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Loves are such things


シャワーの音が響く風呂場はどこか切なくさせるメロディを充満させる。
"シャワー浴びてきて、何かあったらすぐに僕を呼んで"
甘い掠れ声が耳に響いて反響してあの瞳を思い出してしまう。彼のグリーンアイズ、少しだけ薄黄緑色の淡い色。冷たいと思っていたのは随分と昔の事みたいに思えた。
シャワールームまで案内され、繋がっていた手と手を離す時に目前に広がったグリーンアイズと柔らかい甘い声が胸にチクリと何かを刺した。
サアアア、流れるシャワーの音と優しいお湯の温度が肌に当たってそして排水溝へと吸い込まれていく。熱い湯を被っても良かったがなんとなく止めておいた。なんだか、浦原の熱が流れていってしまうかもしれないから、そんな事を思ってしまう。
バカだな俺…。
これは相当参っているみたいだ。
夢に見たスポットライト、ステージ、一人っきりのラブソング、観客席、暗いくらいクラブハウス、そして浦原。冷めた表情は色あせることなんてないのに笑顔だけが甘く優しい。なのに浦原との距離はとても遠かった。ステージから降りて手を伸ばせばそれは簡単に届くのに、到底手に入らぬものだと夢の中の自身は確信していた。
水面に浮かぶ月だ。どんなに近くて手を伸ばして掴んでもつかみ切れずに映し出された絵だけはゆらりと悪戯に崩れていってしまう。イジワルな月、欲しているのに手に入らない物だと彼自身が教えている。それも優しい光を放って"無理なんだよ"だなんて言うからとても切ない。
サアアア、シャワーの音が湯気を発して一護を包み込んだ。
適度な水温が掌に残る浦原の温度を瞬時に奪い去った。

***

こんな気持ちになるだなんて、浦原は椅子に座りこんだまま掌を握っては開き、握っては開きを繰り返している。
シャワールームから聞こえる音に耳を傾けてそれからあの瞳を目の裏に浮かべた。ゆっくり瞑って一瞬に広がる闇の中に見える琥珀色の甘い彼の瞳を。
"うらはらさん"
漢字変換を予想させない平仮名呼びだったに違いない。彼の声は出なくても、音を聞かなくてもなぜか分かってしまっては苦笑を浮かべさせる。互いの瞳から何かが伝わったとしたらそれは紛れもない不透明なラブだろう、ここまで想像して恥ずかしさに胸が痛む。それくらいに彼に心を奪われてしまった。
なぜだろうかこの恋にふさわしいBGMが頭の…そう、後頭部ら辺から流れてきてる感覚。
ん、…ん〜ん、らら…ラブアー、

「Loves are such things、」

小さい恋の歌を思い出せる限りのメロディで紡いだ。
唇から溢れ出すのが恋だった場合、掌から伝わって、そして瞳と瞳から伝わる感覚は…きっと愛だ。気恥ずかしい思いが胸いっぱいに広がって少しだけ切ない。
センチメンタルになる歳では無い筈だ、伊達に数十年を生き、そしていくつもの恋をして捨ててきたわけではないのに。
こんな気持ちは初めてで、文字通り彼の元へ飛んで来てしまった自分が今ここに居る。
目と目を合わせて、体温を共有して、移して、名前を呼んで、呼ばれて。
浦原は無意識の内に自身の唇へと触れた。ひんやりと冷たい指先とは反対に唇は僅かに熱を持っている。
一護さん、声に出して呼んだ名前がきっと浦原の唇に熱を移しているのだ。
ライブハウスで聴いた小さなラブソングのメロディも手伝って浦原に熱を与えている。恋ってこんなもんだ、そう歌詞に書かれた言葉が痛い程切ない感情を移して浦原の心臓を委縮させた。キュっ、縮まる感覚が呼吸困難を起こす程の恋、なんてこった…この歳になって本物の恋をした。過去に捨ててきた恋がまるでおままごとだったみたい。とても失礼なんだけどもそう言っても過言ではない程。
愛しいって感覚はとても平和的なのに、言葉とはウラハラになぜこうも苦しいのだ。
唇から離れた指先は真っ白いテーブルをトントンとリズム良く叩く。叩いてメロディを生んで再び同じフレーズを紡いだ。ラブズアーサッチシング、ラブズアーサッチシング、繰り返して彼の気持ちを噛み締める。
唇からメロディをおぼろげに紡いで一瞬、止まった。
これが恋と言う物さ、皮肉たっぷりに書き記された歌詞の次に続く言葉が一番胸を強く締めつけたから。
プリーズ、お願いから始まる言葉がこれ程痛いものだと感じたことはない。
Please do not let me say that i love you.

「……」

キュっと強く拳を握って堪えた。
痛みが胸元から喉元までこみあげて言葉を失ってしまう。言葉を失うのではなく、音を失ってしまう。そんな感覚が大いに浦原の胸を締め付けて眉間に皺を作らせた。
ウルルと共に参加したパーティ、有名アーティストには到底不釣り合いな小さいライブハウスを貸し切り、暗い暗いステージ上で歌を紡いだ彼。
スポットライトはただひとつだけ、中心の彼に当てられていた。そんな演出も手伝ったからと言うわけでは無いが酷く悲しい歌だったに違いない。悲しいと言うよりは切ないに近いメロディラインが室内に充満してあれほど騒いでいた観客の全員が一斉に音の渦に吸い込まれていった。一護の声に、一護の紡ぐメロディに言葉に歌詞にそして、切ない小さな想いに。
全て英語で記されたのは彼の趣味かはたまた知られて欲しくなかったからなのか。どちらにせよ、母国である言葉がすんなり耳に入り込んでくる浦原にとって、あの場所であの歌を聴くのは辛かった。
頼む、愛してるだなんて言わせないでくれ。
くだけて訳せばそうなるだろう言葉は全てにおいて耳を、そして胸をも痛めつけた。

「…プリーズ、ドゥナットレットミーセイ、…アイラブユー」

愛してるの部分が小さく掠れてしまったがきちんとしたメロディになって浦原の口から紡がれた小さな恋の歌は広すぎるスウィートルームに反響する事なく静かに消えていった。
カタン、責める様に背後で鳴った小さな音に振り返る。
振り返った先、シャワールームとベッドルームのある部屋とリビングを隔てる扉に寄り掛かる形で立つ一護が視界へと映った。白の上品で高級感溢れるバスローブ、ルームサンダルが常備されているにも関わらず裸足で出てきた一護を見て少しだけ微笑んでみせた。上手く笑えなかったのは一護の表情が苦痛に歪んでいたから。
一護の耳に届くのは小さなラブソングの小さな呪い。小さい小さい呪いはしっかり一護の耳に入り込んで心臓を鷲掴んだ。ぐわっと血流が一気に体中へ回っては手足を痺れさせ、眉間の皺をより深くさせる。
愛を確信して、認めて、放ってしまえば最後になると考えていた。そうして自分自身の想いを殺して心深くに閉じ込めなければ壊れてしまうと、だからこそ呪いをかけた。自分自身に。
認めたくなくてそれでも心は嘘を吐いてくれなくて、自己中心的な気持ちをただメロディとしてぶつけてしまった我儘なラブソング。
やめろよ…、どうしたって認めたくない愛の歌を、呪いのかかった歌を浦原に歌って欲しくなんてなかったのに。カートコバーンの様に掠れた甘い声が愛を唄うから鈍器で頭を殴られたかの様に体が痛んだ。どこが痛いかだなんて決まっている、心だ。それ程までにショックを受けている自分自身にもショックで、浦原の事を見れずにいる一護の視界いっぱいには自身の足が映し出されている。

「一護さん」

メロディがピタリと止まって代わりに出たのは甘い声。
名前を呼び合った数分前が安易に戻ってくるのに、今度は甘くなんてなかった。あの唇が愛しげに一護の名前を呼ぶのが堪え切れないと思った。
呼んで欲しくて、もう一度名前を呼んで欲しいと縋った夢の中。そう、夢にまで見る程に欲した声が今は胸に痛く響く。
ホラ、恋と言うのはこんなもんさ。皮肉混じりに歌った呪いが再び心臓を人質に取った。

「一護さん、一護さん。…おいで?」

おいで、だなんて甘く言ってる癖に少しだけ強引な物言いに一護は恐る恐る顔をあげて浦原を真っ向から見る。
甘く溶けた微笑みが優しくてきゅうんと今度は胸を切なさでいっぱいにさせる。
なんだってお前はこうも甘いんだ。
言いたい言葉達が喉元で止まってゆっくり腹の中へ落ちていく。こうして飲み込んだ言葉の数々、押し殺して飲み込んだ気持ちの数々が今、一護の体に蓄積されている。ああきっとこれは罰なのだ。殺してきた気持ち達の反逆が一護の声色を奪う。

「おいで」

もう一度言われて体が勝手に動いた。
一護の気持ちを無視して動く体はとても素直で、一歩一歩浦原に近づく度に距離が縮まっている事がとても怖いのに、優しく笑んだ彼を視界に収める度に心臓はまたしてもきゅうんと可愛らしく鳴いてしまう。
甘い声だ。
カメラマンにしておくには勿体ない程の声が一護だけに囁かれる。
ゼロになった距離で浦原の手が一護の腕を取った。火照った体にひんやりと冷たい温度が移され、一護の温度を吸い取っていく。
椅子に座っている浦原の足の間に収まるように先導されては否応にも視界が浦原でいっぱいになってしまう。
グリーンアイズが見上げている。
一護だけを映し出す浦原の瞳に映るのは、浦原を映し出している一護の瞳。
それから二人で無言のまま見つめ合って数分、いやもしかしたら数分も経ってないかもしれないけれど一護にとっては長く感じられた。
浦原の瞳はまるでマジック。見つめられると薄い緑色に吸い込まれてしまいそうになる。
彼の瞳の中に、恋が混じっていると、錯覚してしまいそうになる。
天井に埋め込まれた電灯の光がキラリ、浦原の瞳に僅かな光を輝かせて一護の胸はチクリチクチクと曖昧に痛んだ。
キュ、泣きそうに歪んだ一護の瞳が甘いと浦原は勘違いして二人の気持ちは交差する事なく夜を進んでいく。



















恋の呪いに泣きそうになった夜。



◆本当に本当に久しぶりにも程があるcamera更新。私生活の方でわたわたとし過ぎてcameraの世界観を全て忘れてしまって時既に遅し、書けなくなってしまっていましたが復活です。本当にお待たせしすぎて申し訳ない気持ちで沢山ですがなんとかこの二人の物語を進めていきたいと思ってます。まだ長くかかりそうですが妥協なんてしないで書いていきます。と、久しぶりの更新にも関わらずまた気持ちがすれ違いの僕だけが楽しいターンに突入しました申し訳ない!!!けれど最後までお付き合い頂けたら幸いです。




あきゅろす。
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