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加熱したフライパンにニンニクを入れてオリーブオイルで炒める。ジュワっと音が響いて香ばしい香りが立ちこめた。狐色になった所で鷹の爪とアサリを入れて白ワインを振って蓋をして蒸す事数分、ぱくりとアサリが開けば食べ頃の合図。スプーンで煮汁をすくって味見をしたら舌先にぴりりと辛くも甘い濃厚な味が広がった。あとはバジルを千切りながらまぶして、茹でてあったパスタと絡めればボンゴレビアンコの出来上がり。
Felichoとロゴプリントされたパスタ皿に綺麗に盛りつけ、自家製フランスパンを二枚小皿に分けて出した。
カチャリカチャ、スプーンとフォークを使って綺麗に食べる姿勢は紳士そのもので、白髪が交じった金髪を全て後ろへ流して銀色フレームの眼鏡にはつり目がちの冷たい瞳を隠し、黙々と平らげる。
全て食した後、出された白ワインで口直しして静かに席を立ってレジへと向かい清算する。「ご馳走様」たった一言、発せられた言葉に浦原は苦笑する。

有難う御座いました、またのご来店を。
同じ身長の老紳士の背中へお辞儀をして出入り口で見送り、その背中が小さくなるまで眺めていた。
フ、笑って吐き出した息が白い。5年経った今でも目前の花屋は変わらずあって、隣にあるベーカリーも今日はクリスマス一色で賑わっている。現在時刻は18時ちょい過ぎ、右手首に巻かれたスカーゲンの文字盤を見ながらそろそろ準備に移るかと店の中に入ろうとした時に声をかけられた。

「よう浦原」
「あ、越智さんいらっしゃい、時間通りじゃない?」

片手を上げて挨拶をした女性はロングの髪の毛を後ろでひとまとめにしながら昔と変わらない勝ち気な笑みを浦原に見せた。浦原も笑いながら手を上げる。

「もうちょい時間かかるかと思ったけどさ、間に合って良かったわ。ほら、ま〜な挨拶しな」

気恥ずかしそうに越智の足に隠れた黒髪の少女が背中を押されて一歩前に出てくる。可愛らしいピンクのフリル付きコートは旦那の趣味なんだろうなと思いながらおさげ頭の少女にニッコリ微笑みかけた。

「こんにちわ真奈美ちゃん。今日も可愛いね」
「おいこら、母親の前で娘口説くなよ」
「ストレートに表現しただけっス可愛い子には可愛いって言わなきゃ。と言うか…似なくてよかった…」
「あ?」

コンニチワ、照れながら小さく言う少女は外見こそ彼女似で美人だが、性格はまんま旦那の方の血を引き継いでくれたみたいだ。
物騒な声が上から降り掛かってくるも無視して少女を抱えながら店のドアを片手で開きながら「どうぞマダム」と演技かかってお辞儀してみせればフンと鼻を鳴らして彼女は店内へと足を踏み入れる。

「そういえばさ」

扉を閉めてドアには「本日貸し切り」と書かれた札を貼った。
んー?抱えた少女を椅子に座らせながら空返事を出す。

「あれさ…きっとそうだと思うけど。オヤジさんとすれ違った」

珍しく言いにくそうに言葉を発して娘のコートのボタンをひとつずつ外す越智を見ながらフハっとひとつ笑ってみせた。

「…来たのか?」
「ええ、数年振りにあの仏頂面見たな〜」
「なんて?」
「そんな心配しなくても…彼は食事しに来ただけですよ」
「…そっか。とびっきり腕振るってもてなしたんだろうな?」
「ふふ、ご馳走様を頂きました」

思い出して笑えば、そっか良かったな。と越智も安堵した表情で笑った。
数年振りにまともに対面したと思う、親子間での会話は無くてもあの人の表情ひとつひとつなら他の誰よりも分かっていると思う。穏やかな表情を見た記憶は当の昔に薄れたが、随分と歳を取ってしまった彼を見たら年末は帰るかなと言う気持ちにさせる。
ご馳走様、たった一言だけのあの言葉が妙に嬉しかった。

「あ、そうだ浦原コレ」

思い出したかの様に椅子に置いてた紙袋を手渡す。なんだろう、受けとって小首を傾げればフフフと魔女みたいに声を出して勝ち気に笑む。

「本日はお招き頂き、どうもありがとうございしたー」
「言葉遣い!悪いっスよ!」
「いやあ、あんたの相棒には負けるけどねえ」
「ああ……ってこれなに?」

開けて良いよ、けど味は期待すんなよ。等と照れくさそうに良いながら娘を抱っこして膝上に座らせて抱き締める。

「え…あ、パウンドケーキ…?」
「…まあ、オレンジパウンドな。たまーに作ってんだ。ま〜なが好きだからね〜?」
「うん!ママのケーキ好き!」
「ママはま〜なが好きー!」

ぎゅう〜〜っと力強く抱き締めればキャアと少女が喜び、愛らしい笑顔を見せてくれた。開けた紙袋からは仄かに甘いオレンジの香りが漂う。浦原はフと笑ってありがとうと告げた。

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