知りたくもない
隙間から見えた朱に頭の中で何かが切れた。
ふざけるな。
脳裏に描かれた言葉がドス黒い模様を描いて全神経を逆撫でする。
はだけられた着物の合間から見えた小さな朱に顔全体に熱が上がったのが自分でも分かるんだ。
まるで所有物の様なその印。
まさかこんなのに自分が揺るがされるだなんて思ってもみなかった。
しかもこんな子供一人に。
止めを刺せば、男に。だ!
最初は面倒臭い子守りに参っていたっていうのに。
何時しか自分でも気付かないくらいに、急速に子供の存在は内に入ってきて、安易に支配された。
こんなガキの何が良い?
我儘だし、短気だし、素直じゃないし、自意識過剰だし…
笑った顔は可愛いけれど
………違う。違うだろ。何考えちゃってんの俺。相手はまだまだ尻の青い糞ガキで、ホラ。今もこうして涙目で睨んでいて、俺と壁に挟まれながら。
って、なんだろう。この不思議な構図…
例えるならナンパな不良が優等生の女子学生を口説いてる。みたいな?
いやいや…ない。それはないよ俺…
例えるならいたいけな少年を無理矢理未知の世界へ導くヤクザ…
どれも最悪じゃないか。
いたいけな少年に、酷い言葉を投げかけた。
『ゴメン…』
しゅん。と項垂れた子供の言葉に安心した。
ああ、まだ大丈夫だと。
『ありがとう』
素直な子供の礼に気持ちが落ち着いた。
ああ、頼られていると。
邪魔な朱がチラついて離れない。
なんだ。コレ。
なんなんだ。コレは。
沸々と沸き上がった感情に戸惑う。
だってそうだ。俺はこんな気持ち、感情なんて知らない。知らないんだ。
思い出した様に、叩かれた左頬に熱が篭った。
力いっぱい叩いてくれた張本人様の表情は。
なんで、君が一番痛そうなの…
叩かれたのは俺なのに。
叩いた張本人が一番痛そうな、苦しそうな、それでいて悲しそうな表情をしたものだから。
ズキリと胸が絞めつけられた。
震えた瞼が瞬きをする度、溜っていた涙が溢れ落ちそうだ。
「…ぁ、」
「…」
ふるり、ふるり。
脅えた様に(否。実際脅えているだろう。)、彼は視線を外す。
「ご…めん、」
「…いえ。」
俺の声を聞いた瞬間、彼は…黒崎隊長はぎゅっと目を瞑った。
その拍子に頬を伝う涙に、俺は情無くもギョっとする。
ああ、泣かせてしまった。
「た…」
ふるり、ふるり。
震える瞼と瞳、それと肩。
流れる涙。
声よりも先に指がその流れた滴を拭う。
その白くなだらかな肌に指が触れた瞬間でさえも、隊長は体を震わせ一向にこちらを見ようとさえしない。
それに、苛立つ。
見て。俺を、見て…
「た…いちょう、」
「…っ」
「たい、ちょう…」
涙を拭っていた筈が、掌全部で頬を撫で上げていた。
一体、自分は何をしているのか。
これじゃあ彼に群がる変質者達と一緒ではないか。
心の中でそう思ったが、手の動きは止められない。なんだコレ…止まらない。
「隊長…、黒崎。隊長…」
「……ふ、」
ああ、もう。誰でも良い。俺を止めてくれっ。
手が頬から唇へと動き、指が下唇をなぞっているんだ。
初めて触れた柔らかい感触にびくつきながら。
なんてこった…こんな、こんなガキに。
俺は……欲情、している。のか?
「たい…、」
『伝令、伝令。』
その機会的な音質に、二人して肩を震わせた。
小さな黒揚羽はひらりひらりと周りを舞い、存在をアピールしている。
とんだ邪魔が入ってしまった。と少し思った事はこの際内緒にしておこう。
『西地区にて、虚出現。虚出現。第十三番隊隊長及び副官の出動を願います。繰り返します、』
少し、ホッとした。
これで良かったのだ。
手は子供から離れ、俺は何時も通りに彼をサポートする側に戻る。
なんて事無い。だって、これが有るべき二人の姿だから。
だから、このモヤモヤとした収集の付かない感情は一時の気の迷い。
「…行きましょう。」
「……ああ、」
そう。一時の気の迷いなんだ。
こんな気持ち……は。
(そうやって嘘を吐く。)
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