握手会に訪れた一人の青年は腰にご大層な影を纏わせて一護の前にやってきた。
すげえなコイツ…何も感じねーのか?
一介の小説家が握手会だなんて有名人を気取る小洒落たお披露目会なんざ潰れてしまえと前々日から当日の1時間前までは思っていたのに、彼を目にした瞬間に不貞腐れた気持ちはどこかへ吹っ飛んでいった。
厄介な影を身に纏う彼に対しての危惧が「なんだか面白いヤツ」に変わるまでそう時間は掛からなかったが、距離を縮めるのには時間が掛かった。
浦原喜助は派手な成りに似合わず内向的で少し欝の気がある青年だ。一護と十程の差があるのにも関わらず、知人曰く「どっちかってーと一護、お前さんの方が学生に見えるわなあ」らしい。握手会なんてもんにわざわざ足を運んできたんだ少なからずこちらに興味はある筈だと確信を持って接した一護が肩透かしを食らった。
本が好きで幼児用の本から哲学書まで手を伸ばす男は一護の新作全てにも案の定手をつけてはいた、片っ端から読んだは良いがたったそれだけで著者には興味が露程も無かったらしい。友人から譲り受けた握手会の招待券、好意を無駄にする事も出来ずにやって来たのだと聞いて恥ずかしい思いをしたのも昔の話しではあるが、やはり…今思い出しても恥ずかしい思い出。
浦原曰く、好きな話を描く人が良い人とは限らないし、趣味が合うかどうかと言うのは別口であり、著者は著者、本は本と彼の中では綺麗に分かれているらしい。ごもっともな正論ではあった。一護自身、文を描いてはいるが話しの全ては(評論文学書を除いて)一護が頭の中で想像しプロットを組んで創造した物にしか過ぎず、そこに一護自身が歩んできた人生は含まれてはいない。含まれているのは物語中の主人公と周りの人物達の感情のみである。たった一冊のファンタジーを読みきった所で黒崎一護自身を全て知る事は皆無だ。それを浦原は上手に踏まえていた。ここでひとつ、面白い男だと感じた。後はもう一護の好奇心が赴くままに浦原を無理に引っ張り出してはあっちへ連れて行き、こっちへ連れて行きの繰り返し。漸く距離が近付いたなあと感じたのは浦原が初めて笑顔を見せてくれた時だ。
普段の浦原からは想像する事も出来ない柔和な笑い方だった。薄いレンズ越し、浦原が常に着用している眼鏡の奥に隠された金色がふわりと揺らぎ、同時に一護の心をも揺らがした。
反則なんだよなあ、一護はプカプカと紫煙を吐き出しながら考える。
五月雨は未だ止む素振りを見せはしない、それどころかアイツが庭に居座っているせいで明日の明け方までは降り注いでいる事だろう。

「どーっすっかなあ…」

厄介なのは浦原が見せるギャップだけでは無く、彼自身の無自覚な霊媒体質にもあった。
初めて見た時から変わらず、彼は会う度に違う霊を連れている。これが女性だった場合は外見も手伝ってプレイボーイの名称がつくが相手は霊と呼ばれる透明で曖昧な存在で、驚く事に当事者である浦原でさえも奴等の存在に気付く事がない体たらくだから一護が可能な限り彼の知らぬ所で払っているのだ。
これで何度目だよあの馬鹿…。
溜息が紫煙と共に雨に消される。目前の美しく整備された庭、立派な桜の木の陰に隠れた存在を睨む様に見据えれば相手がにちゃりと笑った気がして癪に障った。

「ちっ、面倒なこった」

つややつややと曇天から降り注ぐ五月雨を頭のてっぺんから受け入れぐっしょり濡れた小汚い格好で仁王立ちするのは雨女だ。真っ黒い髪の毛はべったりと肩や額、頬や首筋に引っ付いている。片目だけが辛うじて伺えるが、瞳は真っ黒く淀んでいた。にちゃり、そんな音が鳴る様に口元だけを薄気味悪く歪めて終始こちらを見ている。
波長が合わないのだ、雨女と自分は。
一護は再度深く溜息を吐き出した。胡坐を組み、浮いた足に肩肘ついては手に顎を乗せた姿勢はお世辞にも堅気だとは言い難く況して世間様に顔を知られている小説家の成りでは無かった。

「おいそこの物乞い、一応聞くがな。喋れるか?」

やや怒気を含んだ声に対しても雨女はにちゃりと笑うだけで声を音には成さない。分かってはいたが、と一護はフと紫煙を吐き出した。
面倒なこった…。再び思う。
雨女とは雨乞いのなれの果てだ。雨を呼ぶ巫女、あれは美しい神でもある為滅多にお目にかかれるものではないし、雨と共に運も呼んでくれる。だが、雨乞いの「乞う」部分に値する輩は異なる意味を持つ。
文字通り乞うのだ、人の執着心がべっとりと貼り付いた体で人の運を乞う。霊でも妖怪でも怪奇でもない、人が持つべく感情の塊なのだ。嫉妬、僻み、恨みその他諸々と負の感情だけを凝縮して形にしたのが雨女。怪奇相手ならまだしも一護がどうにか出来る範囲には居た筈だが、人の感情相手だとどうにも太刀打ち出来ない、悔しいが一護だって人なのだ。距離を縮めてしまえばたちどころに飲み込まれてしまう。
早く雨で流れてしまえ。
一護はフと小さく笑った後で対峙する様に雨女と睨めっこを開始した。
つややつややと五月雨は静かに涼しげに降りしきる。

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