[携帯モード] [URL送信]
It wishes your happiness


静かに振動した携帯がベッド上のシーツを揺らした。
ヴヴヴ、一定のバイブレーションが鳴り響いた後は元の静かさを取り戻した様に微動にしない。一護は風呂上りの濡れた髪をタオルで拭いながら液晶画面を見る。
表示された名前は小さなバーテンダー。
浦原と共有した思い出の中の彼女が脳内で笑んだから、少しだけ胸が痛んだ。
新規で購入した新品の携帯は正直扱いづらい。壊れた携帯はとても古い機種だったらしく、製造中止となっていた。
様々なセキュリティーがあり、画面上のコンテンツは一気に増えて一護には要らない機能までも増えている様に見えた。未だ扱いきれてない携帯を片手に、受信したメールアイコンをクリック。瞬時に開いた受信メッセージをスクロールしながら羅列した文字を目で追う。
お疲れ様です、から始まった文章はとても丁寧で、それでも硬さは感じない。とても柔らかい、本人みたいなメールだなと一護は思って口角を柔らかく上げた。

「一護ー、珈琲飲むか?」

カウンターキッチンから顔を覗かせた修兵はドリップを片手に持ち上げて見せた。
笑いながら頷けばオーケイとキザったらしく答える。
部屋の中に珈琲の柔らかで独特な香りが漂って、深呼吸しながら吸い込んだ。
浴びたシャワーは程よい熱さで一護の冷え切った身体を芯から温めてくれた。流した涙が目尻に微かな傷を残したが、優しい温度で持って包まれ癒され、幾分か呼吸もしやすくなった。久しぶりに泣いたから少し疲れているのかもしれない。
一護はワイド型液晶テレビの前に置かれたコーナーソファに腰を下ろしてメールの続きを確認する。
ハニートーストは美味しかったですか?文面に頬がほころぶ。
そして長くもなく短くもない丁度良い長さのメールの最後には浦原の新しい連絡先が記入されていた。電話番号とメールアドレス。アドレスはまたやけに長ったらしい。きっと変更も何もしないまま、デフォルトで使うのだろう。
青文字で示された英数字に心臓が痛くなった。
名前の文字にすらも目が霞むみたいだ。
連絡先を貰った所で今更、なんて打てば良い?
こんにちは?元気?それとも、…なんで居なくなった?とか?
ダメだ、どれもこれも文字に表したと同時に陳腐になってしまう。安っぽい機械質な文字が一護の視界までをも潰してしまいそうでとても怖かった。
なんだってこんなにも、一護は知らずの内に胸辺りのシャツを握り締めていた。
なんでこんなにも心が激しく動くのだろうか。不可思議な恋の解析をして欲しいくらい。どうやったらこの苦しさから逃れる事が出来よう。

「どった?…ん?メール?」

マグカップ二つを手に持った修兵は隣に座りながらカップをひとつ、一護に手渡す。
こくりと小さく頷いてカップを受け取り、口を寄せた。
珈琲独特の香りが鼻腔をくすぐる。湯気がゆらゆら揺れて見た目にも暖かだ。
珈琲を飲み、静かに携帯を閉じてテーブル上に置いた一護を見ながら修兵はちょっとだけ迷い、意を決して口を開いた。

「あー……浦、原さん?」

大袈裟に揺れた肩にしまったと思っても修兵は続ける。だってこのまま、無かった事には出来ないだろう?自身に言い聞かせ、珈琲を飲んで続けた。

「あのさ一護。…お前、…浦原さんの事、好きか?その……恋愛対象として」

驚愕に見開いた瞳とかち合って苦笑する。どうやら隠していたつもりらしい一護の反応にこちらが困ってしまう。
お前、顔に出やすいから。頭を撫でれば今度は真っ赤に染まった両頬を手で挟んで体育座りをした膝に顎を乗せる。とてもじゃないけれど、今の一護はどっからどう見ても普通の成人男性で、日本を騒がせているロックアーティストには見えない。とても子供っぽくて可愛らしい。修兵はああ、と思う。きっと彼はこの一護を直に見ていたのだろう。
参ったな。人差し指で顎をかく。

「一護。別に照れなくてもいーって。俺とお前の仲だし。馬鹿にもしないし、偏見も無い。」

肩を並べて座ると一護の身体が異様に細いのが良く分る。
肩幅なんて大分違うし、20を超えた男を捕まえて言うのも躊躇うがとても儚い感じがする。きっと弱っている一護を目前にしているからそういう事を思ってしまうのだ。修兵は首まで真っ赤にした一護の肌に指先を這わした。
小さくたじろいだ肩が目に毒だ。あの男も、こうして一護に触れたかったんだろうか。変に混同してしまう、彼の気持ちと自身の気持ちを。
修兵の指先が首筋を撫でたのをきっかけに、一護は深く息を吸って吐いた。
テーブル上に置いた携帯を再び手に取って、新規メールを開く。
カタカタと慣れない手つきで打つ音は些か不器用で、ちょっと笑ってしまえば頬を膨らませた一護が睨む。

「や。お前ほんっとこーゆーの弱いよね」

うるさい。口を動かして言う。真っ赤な顔で言う。可愛い。修兵は自然にそう思えた。
少しの間があり、テレビに視線を合わせた修兵はずずずと音を立ててコーヒーを飲む。砂糖無し、ミルク無しの至って普通なブラック。対して一護には角砂糖一個とミルクたっぷりのカフェオレ。ブラックを飲むと腹が痛くなるらしい。
隣でカタカタと小さな音が鳴って部屋の中を闊歩した。凄く麗らかだなあ、また一口飲んでホウっと息を吐く。

「ん?」

ソファの背もたれに首を置き、天井を仰いだ修兵の肩を叩き、目前に携帯を突き出す。
ん。そんな音が出そうなくらい尖らせた唇を親指と人差し指で摘んで笑う。拗ねた時の表情は相変わらず、今も昔も変わらないままだ。

「………」

声に出さず心の中で読んだのには携帯の液晶に表記された文字があまりにも健気過ぎたから。
あんなに時間をかけていたのは長文を打つ為でも、況して真新しい機種に不慣れしている訳でもなかったらしい。ただ単に消したり打ち込んだり、それを繰り返していたのだろう。
ほんわりと青白い光りを発した液晶。新規メールのまっさらな白に載るデフォルメの黒字が修兵の視界と胸を刺した。
すき。
変換もしていないたった二文字の言葉だったけれど。初めて一護から示された気持ちが、想いが、正しく形となって目前に突きつけられている。
修兵は思わず何度もその文字を見た。何度も何度も、文字がゲシュタルト崩壊を起こすまで何度も何度も。瞳の裏側に焼きついてしまえば良い。思うくらいに凝視。
チカチカと光り続ける液晶の光が目に眩しくて漸く携帯から視線を外して一護を見た。
彼は、修兵に携帯を突きつけたまま先程と同じ体制で顔を隠していた。
両腕で膝を抱える様に抱き、その間に顔を埋める。泣いたか?思うが、隠れなくて露になった耳だけは真っ赤だ。
幼い頃からこう言うのにはとんと疎かった。数十年前の一護を思い浮かべる。

「……いーちご。」

呼びかけるも微動にしない。

「いちご。いちごー、いーっちごちゃん」

修兵は業と果物の苺発音で呼び、肩を揺する。華奢な肩がピクリと動くも顔は出してくれない。こりゃあ時間かかるかな。人差し指で鼻の頭をかき、片目だけを細めた。少し、意地悪く光った瞳は未だ一護を見据えている。

「こっち向かないと……こうだ!」

組んだ足を伸ばし、間に一護の身体を挟みながら距離を縮めた。いきなりの攻撃に一護は顔を上げるがもう遅い。無防備になった両わき腹に修兵の手が回って10本の指を巧みに使ってはくすぐる。
小さい頃、降参と言うまでくすぐられたのを思い出す。
身を起こそうにも修兵の足がガシリと拘束しているので安易に逃れない。腕に手をかけても無駄と言うことは分っていたが、身体は反射的に動き、バラバラに動く指先を止めようとする。くすぐったくて力が入らなくて口をパクパクと動かして笑う。無音の笑い声だったけれど修兵には確かに聴こえていた。一護の笑い声。
わき腹が極端に弱い一護はこうやってくすぐると大きな声を立てて笑う。幼い頃はやりすぎて最終的には泣かせてしまったくらいだ。
降参だ!と言わんばかりに修兵の手を叩く。
ゆらりと揺れた橙色の眩しい髪の毛が修兵の唇を掠めてくすぐった。それを合図に手を止める。
凄くくすぐったくて笑ってしまった為に若干だが酸欠になりつつあった一護はギトリと後方を睨みながら息を整え始めた。ちょっとやりすぎたかもしれない。苦笑する。

「俺はさ、」

不機嫌そうに睨む琥珀色を見ながら言う。

「俺はさ、一護。お前には何も助言できないから。他の事なら沢山アドバイスしたり、出来るけど……この事に関して、俺からは何も言えない」

ドキリ。きっと一護の心臓はそう唸っただろう。揺れた瞳が修兵に焦燥の色を見せる。
傷つけないように。傷つけないように。思うのに、言葉と言うのは意図しない所で相手の心にかすり傷を残してしまう。こういう時、自身のボキャブラリーの貧困さが無力と言う言葉を突きつけていた。それがとても、悔しい。
言葉が想いの30%しか伝えないのなら、せめて60%くらいは態度で示そう。
修兵は揺れた瞳から涙が零れないように人差し指で目尻へと触れた。そこから流れる様に頬を伝って撫でる。少しくすぐったそうに片目を顰めて、それでも尚、一護の瞳は真摯に修兵へと向けられる。どうにか修兵の本音を暴こうと言わんばかりに真剣だ。

「さっきも言ったろ?偏見とかねーよ。一護の想いは一護だけの物だ。どんなに苦しくったって、どんなに切なくったって、…反対に嬉しいと楽しい、沢山の恋しいも。交ざってるだろう?恋って。」

頷く事をしない一護に苦笑する。

「助言を得たところで、アドバイスされたところで結局、選ぶのはお前なんだ。だってこの気持ちはお前ただ一人の物なんだから」

気持ちの所で一護の左心房上を人差し指で触れる。トン、と修兵の指先が触れた辺りに音が鳴った感覚を味わった。

「だから俺からは何も助言してあげれない。悔しいけど…お前が苦しんだりしてるの見るのは嫌だけど……。」

胸の内につっかえる黒い感情を言葉にして吐き出せば幾分か楽になった。
そう、本音は苦しんでいる姿を見たくない。壊れそうになる一歩手前の顔、あれは修兵にとって一番の毒でしかなかった。だから泣かせたくないし出来ればずっとずっと笑っていて欲しい。母親譲りの明るい、太陽みたいで向日葵の様な笑顔が好きだ。
油断したら崩れそうになる理性をグっと保って、今度は頭を撫でる。

「俺に出来る事つったら、…まあ、なんだ……ずっとお前の隣でベース弾いてやる事、くらいかな……って自分で言うのもなんだけどこっぱずかしーなコレ!!」

恥ずかしさが急激に押し寄せてきた。こんな台詞、女子にも言った事ないよ俺…。そう項垂れた修兵を見て、一護はきょとんと目を丸く開いたと思えばその次の瞬間には噴出していた。
けらけらと笑う。いつもは業とキザったらしい行動を取る修兵が今回はマジな顔で照れているサマがどうやっても面白い。だから一護は笑った。
腹を抱えて笑い出した一護の頬を抓りながら修兵も習って笑う。

「俺、話しくらいは聞いてやれるし。恋愛感情ってさあ、ちょっとずつ吐き出していかなきゃ重たくなっていくって俺は思うんだよ。」

もうこの際だ。とことん恥ずかしい事言ってしまおうじゃないか。

「お前が話したくなって仕方無い時にはお兄さんを呼びなさいよ」

頬をふにふにと指先で摘みながら笑う。
楽しいも苦しいも恋しいも辛いも切ないも嬉しいも悲しいも全部全部詰められた恋情だから。
ドキドキと高鳴る胸はきっと目に見えない感情全てを詰め込み過ぎて爆発寸前の警告音なんだろう。
世界中に公言したくなるあの高揚した気持ち。一人で抱え込んでしまえば心はその重さに堪えきれなくなって最後には重圧でぺしゃんこにされてしまうんだ。ちょっとずつでも良い、恋を吐き出して心を軽くして。
少しでも軽くなった心が、これから先の恋をどう進展させていくのか。修兵にも、況してや一護にも。分る事ではないけれど。
今が、一護の今がどうにか明るくなる様に。修兵は傍で祈りながら待つしかないのだ。これってとても辛い事じゃないか、思ったけれど不安として生まれないよう、心中深くまで押しやって、そこに蓋をし閉じ込めた。














神様なんて信じてないけれど、彼に訪れるのは幸せだと言う事だけ信じている。祈っている。



◆お互いの恋が離れた場所で芽生える。遠距離恋愛でもないけれどこのシーンは前回の浦原ターンと連動していたらいいなと思います^^
ほんっとジレッタイやつらなんですが…一番の頑張り屋さんは修兵兄さんだと思っている(笑)とてもブラコンな修兵兄さんです^^




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!