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叔父が死んだ。あれは二年前、浦原がジュニアハイスクールから上がった頃だったから丁度15年目のバースデイを迎える前日。
お前のバースデイには俺のスタントに招待しよう、叔父が笑いながら約束してくれた事をポーカーフェイスでサンクスと返すも、実は凄く楽しみにして中々寝付けなかったそんな前夜に聞いた訃報。まさか叔父が、浦原の中にそんな思いもあった。だって彼は浦原のヒーローだったからだ。
正義の味方は永久不滅、屈強な精神力と圧倒的なパワーを持った彼等はフィルムの中でもコミックの中でも死なない。ピンチを幾度も乗り越えた彼等には死の象徴であるジョーカーでさえも適いっこない存在。無敵で永久不滅、そう信じて止まなかった叔父が死んだ。
叔父は祖父に似て自由奔放な人だった。父親はそんな2つ下の弟を「身勝手なヤツだ」と言って毛嫌いしていたが、物心ついた頃からバイクの虜となっていた浦原にとって、彼は最も尊敬する人物になっていた(教師でもある父親の事は少しだけ苦手だ)

***

"父さんと同じ死に方だ…"
いつだって他人にも自分にも浦原にも厳しかった父が初めて吐露した弱音は仄暗いリビングから光と共に漏れて浦原の耳を貫いた。テーブルの上には普段なら口にする事もないウィスキーのボトル、ロックグラスに注がれたウィスキーにミルクを混ぜて出来たカウボーイを父親の前に差し出す母親の表情はとても苦しそうだった。
"なんで…こうなってしまうんだ…父さんも、アイツも…バカだ"
とうとう一人になってしまった。手を組んで頭を伏せた状態で言ってのける父親のたった一言が浦原の心深くに突き刺さった。
叔父は、事故死だと聞かされていた。真夜中にバイクで走っていたら居眠り運転のトラックと接触して下敷きになったのだと。それは無残な死に方だったと、そう聞いた。それでも未だ葬儀に足を運んでいない浦原にとっては叔父が死んだ事がどうしても信じられなかった。実感が湧かなかった。
叔父は約束を必ず守る人だ、浦原に嘘なんて吐いたことがない。そんな叔父が…明日は、明日のバースデイにはスタントに招待すると言ってくれたのだ。
ドアの隙間から漏れる光の傍、父親の啜り泣きを聞きながら座り込んで神様に祈っていた。
"ジーザス、頼むから、これは悪い夢なのだと言ってくれ"
僕のヒーローを奪わないで下さい。
祈りは夜の闇に飲まれて、浦原は普段通りの朝を迎え入れた。ただひとつ、喪失感だけが心にベッタリ張り付いた嫌な朝だった。

***

なあ頼むから、お前だけはこうなってくれるなよ。
父親が隣でぼそりと呟いた音はとても細く小さく、普段の厳格な彼からは想像も出来ない酷い音だったのを覚えている。
小さい頃から叔父との接触をあまり快く思っていないのだろうと言う事は分かっていた。バイクに興味を持った初めの頃は殴られたりもした。今となっては家でも口を利かなくなった彼との久しぶりの会話。少しだけスモークがかかったグレイスカイに小雨がわざとらしく降る。どこもかしこも、誰も彼も黒の服に身を包んで一人ずつ薔薇を一輪、棺おけの上に置いていく。
父親の番が来て、母親の番が来て、とうとう浦原の番になって初めて、浦原は実感した。
ああ、死んだんだ。
僕のヒーローはもうどこにも居ない。どこを探しても居ないのだ。実感したら心が痛んだ。それは形容出来ない痛みで、誰に伝える事も出来ないまま、浦原の心の奥底にひっそりと染み付いた。
一輪の薔薇を落とした瞬間、ふわりと黒い何かが舞い上がったのを見た。なんだ?浦原は霞んだ目をこすってふわりと浮いた煙を見上げる。

「キース、戻りなさい」

小さな声で母親に呼ばれて浦原は煙に視線を合わせながら戻った。ふわり、舞った黒の煙。まるでシャドウの様な黒さと軽さ。浦原はもう一度振り返って見た。
"スタント、招待できなくてごめんな"
何故か、叔父の声を聞いた気がして浦原は漸く泣き崩れる事が出来た。
その夜だ、すっかり泣き疲れて空っぽになった心と共にベッドに伏せっていた。着込んだワイシャツが皺になるのも気にならない程には疲れきっていた。真っ赤な目で見ていた窓の外にあの黒い煙を見た。ふわり、叔父の葬儀と同じ様に舞った黒の影。黒の煙は浦原の前に現れてくねくね踊り舞う。綺麗だなあ、いつしか見惚れていた黒の煙は、浦原の影と一体化するみたいに溶け込んで浦原の一部となっていた。
あ…。
すんなり沁み込んだ黒の煙は浦原に特別な力を授けた。
ブラックシャドウと呼ばれるニュウヒーローの誕生の瞬間でもあった。

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