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うたうな。
強い色彩だと思った。甘い筈の琥珀色が色彩を失い、代わりに動かされた唇からそう告げられた。
うたうんじゃない。彼の強い意志があらわになって浦原の胸を空っぽにさせる。一護さん、名前を呟こうと唇を開けば人差し指が唇にあてられて声を飲み込んでしまった。音がのど元で止まる、ああ、声が出ない。掴んだ腕が僅かに震えているのが手の平から伝わってくる。
彼は一体何に怯えているのか。
背中を見せたあの時から時間を巻き戻す事が出来るのならそうしたい。時間を取り戻す事は出来ないと分かっているからこそ今はこうして彼の心に触れたいのだ、浦原はそうっと手に力を入れて腕を掴む。
彼の腕から循環する血液に自身の体温が移って流れたら良いのに。どう足掻いてもこの体と彼の体はひとつになる事が出来ないのだから、せめて温度だけでも分かちあいたいのに。
うたうな、と彼は必死で浦原に訴える。
あの甘い琥珀色の目で、出せない声で、音で、温度で。拒絶した心を掴む事が出来ないまま、浦原は一護を見上げた。

「一護さん?」

グっと一護が息を呑むのが表情で分かる。
眉間に皺を深く刻んで、そして八の字に下がった眉が瞳を大きく見せて尚且つ潤ませてみせた。その事が非常に胸に痛い、痛くて苦しくて、こちらが泣いてしまいそうなくらいの強い色彩を映して伝染させる。
どうしたら良いの、浦原の表情も険しくなっていく。腕を捕らえる事は出来ても易々と彼の心には触れられない。
あの時は確かに心は遠いようで近かった、近づき始めて捕らえる事が出来そうになった心を手放してしまったのは浦原の方であっても、許される事ならもう1度彼の心に触れたい、必死で願うのはあの時と同じ浦原の心だ。
早々にこの感情は手放さなければいけない、そう思って卑怯にも彼の元から逃げる事を選んだあの臆病な心と同じだ。
もう逃げないとエアポートに乗り込む前に誓った筈だ。無理に抑え込んだ気持ちが爆発していかに自分がちっぽけで臆病な男かを知ったあの夜、目を閉じても思い描くのはこの子だった。
浦原は一護の手を握る。一護が握り返さずに泣きそうな顔をしても大丈夫だと自身の心を撫でた。

「キミが、」

小さく震える一護の体、恐怖に強ばる手を優しく握り締めて続ける。

「キミがうたうなって言うなら、アタシは口をつぐみましょう。」

でも、と浦原は先を続ける。目をそらさない様、下から不安げに揺れる琥珀色を見上げた。真摯な瞳に一護の心臓がググっと押しつぶされる。苦しい感覚に目が更に潤いを増した時、浦原の唇がゆっくり言葉を象った。

「傍にいさせて」

同時に甘い緩やかな音色も鼓膜へ届き一護の体を震わせた。なんて声で強請るんだろう、この男は。
浦原の声は甘やかな毒だ、カメラマンのくせにどっから出すんだろう。甘やかな毒が一護の心に無数の矢を放って心臓をドクドクと脈打たせる、甘いのにソレは毒だと知ってるからこそチクリと痛み出すから一護は下唇をキュっと噛み締めて"もう寝る"とだけ伝えた。未だに手の束縛を解こうとしない浦原を少しだけ睨めば苦笑される。

「ベッドまで」

普段の口調と音色に戻った浦原は音無く立ち上がって一護の手を引いて寝室までエスコートした。
とくんとくん、目前にある浦原の背中に心臓が反応を示す。
ああ、ダメだ俺。
この背中と声と瞳に弱いのだと気付いてから恋を自覚した。
小さい恋は徐々に膨らんでいって心臓内部を圧迫。心なんて目に見えない物が左心房にあるだなんて一体誰が言ったのだろうか。一体誰が、恋をすると胸が痛むと比喩したのだろうか、一体なぜ、恋をすると心臓が痛むのだろうか。
ちくしょう…いてーな…。
ツキンツキンと痛んだ左心房箇所に手を当てて一護はされるがまま寝室まで誘われた。手首を掴んだ手の平は冷たいままなのに、浦原の心は暖かい気がした。これもきっと恋をしている側の錯覚かもしれないのに、こんなにも…今はただただ嬉しい。


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あきゅろす。
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