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指きり


ぎょっ、としたのは冷蔵庫と洗い場のちょっとした隙間に落ちていた物体を見定めてしまった時。なんだ?と迂闊に手を伸ばし触れ、隙間に出来た影から取り出して照明の光りを当ててしまった時。

「っ………!」

視神経から入ってくる情報が急速に脳内へと信号を送り、心よりも先に脳が恐怖で戦慄いてしまった一護は咄嗟に手の中のソレをシンクに投げ捨てた。
ト、タンッ!
ステンレス製シンクの中に響く音。ゴムの様に弾力があり、そして少しだけ重めの物体があたって奏でた音が一護の鼓膜を突き抜けて脳内に反響する。否、身体中に循環する。ドクドクと後から遅れて高鳴った心拍音は、今まで呼吸をするのを忘れていたかの様だった。
ばっくばく、大きな口を広げて大袈裟に呼吸をしている感覚だ。高鳴りすぎた心拍音が左心房から徐々に範囲を移し、一定のリズムを奏でながら腕に移動。そして指先に移動した途端、ブルリと手の平全体が戦慄いた。
かたかた動く指先は氷みたいに冷え切っていて、このまま凍傷してしまうのではと考えて、ぎゅっと左手で包み込む。

週末だと言うのに黒崎家は馬鹿みたいにシンと静まり返る。それもその筈、一護以外の家族は皆、土曜の昼間から親戚の家に泊りがけで遊びに出かけているのだ。面倒臭いから良い、と断った一護を残して。
現在時刻はお昼ちょっと前。窓から射し込む日光はとても暖かで5度と言う真冬の温度を微塵も感じさせない。
冷蔵庫に入っている遊子特性のレモネード。マグカップに蜂蜜を混ぜて入れた後、電子レンジで温めて飲もうとしたのに…もう、そんな気も失せた。
冷蔵庫と洗い場の僅かな隙間。照明の明かりさえも射し込まない埃まみれなそこに転がっていたものは5センチ程の小指。生温い温度が未だ鮮明に一護の指先にべったりとこびりついて生々しい。とてもじゃないけど吐き気を催した。

「………」

シンク内に放った指が今、どの様な形で佇んでいるのか。ころりと死角に消えた物体を見ようと一護は上半身だけを傾けて覗く。

「……っ、」

瞬時に喉元を通る嘔吐感が悪寒を示した。
ひっそりと佇む指は微動にせず、況して消える事も無くステンレス製シンクの銀色に影を作ってそこにある。
冬の冷ややかな外気を十分に含んだキッチンで、窓から射し込む日差しを当たり前に向かい入れて、小指は沈黙を守っていた。
これは一体なんだ。
息をする事も忘れて一護はじーっと凝視する。桁違いの常識を見せ付けられている感覚が身体を支配して一瞬、考える事を放棄してしまった。
ピクリとも動かない小指が突然に動いて視界を潰してしまう想像をし、恐怖で震えた脳内が危険信号を発信させる。同時に動いたのは右手で、蛇口を思いっきり捻って流れ出した水の蠢きによって小指はゆっくりと排水溝の中に吸い込まれていった。なんだか、小指が吸い込まれていく際に一護をギトリと睨んだ気がして尚も気色悪さを感じた。震えだした肩を抱いてもまだ、指先についた生温い温度はこびりついたままである。


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