[携帯モード] [URL送信]
170000



なんつーか…凄く嫌そうな表情が上手い男だなあ。とコップ一杯に並々と注がれたオレンジジュースを飲みながら見て思った。
かっちりと着込んだスーツの色はアッシュグレイ。中に着ているシャツは白だけど第一ボタンだけは外され、そこから浮き出た鎖骨が覗き男の華奢さを露にしていた。
着飾るアクセサリーは右手首のジャガー・ルクルトのマスターコントロールだけ。ピアスもネックレスも、趣味の悪いブレッスレットも無し。しかしながら男の外見は周りの視線を集める事を得意としていそうだ。
先ず、髪の毛。金髪なんだけど安っぽい金髪とは違う。日の光りが角度を変えてあたるごとに色彩を変えていく。今だって金髪かと思えば白髪に変わって視界を潰したのだ。

どこにでもあるファミレス。分煙になっている為に通された席は店内の端っこで窓側の四人席。目前に座った男は太陽の光りが似合わない生業の癖に悠々と日光を浴びていた。時々眩しそうに(そして嫌そうに)目を細める程度。かれこれ10分くらい、彼は無言のまま広げたノートパソコンと睨めっこしている。
店内で流れる有線の音楽に耳を傾けつつ、ストローを噛みながらオレンジジュースを飲む。
ズズズ、ズっ。吸い込まれていく音と氷が溶ける音が互いの間を埋めても男は然程気にした素振りは見せずに煙草を吸っては消し、吸っては消し、合間にホットコーヒーを飲み、そしてまた吸っては消しを繰り返していた。
違わずに同じ動作を繰り返す。病気なんじゃねーのコイツ。思いながら白もズズズとジュースを飲む。
ベコっと小さな音が鳴ってグラス内のジュースが殆ど残っていない事に気づき、小さいながらも舌打をした。煙草でも吸えれば時間は潰せるが白は煙草を好まない。あんな煙たく、人体に害のある物を好き好んで吸う奴の気がしれない、そう思っているからだ。まあ、日中の大半脳内に思い浮かべる彼の人も吸うが、彼は別格。
だって好きな人だしい。心中で呟きながら携帯で時間を確認する。
後何分で確認作業が終わるんだろう、白が視線を男に移した時、男の手はコードレスチャイムに伸び、押していた。
平日の昼間、そしてオフィス街から離れた場所にあるファミレスは比較的客足が疎らで空いている。ボタンを押してから数秒で愛想の悪い店員がハンディターミナルを片手に持ってやってきた。

「彼にメニューを」
「……は?」

店に入ってから注文を済ませてメニューを下げさせたから数分で済むと思ったのに。高くもなければ低くも無い無機質にも似た声が響く。

「ジュース、飲み終わったんでしょう?」
「あ…うん……。まだ、時間かかるのか?」

パソコンから指を離し、煙草のケースを取る。一本だけ取り出されたシガレット。慣れた仕草で火をつけてゆっくりと吸い込んで紫煙を吐き出す男を見た。
ふーっ、と天井に向けて吐き出した後、店員が持ってきたメニューを白に渡し、「ブレンドを」と同じ声質で投げつける。

「ジュースじゃなくても良いっスよ」
「は?」

益々意味が分らない。初めて交わした会話だけど、まだ男の全てを知っている訳では無いので少しだけ警戒した。

「甘いのは?好きっスか?」

手渡したメニューを白の手から奪い、最後のページを捲る。
脇では無愛想な男店員が苛々とした態度を隠しもせず、眉間に皺を寄せながら待っている。態度悪ぃ。ちょっと冷めた視線を店員に贈った。

「…食べれるっちゃあ食える」
「そう。じゃあチョコバナナパフェをひとつ」
「うえ!そんなには食えない!」
「じゃあなに?」
「……ちょ、っと見せて」

イジメだろうか。くすりと笑いもしない冷めた表情と共にメニューを再び渡され、今度は慎重に見た。

「えっと…これ、バニラアイスひとつ」

迷った挙句選んだのはアイスクリーム。店員はこれまた無愛想に受けた注文を繰り返してさっさと退却していった。その後姿に向けて「ちょー態度悪ぃ」と言葉に出せば目前の男が初めて笑う。
クツリと、なんとも意地悪い笑みで。

「そう。でもほっといてくれるから。あまり干渉されるのはマズい」
「……まあ。そうだけどさ」

短くなった煙草を灰皿に押し付けて最後の煙を吐き出す。
初めて会う人物だから緊張していたのがバレたみたいだ。
運び屋である白はこの界隈で多少なりとも名は売れている。まだ19と言う年齢もあってか馬鹿にされる事が多いが、馴染みでもあるいくつかの組に可愛がって貰っている事もあり、仕事は順調。まだ、失敗はしていない。きっとサポート役に回る人間が良いのだろう、と周りのならず者達は口を揃えて言った。

「阿近さんの知り合いだって言うからどんな奇抜な奴かと思った」
「…アタシ?」
「そう。」

途切れかけた話しを無理に伸ばそうと思わなかったけれど、好奇心旺盛な白は自身の欲に抗えずに肩肘をつきながら男を見る。

「普通っスよ」

また意地悪く口角だけを上げて笑んだ男にふーんと興味なさそうに返答した。嘘つけよ。普通ならそんな情報は仕入れない。心中ではそう思っていても互いに口に出して言わない。相手がどこまで足を泥に埋めているかだなんて見て分るからだ。

「確認出来ました。噂に聞く正確さだ。今後とも、お願いしたいっスね」

ノートパソコンのエンターキーを押し、接続されたUSBを取って電源を落としながら男は言う。

「ご贔屓に。連絡先は交換したほうが良い?」
「いえ。入用なら阿近さんに連絡しましょう」

言いながらまた煙草を口に咥える。かなりのチェーンスモーカーらしい。
信用されているのかされていないのか。まだ様子見の段階ではあるらしいがあまり良い感じはしない。自然に寄せた眉間の皺を見て男は小さく笑う。馬鹿にされてんのかな?とジャンパーのポケットに突っ込んだバタフライナイフのグリップを握った。

「なんだよ」
「いえ。別に信用していない訳じゃない。今は携帯、持っていないから」
「…覚えてねーの?」
「フ、お恥ずかしい事に」

ソファの背に凭れ、咥え煙草を上下に揺すって笑った。
なぜか男の一言に翻弄される。面識も無かった男の一言が胸にずっしりときたのを感じた時に注文した品物がテーブル上へと並べ置かれた。

「支払いは小切手で大丈夫?」
「あー。うん。どっちでも」

どっち。笑いながらコーヒーを飲み、内ポケットから小切手帳と万年筆を取り出して白の前に置く。
その際見えた左手の小指に白の視線はがっちりと惹き付けられた。
小さなノーティカルスター。黒のラインだけの極シンプルな画に思わず「あ」と小さく声を出してしまう。

「…なにか?」
「や……なん、でも」

なんでもない訳が無かったが詮索されるのは嫌いそうな類だ。今後も贔屓にしてくれる客の手前、不躾な事は出来ないと固唾を呑んでは小切手に値段と名前を記する。それでも、男の小指に神経は全て掻っ攫われる。
一護と同じ場所の同じシンボルマーク。彫らせてくれなかった星が今、目の前の男の小指にある。
似合わないじゃん。ちょー似合ってないじゃん。
ちょっとだけ、男に敵対心を持つ羽目となった。


next>>




あきゅろす。
無料HPエムペ!