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あん。
やたら媚びた声を出して乱菊はにんまりと悪戯に笑む。晒した太腿に手をかけながら一護はピクリと眉を上げて見せた。白いマスクにゴムの手袋。右手にはタトゥーマシンを持ち左手は除菌用コットンを敷いて傷口から湧いて出てくる血液を拭う。

「乱菊さん、止めてその声」
「えー?なんでえ?ムラっとくるから?」

マスク越しでニヤリと笑んで篭った声で答える。

「うん。色っぽ過ぎて手元が狂っちゃうかも」
「一護、あんた怖いわよ」
「動くなつってんのに動くからだろう!マジで手元狂ったらどうすんだよ!」

毎回毎回あんたは!スイッチを切ってマスクを外しながら言った一護を見てカラコロと笑ってみせた乱菊を睨んだ。ダメだ、この人に何を言っても無駄だ。マジで一回痛い目見せてやろうか。思うも実行出来る筈がない。美しい肌にタトゥー以外の無駄な傷を残したくないからだ。
二年前から常連である乱菊の身体には今描いている一本の羽を入れて系四つ。その内の三つは一護が描いた物で、残りひとつの脇腹に描かれた百合の花は失踪中の恋人が彫ったのだと聞いた。失踪中の理由を一護は知らないし、乱菊でさえも知らないと言う。嘘か真か定かでは無いが深くは干渉しない。音楽の趣味が合い、気さくな彼女の性格が一護は気に入っていた。有名AV女優の彼女を客に持っていると知ったら旧友の啓吾は目を丸くするだろう。欠点と言えば性的な悪戯を施してくる事で、凄い悪い事に下半身を直接攻撃してくるから隙を見せられない。

「最近、恋人とはどうなのよー」

再開した施術。ヴィィィンと細い機械音に肌を震わせながら乱菊は口を開く。薄いピンク色のグロスが光って笑みを象った。

「もうなんつーか。お陰様でラブラブ真っ只中です」
「むっかつくわあ。早く別れろ」
「イ、ヤ、だ」

区切りを付け強調しながら言うとまたカラコロ笑い出す。だから動くなつってんだろうがこのアマア。眉間に皺を深く刻み睨む。

「良いなあ私もイケメンな彼氏が欲しい!」
「…失踪中の恋人とは最近どうよ?」
「現在も絶好調に失踪中でございます!」
「わあ最悪ー。早く別れろ」
「イ、ヤ、よ」

くだらないやり取りで二人共口角を上げて笑う。
好きで傷付けてる訳じゃないのよ。彼女は言いながら自嘲する。針が皮膚を抉る直前の感覚が身震いする程に良いらしい。マゾか、そう思うが理屈は分からないでもない。
一護は羽根の一本一本を丁寧になぞっていく。ヴィィィン、ヴィィィン。か細い機械音が鳴り響き再び沈黙。流している曲、今日は少ししっとりとバラードで。

「アンプラグド・イン・ニューヨーク…」
「懐かしいっしょ」

カートコバーンの掠れた声がアコースティックギターの音色と優しく重なり合う。

「懐かしいなあ。ね、薔薇の花束持ったカートがデートに誘ってきたら一発で落ちるわよね?」
「俺は抱かれるね」

クハっ!また笑う。
今日は特別な日でもある。人に取っては何でもない変哲しない日にちでも一護に取っては特別な数字だった。
7月15日。一護が初めて名を貰い生を受け入れられた日。斬月と出会った日、そして別れた日。
夏の青空、その向こう側に居る彼は今でも無愛想な面持ちで見てくれてるだろうか。正確な日付は分からずとも確かにこの月、この日付で一護はひとつずつ歳を取っていった。
オッサン、見てるかよ?
誰に言うでも無くひっそりと心中に言葉を秘める。感傷的になる時期は遠に過ぎた。
斬月を失ってから暫くは独りを味わっていた一護の傍に現れたのが浦原だ。今はアイツが居るから。寂しくなんかないよ。一護の中に少しだけ幼い一護が青空に向けて手を振るう。
I need,an easy friend
BGMはしっとりとした音響を室内に広めてフェードアウトしていく。耳に心地良い拍手喝采の音が響き、薔薇の花束を手に持った想像上のカートコバーンが浦原に姿を変えていく。
げえっ!花束とか似合わねえ!

「…く、くく…っ」
「なにこの子急に笑いだしたわ気持ちわるーい」

喉元で笑った一護を見て乱菊は猫目を悪戯に歪めて笑う。ウィングの中央にメッセージを入れてタトゥーは完成。消毒を施し、ヴァセリンを伸ばし塗った後、擦らない様にとガーゼで覆う。

「この大きさなら三週間くらいで完成だから。今日は長湯、すんなよ?」
「オーケイ心得ております!」

右手をこめかみに近付けて軍隊を真似て敬礼した。
2時間の施術が終わり肩を回した一護に対し乱菊が「おじさんくさい」と揶揄った所でスタジオの扉が開きカラコロとドアベルを鳴らした。
音を追って二人が視線を寄せ、最初に目にしたのは真っ赤な色彩。あら、と乱菊は呟き一護は顔を思いっきり顰めてげえっ!と叫ぶ。
タイミングが良いと言うかなんと言うか。どっかで盗聴して来たんじゃねーのと疑ってしまう程の出来過ぎた偶然に二人は顔を見合わせた後で腹を抱えて笑った。

「え?なに?なに?んなにオカシイ?ってか乱菊さん居んじゃん!」

黒い無地のTシャツに黒のダメージパンツ。ひっかけたサンダルは焦げ茶で帯の所には銀色のスタッズが付いている。ロックテイストな装いに真っ赤な薔薇の花束を持った白は笑い転げた二人を見て目を丸くさせた。

「ぎゃははは!ろ、ロッカーが、ロッカーが花!花束!しかも薔薇っ!」
「良いじゃん似合うだろう?」
「きゃははは!い、一護だめじゃない笑っちゃ、きゃははは!」
「…乱菊さんは引く程笑ってんだけど」

不貞腐れた面持ちで唇を尖らせた白に悪い悪いと言いながらも突かれた笑いのツボは数分、引きずっていた。

「んで?なんで薔薇よ?」
「あー、なんかセールしてたし。たまにはインパクト与えてみよっかなあって」

にんまり笑った白の笑顔は子供っぽい。と言うか悪戯を見事成功させた子供の笑い方だ。泥沼に片足突っ込んでる癖に時々無垢に笑う。

「お前は単体でも十分にインパクト大だっつーの」

手渡された薔薇の花束、セール品にしてはひとつひとつが綺麗に蕾を開き数枚の花弁を美しく魅せている。

「えー!だったら一護も同じじゃん」
「と言うか白、なんで手渡すのが私じゃなくて一護なのよ」
「一護を想いながら買った花だから」
「へえ…俺はセール品か。売れ残りって言いたいのか」
「ちっ、ちげーよ!け、気高く美しい!」
「アンタ…口説き方ヘッタクソだわ」

うっせーよ!叫んだ白の声に反応したのか、二階からはコンがわふわふと唸って降りてきた。尻尾をはち切れんばかりに振り、満面の笑顔を乗せて駆け抜けてくる。

「あ!馬鹿犬!」
「馬鹿犬とはなんだ馬鹿犬とはっ」

ワン!ひとつ吠えてコンは白の方へダイブ。逃れようとしたが一足遅かったらしい白はコンに組敷かれてそう叫ぶがじゃれついたコンの熱烈なキスに叫びはいつしか啜り泣きへと変わる。

「こいつなんとかしろよ!」
「お前、好かれてんだよ良かったなあ」

子供がじゃれつくのを見ている母の眼差しで白とコンを見ながらそう言ったら良くねえよ!と低い声で怒鳴られる。
花束か。罵声を後ろに聞き流しながら手渡された花束に鼻を近付けて嗅ぐ。仄かに鼻腔を燻った薔薇の香り。きつくもない自然な香りが心を落ち着かせた。なんだろう、今日はやけに心が穏やかだ。
数年前まではずっと独りプラス一匹で過ごしてきた為、特別な日でもなんでも無く、ただ孤独と言う認識だけを露わにしていた日だったのに。今ではこんなに穏やかで心なしか浮かれている。もう大っぴらにはしゃげる歳でもないのに。ク、花束を抱えながら口角を上げた。

「お前、本当にタイミング良過ぎ。今日は特別な日なんだ。花束、あんがとな?」

言葉の優しさに比べて顔に浮かぶのは不敵の笑み。
尻尾をバタバタと煩く振るうコンの首根っこを掴み熱烈なキスから逃れた白はポカンと口を開いて小首を傾げた。それを見て、フハっと噴き出す。

「誕生日なんだ、今日。俺の」

数秒経った後、乱菊と白はそれぞれ同じタイミングで「はあ?!」と声を張り上げた。全く同じイントネーションとタイミング。声の音量までも同じだったから一護は両耳を塞ぎながらお前らもう付き合っちゃえよと心中で呟いた。


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