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眠りの浅瀬で聴いた音は懐かしいような、そうでもないような。不思議なメロディラインだった。

「喜助。」

肩を揺する手が確かな感触を与え、浦原はそろりと瞼を開ける。何時の間に寝てしまったのだろうか。ベッドから足を投げ出した中途半端な体位で寝ていたので身体のあちこちが痛い。

「あ、起きた」

どこか煙ったみたいな視界の中で緑色の綺麗な髪の毛がふわりと靡く。
暖房をつけて暖かくなった室内、ベッド脇に腰掛けたネルは浦原の頭を撫でながらその瞳を覗く。
右目にかかる髪の毛が邪魔で細めたらクスリと笑われる。かかる髪の毛を梳かし、後ろに流しながらネルは「お昼だよ」と穏やかな声で言った。

「……どうしたんスか…」

半端に睡眠を貪ったので身体もだるければ少しだけ頭痛もする。頭を抱えてゆっくりと起き上がればベッドのスプリングがミシリと唸った。先程までの倦怠感と失望感を一気に呼び覚まし、リアルの中で浦原の胸を締め付けた。ああ、また…真っ白だ。新たなヴィジョンが尽く色を無くしていく。

「良い天気じゃない」
「うん。」

窓の外を見る。朝よりも大分日が高くなったのだろう。差し込む光りが足元にあたっては影を生み出し、その黒もどこか暖かい。
気だるさで生じた頭痛が厄介な偏頭痛に変わる前に浦原は煙草を取り、火を点けて吸い始める。キィイン、ジッポを開く時に鳴るメロディを夢の中で聞いた気がした。

「パークに行こうかな?とか思ってみたり」

ニンマリと笑んだネルは淡いスキニーに、グレイアッシュのタートルネック。アクセサリーはクロスネックレスのみの至ってシンプルな格好だった。きっとサングラスはお気に入りのChloeだろう。

「仕事は?」
「今日は夜だけ」

ふーん。呟く代わりに紫煙を吐き出す。

「悪い夢でも見た?」

横から顔を伺う様に覗いてくるネルを視界の隅で見た。
ゆっくりと首を振りながら苦笑する。彼女は全てお見通しだ。

「そう。それじゃあ、今はひとりで居たい?」
「……そうでも無い」
「どっちなの」

笑いながら寝室に備えているバーカウンターへ歩んでマグカップを二つ取り出しコーヒーを淹れ始める。
煙草の煙ですっかり臭くなった部屋にコーヒーの刺激的な香りがカヴァーする様に漂う。安心する香りが浦原ごと部屋を包み込んだ。

「酷い顔」

マグカップを手渡しながら言われた一言に再び苦笑する。
口内に張り付く煙草の味をコーヒーで流した。心なしか喉が枯れている。きっと眠りの浅瀬で泣いたのかもしれない。

「ねえ、ネル…」

一口、また一口と舌を火傷しないようにゆっくり飲む。
浦原は猫舌ではない。猫舌なのは一護の方だ。それを、思い出す。

「大事な物を壊したくないあまり、遠ざけてしまう事って……ありますか?」

言葉を選ぼうと思うのに、上手い言い回しが見つからなくて率直な思いで言葉を紡いだ。立ち上る湯気を見つめていると暖かい気持ちになるけれど、あの子の事を考えてしまえば心に隙間が出来てしまう。夢の浅瀬で、なんだかとても怖い思いをした時と同じ感覚が今、浦原の心の隅に住み着いている。

「…変な事、考えてるんだ?」

唇を子供宜しく尖らせながらネルはベッド上に足を上げて胡坐をかいた。
自分よりも年上なのに、浦原は時々容易く心を折る節がある。その場合は決まってネガティブな考えに陥って更に折れた心までも責めてしまいがちなのだ。ネルは浦原のそう言う所が嫌いで、そして見ているこちらも同じく悲しくなってしまう。

「……大事なもの程、壊したくないあまり遠ざけるのは…」

ジジジ、火を点けた煙草の葉っぱが焦げる音が心を焦がしているみたい。
寂しそうに笑むのは反則だと、ネルは常に思う。彼の寂しそうな笑みは嘲笑と同じ要素で成り立っているからだ。初めから何もかも諦めた笑み程、見ていて胸やけを起こす物は無い。

「守るわ」

深呼吸をして言った言葉は自分で思うよりも強い音色で響いた。


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