[携帯モード] [URL送信]
2



トリックオアトリート!耳に煩わしい裏声が降ってきた。ロッククレンチを受け取る筈が、出した手の中に収まるのは予想していた重量よりも軽くて浦原は手を戻した。
手にしたのは一本のポップキャンディ。毒々しい真っ赤な丸いキャンディは可愛くハロウィン要素なセロファンで包装されていた。ご丁寧にも真っ黒なドクロマークの下にポイズンと書かれている。クリーパーを動かし車体の下から上半身だけを出し、仁王立ちしながら浦原を見下す相手を見上げた。

「クレンチだっつってんでしょう」

眉ひとつ動かさずに再度、手を差し伸べる。

「Hey!そりゃないぜブラザー!ノッてこいよ!ほら!セイ、トリックオアトリート!」
「誰がブラザーだ、早く、ロッククレンチ」

陽気な声で強いメキシコ訛りで発音されるトリックオアトリート(お菓子か悪戯か!)をイラついた仕草で交わして再びクリーパーを引いて車体下へ潜り込んだ。目の前に広がる黒の物体と濃厚なオイル臭さが鼻をつくがもう良い加減慣れた。元より機械を弄るのは好きだし(普段はハンドガンの組み立てが主だが)こうして汗だくでオイル塗れになって稼ぐのは嫌いではないから浦原には持ってこいな職場だった。
更に環境も良い。街の外れにあって平地が広がる。昔はなんらかの製作工場だったらしい倉庫を改造してひとつのガレージに変え設備工場として開業している。格安で引き取ったMC34を飛ばして20分弱でマイホームに着けるのも良し。街に比べて些か静か過ぎるが山の空気は新鮮で自分がオイル塗れなのも忘れてしまうくらいだ。まあ、雇用人のロミオが煩いので魅力半減なのだが。

「ちぇーっ、ジーザス!あんたの息子は史上最悪にノリが悪い!」
「ロミオ!良いからロッククレンチ!」

これを午後に終わらせなきゃきっと夜まで家に帰れない。そう踏んだ浦原は車体下から叫んで手を出しグーパーを繰り返す。
ひらひらと差し伸べた手、はめられた軍手は元は真っ白だったのに一週間もしない内に薄汚れてしまっていた。急いでると見て取れる手を見て溜息を吐きロミオは咥えた煙草を吹かし鼻から紫煙を吐き出した。
ポン、手の平、基軍手に乗っかった質量。先程となんら変わらない重さが乗っかって浦原は無言のまま車体から身を出す。
見上げればロミオが下品に笑いながらこちらを見ている。浦原もにっこり微笑んでみせ、人差し指でちょいちょいと手招いた。え、なになに構ってくれんの??大きく見開かれたロミオの瞳はまるで食う事と遊ぶ事にしか興味の無い馬鹿な大型犬みたいだ。
何の疑いも無く浦原のテリトリーへと屈んで近付いたロミオの首を右腕でガシっと拘束。ウッ、ロミオが呻いたと同時にクリーパーを思いっきり引いて身を全て車体から出し、組み敷かれてる状態の体制から捻る様に状態をロミオの上に被せて形成逆転の形を取る。

「キスしろ!地面にキスしろ!」
「キース!落ち着けキース!痛い痛い!首いったあっ!!」

メキシカン的原色使いのバンダナを巻いている頭を取って力を入れて顔を地面へと押し付ける。雇用主にあんな態度取って大丈夫なのかよ?と一護に心配された事があるが、これは彼にとっての一種のコミュニケーションみたいな物だ。こちらに腰を落ち着かせてからと言う物、浦原の飲み仲間は今の所彼だけ。酒にはめちゃくちゃ強いこの男と仕事後のショットバーは浦原にとっても楽しい物へと変わっている。
まさか思うまい。
浦原はつい数年前の自身を脳裏へ浮かべた。
ニヒルに笑って人の死に対して無関心さを演じてた自分。クールになんでもこなし組織内でも畏怖の視線を独り占めしていたいけすかない男が今、こうしてオイル塗れになりながらじゃれあっているんだから。
人生、どこでどう転ぶか分かったもんじゃない。
成る程、昔のじいさま達はなんともまあ上手い事を言ってくれる。
ニヤと口角を歪めながらもロミオの髪の毛を乱した。


next>>




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!