[携帯モード] [URL送信]
2


「え、留学?」

いつもの屋上、喧噪から遠のいた場所でこんがり狐色の揚げ物に箸を伸ばしたと同時に間抜けな声を出してしまった。

「本当は卒業してから行く予定だったんスけど、母親の親戚が今イタリアに居てマンションがひとつ空いてるって事で貸してくれるみたい。向こうの大学通っていたらこっちも卒業の形が取れるって越智さんが言ってたから、じゃあ来年行こうかなって」
「は…やくね?だって…来年って…来月って事だろう?」

お腹が空いて空いて仕方無くて、箸を伸ばす先程まではくうくう腹の虫が泣いていたと言うのに、衝撃的な言葉が飛んできて空腹と同時に息を飲み込んでしまった。もう、食べる気力も無い。
善は急げって言うでしょ?苦笑した浦原の顔も見れないでいる今、一護の心の中には胸くそ悪い感情が渦巻いてそして影を作った。
裏切られた感覚にもよく似ているのかもしれない。

「まあ、色々手続きとか準備とかがあるから…行くのは2月頃かな?あ、それまでは学校通うんで。」
「そ、っか…」

動揺を隠す為に頬張った揚げ物はサクっと軽やかな歯ごたえを味わわせてくれた後、中に詰まったウィンナーとポテトの塩っ気を美味い具合に舌先に乗せてくれた。こんなに美味しいのに、勿体ねーの…喉を通らない揚げ物になんだか寂しい気持ちになった。
クリスマスイブ、唐突なキスをされてから数日。キスをされてからその後は浦原も一護もいつも通りにスクールライフを送っていた。いつも通りなのが二人にとってはとても不自然だった。きっと、互いにあの時のキスを無かった事にしようと思っている。
なんでキスしたんだよ。聞きたくても聞けない。浦原がいつも通り、一護の傍にいてくれるだけで、普通に接してくれるだけで一護は安堵していたからだ。もし、聞いたとしよう。そうしたら彼は傍にいてくれなくなるだろう。決して元には戻らないあの頃の関係は今、ギリギリのライン上で保たれている状態。
聞くに聞けないままここまで来たが、今になって留学の文字が頭に染みついて心に影を作る。卑怯だ、そう思っても一体何が卑怯で何が裏切りなのか、感情が頭まで追いつかない。心が圧迫されてしまう。

「いつ帰ってくるつもりだよ」

それともずっと向こうで暮らすのかよ?この言葉は怖くて発せられなかった。彼の口からそれも良いかも、だなんてより残酷な言葉は聞きたくなかったからだ。

「うーん…大学卒業したらかな。2年くらい」
「2年も?」
「短い方ですよきっと。2年で全て学ぶ事が出来るかな…初めてだから不安だけど、まあ…うん。夜一さんも越智さんも勧めてくれてる事だし」

俺は勧めてなんてねーよ。また言葉を飲み込む。
なんだか嫌になってくる。とんとん拍子に、こちらの感情を無視したまま進めていくなと叫びたい気持ちで沢山だけど、浦原と自分は家族でも無ければ恋人同士でもないただのクラスメイトであり友人だ。
恋人、か…。あの時のキスがより鮮明に浮かび上がって浦原を真正面から見据えてしまった。一護の琥珀色がぶつかった事に目を丸くしていたが、意図を読み取る事もしないで浦原小首を傾げる。あーあ、ムカツク。ひっそり心の中で苛立ちが芽生えた。

「2月だろ?」
「2月始めかな」
「見送り、いけねーから。大会控えてんだ」
「…あ、そっか…。いつでしたっけ?」

いーよ別に、関係ねー事だし。思わず呟いてしまった言葉に一護自身ハっとなった。口から出てしまった以上、形になった言葉は取り戻す事が出来ない。シンと静まり返るその場に耐えきれなくなって、弁当の中身を口へ頬張り味わう事なく飲み込むしか出来ないでいた。
それからは最悪な転がり具合だ、ギクシャクと気まずくなってしまった関係に一護の方から浦原を避け始めた。最近つるまないのな、そう言ったクラスメイトを睨んで「別に、常に一緒にいるわけじゃねーよ」等と嘘っぱち甚だしい文句を言って八つ当たりの繰り返し。担任は全て分かった風に「後悔ってのはさ心にトラウマ作っちゃうもんだよ、良いのか?」と言うもんだから一護の幼い心はプライドと言う盾を前面に出して構え始めてしまった。それからずっと、浦原が飛び立つまで話しをせず、メールも無視して電話も拒否した。なんでこんなにイライラするばかりなのか嫌でもクラスで顔を合わせてしまうクラスメイトなのに、浦原は年始を迎えて冬休み明けに一度学校に訪れて以来、欠席を繰り返して一護を安心させたと同時に寂しくもさせた。自分で避けておいて自分勝手にも程がある感情に追いつけないまま2月を迎えてしまう。後悔は心にトラウマを作る、担任の言葉が心の底深くに突き刺さる。
"明日の14時に発ちます。大会頑張って"
たった1通だけ送られてきたメールは素っ気ないものだったが、去年のメール全てを無視し続けていた一護にとって久し振りの連絡は心に痛い。
痛み続ける心を叱咤しながら返信ボタンを押して新規メールを作成した。なんて書けば良いんだろう…ベッド上でうんうん悩んだ。
久し振り?なんだか違う。
見送り行けなくてごめん。…違う。
ガンバレ。味気ない…。
ボタンで文字を作って言葉を生み出す。どれもこれもなんだかおかしな返答になってしまってメールとして成立しないから書いては消して書いては消しての繰り返しで10分はかかった。
バカみたい。同じ溜息が何度も漏れる。浦原もこんな風に悩んでメールを作ったんだろうか、あの部屋で、ベッドに腰かけながらウンウンと?想像出来なくて少しだけ笑ってしまう。あの仏頂面が険しくなってメール作成してるのだと想像したら昔の感覚が不意を突いて戻ってきた。
クラスメイトの誰よりも常に一緒に居た。部活は違うのに、いつだって一緒に、傍に居て笑って怒って仲直りをしてまた笑ってを繰り返していたのは浦原とだけだ。料理を作る時の真剣な横顔と、美味いと言って食べれば凄く嬉しそうに笑む顔、照れ隠しの仏頂面に眠たそうな顔。
鉄仮面と言われた浦原の色んな表情が浮かび上がってきて一護はベッドに伏せた。うつぶせのまま、携帯を横にメールを打つ。
"応援してる、ガンバレよ。俺も頑張る"
短い文章だったけれどこれが一番しっくりきてると思った。何度も何度も読み返して何度も何度も浦原を思い出した。浦原の居る風景を思い出した。
フ、短い息を吐いてメール送信ボタンを押す。送信中画面が表示され、数秒後には送信完了の文字が画面上に浮かんだ。携帯の青白い光、画面を見ながらゆっくりと瞼を閉じる。見送りに行ってしまえば彼の夢を阻んでしまいそうで、自分自身が怖かった。
なあ、お前…留学の事、きっとオヤジさんは反対してたんだろうな。そんでかなりバトったんじゃないか?オヤジさんすげえ頑固そうだし…見た事ねーけど。
それでも旅立とうとしている彼は夢に向けて走り抜けた。カッコイイと素直に思う。

「がんばれよ…マジで」

居ない彼に向けた声援の後、ぐしっと情けなく鼻をすすった。

*************

色とりどりの紙吹雪が舞い、花道を通っては色んな方面からおめでとう!と言う言葉を貰う。なんだか気恥ずかしくて誰とも目を合わせられないでいる一護の頭をポンと叩いて越智は苦く笑った。
なんつー仏頂面だよ、もうちょっと笑え。そう言った彼女は誰かの卒業証書箱で自分の肩を叩く。振り返った一護に対しておめでとう、と改めて言った彼女はお得意のスマイルで一護を笑顔にさせた。
この担任ともサヨナラか、等と思えば少しだけ寂しい気持ちが心に芽生えてしまう。お別れはすぐそこまで迫っていた、あの正門をくぐり抜けたらサヨナラだ。

「一人暮らしするんだって?妹ズが泣いてたぞ」
「ああ、来月からだけど」
「そっか。でも楽しみだな」

くしゃりと頭を撫でられてヤメロよと笑う。彼女の最後の子供扱いが暖かくて簡単にスキンシップを許してしまう。ハハ、子供らしく笑った一護を見て越智も柔和に微笑み返しては手に持つ卒業証書箱を一護に手渡した。
自身のは持っているのに、と小首を傾げて見せれば彼女は苦笑を見せる。

「アイツ、帰ってきたら渡してやってよ。」

手渡された円柱の黒い包み箱、自分のと浦原の分の卒業証書、一護は受けとって越智を見た。少しだけ寂しそうな彼女の笑みが一護にも伝わってハハと苦笑を漏らす。共に卒業出来ると思っていた今日が綺麗な紙吹雪と共に終わっていく、"寂しくなるな"ポソリと呟いた彼女は最後に一護の頭をくしゃくしゃと撫でて校舎へと戻っていった。

next>>>




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!