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ロンリネスジョーカーに世界を与える


夏に生死の境を彷徨った事がある。
ボールを追っかけて車道に飛び出した子供を庇ったせいで乗用車の下敷きになった。両足に乗っかる車の重さに骨が軋み折れて筋肉の筋を断ち切り、粉々になった骨が飛び出て強打した頭の鈍い痛さを憶えている。
悲鳴と子供の泣き叫ぶ声と救急車の音が遠く聞こえて「ああ、これ…死んだわ」と思った。ドクドク、心臓が耳付近にあるみたいに呻いて徐々に心拍音が小さくなるにつれてお袋の顔が浮かんだ。それからオヤジの顔と妹達の顔、浮かんだ瞬間に「これが俗に言う走馬灯ってやつか…」心の中で自嘲気味に笑えばどこかで耳慣れない男の声が響いた。
"いいえ、それは走馬灯でもなければ思い出でもない。死神ってヤツですよ"
真っ黒のスーツに真っ黒のシャツ、真っ黒のネクタイに真っ黒のグローブ、真っ黒の革靴を履いた真っ黒ずくめの男だった。


ロンリネスジョーカーに世界を与える


やあ、片手をあげて胡散臭い笑顔をシルクハットで少し隠した男が窓の外で浮きながら挨拶をしてくるので開けたカーテンをすぐに閉じた。
明日も寒くなるだろうな、夜の天気を確かめようとカーテンを開けた瞬間に目前に居たので心臓が飛び出る思いを味わったが、既に見慣れてしまった風体に一々驚いてやるのも癪だと思い無言のままカーテンを閉じたら案の定やかましく騒がれた。これが生身の人間なら近所迷惑だ!と訴えている所だが彼はそうじゃない。
死神だと名乗った胡散臭い男は名乗った後に帽子を取って体制を低くして綺麗なお辞儀をして見せたのは過去の話。

「あーけーてー!一護さんあーけーてー」

大晦日の夜、後2時間で新年を迎えようとしているこの瞬間に何も厄介事が舞い込んで来なくても良いのではないか神様。少しだけふて腐れながら文句を小さく吐き出して電気を消し、部屋から出ようとした所で背中を取られてしまい扉に押しつけられた。
左手を取ってくるり回転させられて背中に感じるドアの冷たさに眉間に皺を寄せながら目前の奇っ怪な男を睨み付ける。

「酷いなあ、締め出しだなんて」

ニッコリ微笑む端正な顔に拳をお見舞いしてあげたい。

「悪ぃな、こんな日まであんたの顔を拝むなんて、俺の予定には無かったから」
「アタシの予定にも締め出しは含まれてない」

嫌味には嫌味で返すのがこの男の礼儀らしい。んな礼儀いらねーよ!心中でまくしたてる暴言が脳内を占めるが、この男を前にして吠えても意味が無いのだと言う事は去年の夏に嫌と言う程味わっている。
瀕死の状態だった一護の魂を現世に戻してくれたのが浦原喜助だ。

***********

おや君、死んじゃったんですね。軽い口調でニッコリ笑顔で言う男を目の前にしてこれは夢でも無ければ蜃気楼でも無いのだと確信した。
確かに、轢かれて乗用車の下敷きになったのだ自分は。痛みも何も感じず、苦しさなんてひとつも無い今の体は、そしてこの浮遊感は、思えば思う程に後悔が心にのし掛かって手放しかけていた重力を取り戻すのに体は一向に沈まない。フワフワ浮いて浮いて浮いて、とうとうてっぺんまで来てしまった時には涙が頬を伝っていた。まだ…15だぞ?遊子と夏梨だって小学生で、母親を失った悲しみに明け暮れたあの毎日が、今度は兄のせいで舞い戻ってくるのか。オヤジだって同じだ。

「俺…」
「あ、ダメっすよ。望んじゃいけない」

ずーっと目の前に居て一護と共にてっぺんまで浮いてきた男は一護の思考を読み取って開きかけた唇に人差し指を当てて全部を言わせてはくれなかった。

「君は床に落ちた生卵を元に戻せる?」
「…は?」

突然、何を言い出すんだコイツは。
全く関係の無い話をされて物騒な声を発してしまった。それでも男は全く動じずにニコニコ笑顔を絶やさない。胡散臭い笑顔だ、心の内側では何も考えてなど無い癖に嘘っぱちな仮面を被っては人を馬鹿にする笑み。一護がもっとも嫌いな笑顔を見せつける男を、一護は一発で嫌いになった。

「割れて粉々になって中身が飛び出た生卵、君は元に戻せるのかと聞いてる」
「っ!」

急に笑顔を消し去った男から低い声が出始めた瞬間、何かが一護の体を取り巻いた。つま先から徐々に、ナニかに巻かれる様に上へ上へ。締め付ける縄の様な見えない透明の物が体に巻き付く。ぬろぬろと蠢くそれが首元まで迫り上がってキュっと可愛らしく首を絞めるから息苦しくって仕方ないのに瞳は意志とは反して開ききったまま、目前の真っ黒ずくめな男を映し出していた。
蛇だ。途端に思った瞬間、体を巻き付くナニかが姿を現した。
真っ白い綺麗な体をした蛇。汚れなんてひとつも無いのに、真っ赤な瞳だけが歪に淀んでいる。ちろり、口元から出す舌先の赤にザワリと全身の血の気が引くのが自分でも分かった。

「このアタシに、お願いしたい?」

声が出ない。

「君が言わんとした事、君が望もうとした事、叶う事など無いとここは思っているのに」

黒い皮のグローブで覆われた指先が一護の心臓付近を突く。

「それでも、この奇っ怪なアタシならなんとかしてくれると、甘ったれな事を君は考えている。」

ザワ!男が元の胡散臭い笑顔に戻って言葉を吐いた瞬間に全体の血が沸々と沸き上がった。
これは、怒りだ。途端に熱くなった体、巻き付く蛇の拘束がよりいっそうきつくなるも構わずに一護は持てる力全てを瞳に込めて殺す勢いで男を睨み返した。
おやおや、一護の射殺さんばかりの視線を全身で受けても尚、男は呑気に笑う。

「久し振りに見たなあ、君みたいな我が儘な人間。ねえ?紅姫」

蛇が男の声に返事するみたいに舌を上機嫌に出す。
くそったれが、強く思った瞬間、喉元に憶えのある感覚が舞い戻ってきた。一護は声を振り絞る。

「…い、きたいと…生きたいと願う事が、…人の我が儘だって、あんたは言うのか?」

振り絞って出した自身の声はそれは酷い具合に掠れて、そして震えていたが、一護の声を聞いた後で再び男の顔から笑顔が消えた。

「…死にたいと願いながらものうのうと生きてる人間と、生きたいと願うも死んで行く人間の我が儘をこちらが都合よく受け付けるとでも思ってんのか」
「大概…、人間ってのはそんなんだろう…?無い物ねだりの我が儘で傲慢な生き物だ」

ハッ、男が大袈裟に鼻で笑った。あ、コイツ、これが素だ。初めてそう感じる事が出来た男の笑みは世界全てを馬鹿にしている捻くれた笑みだった。

「これだからアタシは、君たち人間が大っ嫌いなんですよ」

あくどい笑みを間近で見せながら一護の額をトンと軽く弾いた。
たったそれだけの事だったのにジェットコースターの何倍もある速さで一護の体は落下。
急激に戻った重力に逆らう事もせず、体はてっぺんから地上へと引き戻される様に落ちていき、うわああ!と情けなく声を上げればベッドの上で上体を起こして飛び起きていた。
うわあ?叫び切れなかった声が間抜けに出てしまい、周りをくるりと見渡せば涙目で顔をぐちゃぐちゃにした妹達が目を大きく見開き口を開けきった姿で停止、父親は父親で眉間に皺を寄せながら停止、見慣れたクラスメイト達も同様に口を開きっぱなしで停止していた。
急に起き上がったから貧血と目眩、そして全体が悲鳴を上げて心臓がばっくんばっくん唸って直ぐにぶっ倒れて意識を失った。目が覚めたのはそれから三日後だったらしい。
男がどんな魔法を使ったのか分からない。彼の中でソレが魔法と呼べるべき物なのかも分からないが、少なからず感謝はしていた。またこうして自身の日常に舞い戻ってくる事が出来たから。

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