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セツナに変わった二人

燻らせる白の煙は夜の狭間でゆらゆら揺らめき、街灯に照らされてはキラキラと瞬く。ガタンゴトンガタンゴトン、最後の電車がもう帰りなさいなと言いながら頭上を通り過ぎる。窓から漏れた数多の光が夜空に煌いて浦原の金色に照った。
スプリングコートのポケットから出した手、右腕に巻かされた時計の針が示す数字は0時を軽く越えている。シンデレラタイムは静かに終わりを告げて、ちらほらとタクシーのテールランプが輝く街中に静けさを齎せる。横目に見た子供は浦原に背を向けながら携帯電話を耳にあて、時々声を荒げながらなにやら親子間で葛藤している模様。
だからまえもって言ったって!今日はたつきん家に泊まるって言ったじゃん!聞いてなかったのかよ!
はあ?少しだけ大きくなった声に終電を逃した可哀相なサラリーマン達が一斉に振り返っては子供を気まずくさせた。15日の金曜から16日の土曜まで、前もって決めていた外出、子供の事情を配慮し週末に予定した。土曜は学校が無くお休み、それならいっそ外出したまま泊まろうっか?わざとニヒルに笑んで冗談半分、本気やや半分で申し出たのに、子供の口から出た言葉に思わず大人の方が不意を突かれてしまう始末だった。
"え…泊まりなら…親に言っとく…"
少し俯き加減で、頬に赤を乗せて、恥かしげにチラリとこちらを伺う琥珀色はとんでも無い甘さを含んでいたから、「あ…はい、じゃあ…宜しくお願いします」だなんて阿呆みたいな言葉を吐いてしまっていた。
未だに葛藤を続けている子供を横目で伺い、三本目の煙草を地面にこすり付けて火を消した。
今時のジョシコーセーってヤツは。
ガードが固いのか緩いのか分からない。泊まるイコール夜を共有すると言う事であり、女の子同士のお泊り会ではないのだ。きっと、彼女はそれを承知の上で申し出を受けたのかもしれないが…浦原は考えながら腰を上げた。
終電が走り出して10分、駅構内の電気も消えていき夜が一層濃くなる都心部のタクシー乗り場にはちらほらと人影が増え始めてくる。冬の厳しい寒さも無くなりかけた春の夜、金曜日と言う事も手伝って酔っ払ったサラリーマン達が増えてきた。駅からそう遠くない所に繁華街も位置しているこの場所では子供の姿は大人達の目に毒。先程からチラチラと一護に視線を寄せては下品に笑んでいる男たちに冷めた眼差しをぶつけて、浦原は一護の横に立った。

「だから…、今はたつきと一緒だから!は!?なんでわざわざかわるんだよ!良いって!…明日?しらねーよ!もういいでしょ?切るよ!?」

眉間に皺を深く刻み、横に立つ浦原を見て気まずそうに声を小さく荒げながら手だけでゴメンのジェスチャーを示す一護に微笑んだ。
勝手なイメージ、彼女は黒色ばかり持っているんだと思っていた。初めて共に外出した二月では細めのスキニージーンズにお似合いのウエスタンブーツ、腕と鎖骨部分がシースルーになった黒シャツだった。寒い時期にはうってつけの重たい色合いのコーディネイトで彼女らしいとも思ったが、今日はどこか違って見える。
白のゆったりめのニット、淡いブルーのサブリナパンツは足首が露になる短めの丈で綺麗な踝を見せ付けている。履いたヒールは春にお似合いのアンクルヒールタイプで指先に映える赤のマニキュアが少しだけ寒そう。首元でチラリと光る華奢なネックレスが浮き出た鎖骨をより細く見せて若干だが危うい雰囲気を醸し出して大人の視線を集中させてしまう。マスカラの類を塗らなくとも長い睫に、無色透明なグロスを塗った唇は美味しそうにパフェを平らげていた。
ミルキーソフトパフェ、ソフトと名前にはあるのにバニラアイスとチョコアイスが土台として敷き詰められてその上に生クリームとカスタードが乗っかり季節のフルーツがカラフルに色づけして上部にはキャラメルナッツクッキーとブラウニー、ポッキーにレインボーチップがまぶされていた。くどいくらいに生クリームが使用されたパフェはぜんっぜんソフトじゃない、言葉の意味を知って名前につかっているのかと疑ってしまうくらいには重たく見えたパフェをペロリと全部平らげたのだ彼女は。あの時は流石の浦原もムナヤケがしてしまうくらいには入り込んだカフェは甘ったるい香りが充満していて、周りは女性客ばかり。時々あたる視線を物ともせず華麗にスルーし、目前の子供が美味しそうに平らげるパフェに少しだけ嫉妬したのは内緒。
あの時パフェを見つめていた琥珀色が浦原の金色を見上げながら苦笑してみせる事に今は少なからず気分が良い、なんて現金なんだろうかと考えながら彼女のオレンジ色の髪の毛に指を這わす。少しだけ伸びた襟足を摘んでクルクルと指の腹で回して遊べば、肩を小さく揺らして琥珀色が何?と言葉無く伺う。ニッコリ微笑みながら口だけを動かした。"ほこり、ついてた"本当は触れたかっただけの癖に、ベラベラと嘘を立て並べた自身に苦笑してみせる。

「もう…切るからな…大丈夫だって、うん…うん…じゃあ。お休み」

やっと決着がついた様だ。小さく溜息を吐きながら電話を切る彼女の表情には後ろめたい感情が浮き彫りになっていた。髪の毛を撫でていた指先を移動させて頬をひとつ撫でてから離れる。

「どうします?やっぱり今日は帰ろうっか?」

本当は帰してやる気なんかサラサラ無い癖に、良い人ぶった大人の外面が浦原にそう言わせた。
かち合う琥珀色を真っ向から受け止め、伏せ目がちに考える素振りを見せた子供に心臓がグラリと揺れ動いた。帰したくないなあ…小さく呟いた心の声が耳に反響して煩わしい。

「…だいじょーぶ、…今更帰れないっしょ」

最後の言葉はやや諦めにも似たワードだったが、彼女の声色とニカリと笑んだ子供らしい表情に浅はかな下心が救われた気がした。
負けじと笑ってみせる表情はきっといつもの倍、胡散臭いだろうに。嬉々とあからさまに喜んでみせた心の声を落ち着かせながら冷たくなった子供の手を握ってコートポケットに入れてあげる。
手、冷たくなっちゃったね。
気障ったらしい台詞を彼女に吐く日が訪れるなんて、夢にも思わなかった未来が今はここにある。浦原の手の中に、ある。

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