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反映された恋色



一枚一枚ページを捲ると音が生まれる。それは注意を払わないと聞き取れない様なか細い音だ。
雑誌よりも書籍よりも幾分か硬めにできた紙がシュ、シュと鳴る。気を抜くと指先を切ってしまいそうな鋭い音だ。ネルはゆっくり一ページ一ページを見ていく。黒い用紙の上に沢山の色彩が埋め尽くす。
赤だったり白だったり、パステルカラーの淡さだったり時には目を張る海の青さだったりと様々な色彩のブルースがネルの手元で小さな世界を広げていた。
浦原の撮る写真のどれもは皆、個々の物語を持って静かに、時には激しく語るから心を鷲掴みにされる。否、心を掴むと言う表現はちょっと違うかもしれない。

「……物語に入り込んだみたい…」

寂しげな冬の街路樹の風景写真にはフィルム映画みたいなちょっとセピアがかった物語を。真っ青なパラオの透き通る海には未だ見たことのないラピュタの物語を。完成されたストーリーでは無く未完のまま、綴られる事の無くなったフィクションであってリアルじゃない物語。
捲ったページにはカウンターキッチンに立つ後ろ姿の青年が吊戸棚を開こうとして腕を伸ばしている。シンクに置かれた片手で重心を支え、少しだけ背伸びをした青年はラフな部屋着を着用していた。
きっと鎖骨が見えるであろう白のセーターは青年には大きいようで所々余っている。履いているスキニーは白の要素が多い淡色のブルー。飾りっ気ひとつないのにシンプルでカッコ良いと思うのはきっと青年の身体に無駄が無いからだと思った。
冬の寒さを感じさせるには少々暖かげな陽射しを左側から浴びた彼の足元には伸びきった影がうっすらと生まれフローリングに刻まれてる。裸足に伝わるフローリングの冷たさを感じさせない程度には画の中の風景は暖かかった。否、もしかしたらネルが手に持つこの本に集められている写真は全て暖かいかもしれない。
青年の髪の毛はとても眩しいオレンジ色。ページを捲るごとに風景と色彩が変わろうが彼の橙色だけは輝きを失わず収められていた。

「彼は、地毛?」

お行儀悪くベッド上に胡座をかきながら問い掛けたネルに視線を向けず「ええ。そうですよ」と浦原は答える。
ダニエルボブのボストンバッグにこれから詰み込まれんとする旅具の数々があちらこちらに散らばっていた。ベッド上には数枚のシャツとラグラン。クリーム色のラグ上には文庫本やメモ帳、フィルムメモリーにipadが。ベッド前に置かれたパソコンデスクの上は少しだけ酷い有様になっていた。数枚のシャツを片手に浦原はくしゃりと頭を掻いた。

「…アドヴィルならあっち」

肘をついて手で頬あたりを支えたネルは呆れた声色で卓上を指差す。

「あった。有難う」
「ノーマイプレジャー」

嫌味で言っても浦原はにっこりと笑いながら頭痛薬を取り、バッグの中へ詰めた。
何も昨日の今日で飛ばなくても…。呆れる要素が沢山有り過ぎて二の句が告げれない。全く、恋は盲目だなんて上手い事を言ったもんだ。ため息を吐きながら写真集に視線を戻しページを捲った。
開いたページは中盤で二枚分の用紙を使い一枚の画として収録されていた。
左ページ部分に青年が横向きで写ってる。カメラのレンズは確かに青年へ向かってるのにバッグの街灯が優しく冬の夜を照らして見事な中和を演出している。
冬のぼんやりと煙った夜に街灯の光が当たってきらきらと美しく輝き、横顔だけの青年は伏し目がちにどこか遠くを覗いていた。どこを見てるのか。目の前を通り過ぎる車のテールランプか、夜空の星屑の明かりか、夜の闖入者か、黒猫か。もしかしたら何も見ていないが正解かもしれないし不正解かもしれない。
寒空の下で撮影された写真に青年の吐息が色を纏い白く残っている。

「これ…凄く好き…」
「ん?…ああ、好きそう。」

荷造りの手を止めずに軽く覗いて浦原は笑う。そしてさっさと作業に戻りながら「寒かったなあ…」と呟いた。

「やっぱりジャパンでも冬は寒いのね」
「こっちと五分かな。冬に行った事なかったっけ?」

魅入られた写真から視線を反らす事が叶わないネルは無言で首を横に振るう。それを見て再び笑った浦原はネルの頭を撫で卓上からシガレットケースを手に取る。

「凄く綺麗ですよ。きっと気にいる」

キイン、シュボッ。ジジジ。三つの音を奏で美味そうに煙草を吸い始めた。

「もう気に入っちゃったわ」

少し不貞腐れた様に言えばへラリと笑い「良かった」と一言。
一度だけ両手を腰にあて伸ばした後、浦原は器用に歯で煙草を挟みながら作業を再開させた。
それを見ながらネルは最後まで言葉を紡がない。
彼が、気に入っちゃったわ。胸の奥底に隠した本音が心を燻る。
幼い頃、両親に隠れてイタズラを計画してる時の様なくすぐったい感情がネルの頬を綻ばせた。
"And less loss"表紙に記されたロゴは少し似合わない。タイトルを裏切って全ての写真が暖かだからだ。見る者を魅了する暖かい色彩の正体。
青年の背中には恋が反映されていた。
誰もの人生に用意された恋と言う通過地点の色。はっきりとしないあやふやな物体がフィルム越しに写ってしまっている。これは彼が犯した初の失敗かもしれない。ネルは目前にある背中をじーっと見る。白いシャツを浮かした肩甲骨、綺麗な背中にどんな恋色を秘めてるのだろう。

「…可愛い、子ね」

振り返った浦原はただ笑って応えた。





空は雲ひとつない快晴。真っ青な晴れ渡った空を横切る飛行機はスローモーションに上へ上へと進んでいく。あの飛行機が空を切ってくれたら良いのに。感慨も無く思いながら空を仰ぎ、空を泳ぐエアバスを目で追う。
ボストンバッグに詰めた3日分の着替えで彼は一体いつまで滞在するのだろうか。思い立ったら即行動の男がこの時ばかりはやけに羨ましく感じた。
ネルは瞼を閉じて聞こえる筈のない飛行機のエンジン音に耳を澄ました。
瞼の裏に彼の青年が浮かび、ホっと息を吐きながら微笑んだ。
















背中越しのジェラシーとやらを



◆有り得ない放置度。meruコラ。コラmeru。
スランプ様との離別と同時にぶわあ!って書き上げました。こう書きたい!こんな表現したい!それを箇条書きにしてまとめました^^
ネルと浦原と恋の色。そんなテーマ。第三者から見た想い人って感じなんですが…写真の想像図って頭の中には浮かぶのだがそれを表現するって…かなり難しい!もうこれ恋どころじゃない!とにかく難しい!と無い頭絞って書き上げました^^←
浦原喜助の恋模様がなんとな〜くでも良いので伝わったら嬉しいです。




あきゅろす。
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