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一護がRENTを知ったのは1年前だ。
同僚でもあり相方でもある恋次の恋人、ルキアが行きたいと言い出したのがこのカフェ。芸術大学生向けのアート雑誌に掲載されていた。

「フランスの有名なBAR(ハリーズ・ニューヨーク・バー)で6年間の修行を積んだ浦原氏が独立し、故郷でもある日本にカフェ&バーを構えた。彼の生み出すカクテルの色鮮やかさと遊び心のこもったユニークなカクテルが女性に大人気!浦原氏を含め、パリで修行を積んだ平子氏のデザートも人気のひとつだ。」
大々的なフレーズと店の写真。店内の装飾写真の下にバーテンダーとパティシエの写真も掲載されていた。二人が並んだ写真を見た時の一護と恋次の感想は「なんだ…ビジュアルが売りか」だった。
とてもバーテンダーとパティシエには見えない彼等の風貌は同じ男性から見ても一般人とは思えないくらいの端正な顔つき、そして写真でも見て分るくらいの長身であり、日本人離れした足の長さはまるでモデルの様でもあった。女性から見れば憧れのひとつとなるカフェバーだろうが、男性から見れば嫌味としか言い様が無い。
行きたくない等と駄々をこねた恋次を放り、ルキアの餌食となったのが一護だった。
なんで俺が一緒に行かないといけないんだ!お前一人で行けよ!と抗議したが、ルキアは我が強くて一護の弱い局面を熟知している為、まんまと口車に乗せられて足を向けたのだ。もうどーにでもなれ。恋次に八つ当たりを食らわせて二人で扉をくぐればそこは日本とはかけ離れた風情を醸し出し、一護達を柔らかく出迎えてくれた。気取っていないジャズのセンスは抜群。店内の装飾も写真で見るより100倍良かった。
天井にかけられたシーリングファンはビンテージ物だろうか。草臥れた色彩を出しているのに、焦げ茶色の天井にマッチしていて静かに回っている。壁に飾られたポスターも写真もどれもこれもが年代物で、プリントされた英数字のロゴが一々カッコイイ。
雑誌に掲載されたメニューのどれもこれも女性向けだったのにも関わらず、店内は男性である一護でも気兼ねなく訪れる事が出来る装飾の仕様だった。
ランチタイムを過ぎてティータイムに入った時間帯だった為、二人はデザートセットを其々頼んだ。
ルキアはチェリーパウンドケーキとメープルストロベリーティーのセットを、そして一護はチョコブラウニーと珈琲のセットを頼んだ。
昼間はきっとデザートが売りなのだろう。メニューを見てもデザート類が多く、ドリンクの種類も他のカフェと比べて多かった。
一護がルキアと訪れた時、井上はまだ働いていなくて、代わりに接客してくれたのがあの浦原喜助だった。実際直で見る彼はやはり迫力があるなと思う。
少しくすんだ色合いの金髪は安っぽくはなくどこか儚げに後方へと緩く括られている。左耳のシルバー製ピアスが下品では無くとても上品に光っていて、小奇麗な白いシャツの第一ボタンをきっちりと閉じ、黒いスキニーとコンバース、そして前掛けエプロンが凄く様になっていた。センスが良いんだな。にこやかに笑んで接客する浦原の事を真正面から見れないでいた。とてもじゃないけれど甘すぎる。そう思ったからだ。
垂れ目がちの瞳の色は薄い金色で真ん中は濃い緑色。瞳を見て分る様にきっと地毛であろう金色が浦原に甘さと冷たさの両方を与えていてとてもミステリアス。きっとどんな女性でも彼のかける微笑で心を捕らわれるのだろう。女殺しだな。他のテーブルへと接客している彼を盗み見ながら出された珈琲を飲む。

「……なにこれ、うまい……」

頼んだ珈琲は甘さの中にミルクの味と程よい砂糖の甘さが含まれており、舌先を柔らかくそして優しく包む。少しだけチョコレートの味がしたけど…食べたブラウニーの甘さが残っているのだろうか?小首を傾げながらもまた、珈琲を口に含んだ。やっぱり、少しだけチョコレートの味がする。

「だろう!一護!私のも食べてみるか?チェリーの味が仄かでとても美味いぞ!」
「……お前、俺のブラウニーも食べたいだけだろう?」

なぜバレたのだ。そう言わんばかりに見開かれた瞳を見て笑い、綺麗に盛り付けされたブラウニーにフォークを突き刺す。
一口サイズに切り分け、刺して目前に座るルキアに差し出した。
ん。と自然に差し出されたブラウニーを気負う事なく口に含む。もぐもぐと口を動かしている様はなんだかハムスターみたいだ。一護は幼い頃飼っていたハムスターを思い出して笑った。

「いかがですか?」

ルキアのケーキも食べて、その美味しさに舌鼓をしていた時に声をかけられた。
オープンしたばかりだからだろうか、店長でもある浦原がひとつひとつのテーブルに足を運んで客と話しをしている。一護達の座るテーブル席にも彼は足を運んでゆっくりとお辞儀をするみたく腰を曲げた。
にっこりと笑んだ金色にドキと胸が鳴ったのを覚えている。

「あ、…すげー美味い、です」

なぜこんなに、しかも同性相手にドキドキしなきゃならないんだ。思うも、自分の意思とは反してバクバク唸った心臓は勝手に過呼吸を起こし始める。

「良かった。ブラウニーはうちのパティシエが得意なガトーのひとつですので」
「…えっと、平子、さんでしたっけ?」
「おや、もしかして雑誌を見てお越し頂きました?」

目を見開いて、にっこり笑む。優しい笑みにまた心臓が高鳴る。どうしよう、この人、ちょっと苦手かもしれない…。一護は浦原の甘すぎる瞳に居た堪れなさを感じて目前のルキアに助けを求めた。

「ええ、雑誌を拝見して伺いましたの」

出た!猫被り!
既に慣れているルキアの猫っ被りを目前にし呆れながら珈琲を口に含む。
初対面の人間とどう接して話せば良いのか上手く掴めない。職業柄、相手の瞳の中の真意を探る為の手法ならいくらでも持ち合わせているが、相手が一般人、つまり己が守る立場にある人との最初の接し方が一護は上手くない。口下手なのだ。それと外見も手伝ってか女性陣には度々「黒崎さんって怖いよね」と言われていたりもする。
ルキアが浦原と話しているのを見て安堵し、静かに珈琲を飲んでいた。

「珈琲は、どうでしょう?」
「え、…っ、あ……う、うまいです…」

しまった、言葉が汚かったか?不意にかけられた言葉に焦って、出した返答はあまり良い印象を与えない単語だったから一護は一気に口篭る。

「ドリンクは僕が淹れているんです。良かった、口に合って」

一護の葛藤を知らず、彼はやんわりと優しく話しかけるから。そろりと上げた視線に姿を捉えた。やっぱり、変わらない微笑のままで話しかけ口調も瞳と同じく優しいから、一護の肩から力が抜けてホウっと息を吐いた。

「バーテンダーでしたっけ?」
「ええ、本職はそうなんですがカフェを開く際に珈琲とかも勉強しまして。」
「へえ、凄いな。……あ、ちょっと良いですか?」

素直に感心した。きっと彼はひとつの事に対して徹底的に貫き通すタイプなんだろう。勤勉な姿勢にまた心が唸った。なんだってんだ本当…一護は胸の唸りが外に漏れないよう着込んだシャツを正す振りをして胸に手をあてながら聞く。

「なんでしょ?」
「えっと…これ、カフェオレ?…すげーチョコの味するなーって……なにか入ってるんですか?」

手に持ったカップを上げながら聞く。素人舌でこんな事言うのも憚れるが、純粋に知りたいと思ったから口にした。そんな一護を見て不快な顔色ひとつせずに浦原は笑う。

「ああ。これはね実際、カフェオレではなくてフレバーコーヒーと言うんです」
「……フレバー?」
「ええ。ここではそんなにメジャーじゃないんですが…レギュラーコーヒーにシナモン、チョコレート、アーモンドの香りを淹れて少し甘めに、そして香り豊かにしたコーヒーです。あ……甘かったですかね?お客様が頼まれたのがブラウニーだったもので、苦めのコーヒーよりかは少しだけど甘さ控えめで、尚且つビターチョコフレバーを使って後味を苦めに淹れたんですが……」

眉の下がった面持ちを見て一護は咄嗟に首を振った。

「ちが!、や……えっと…違います。あの、すげーう…、…おいしいしチョコの味がしたから…俺、チョコ好きだし…」

なに言っちゃってんの俺!心中ではあたふたと小さい一護が喚く。きっと顔全体は真っ赤になっているだろう。店内が薄暗い照明で良かったと今更ながらに思う。
20代を超えた男がチョコ好きと公言するのもなんだか情けない。うー、と唸りそうになる口元にカップを寄せて塞いだ。鼻腔を掠めるチョコレートの甘さを含んだコーヒーの香りが優しい。

「良かった。チョコ、お好きなんですね。僕もチョコが好きだから」

その言葉と照れ臭そうな笑みにどれだけ救われただろうか。その時の一護ときたらルキアでも背筋が寒くなる様な乙女らしい表情だった。
なんで俺はこんなに照れてんだよ。自身でもそう思うが最初の浦原の印象が抜群に良かった為、憧れに近い感覚で気に入ってしまったのだ。
彼の纏う甘い部分だけを十分に受けた一護にとってその後の彼の豹変振りに管を巻くことになったとしても、きっと文句は言えないくらい見事に騙された。もし、タイムマシンとかあれば初めの頃に戻って自身の赤らんだ頬に平手をかましてあげたい。目を覚ませ!そいつは羊の皮を被った根性悪だ!と。


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