重いのに暖かだなんて 「ストレスと過度の労働。でもまあ……」 これはストレスの方が大きいねえ。カルテを見ながら呟いた医者はこめかみあたりをペンで掻きながら言った。 「一護君、一日の睡眠時間の平均ってどれくらい?」 優しげに笑んだ医者は眼鏡を指先で上げながら目前に座る一護に問いかける。用意してあったメモ用紙に前もって手渡されたボールペンを走らせた。 筆談なんてした事が無い一護は少しだけ戸惑いながらも、綺麗な文字を描く。 2〜3時間。まあ、多少ぶっきらぼうな物言いになるかもしれないがそれには突っ込まずに浮竹は書かれた数字を目の前にあちゃー、等と言ってのけた。 「それは……寝なさ過ぎだろ?一護君……」 やっぱりな。と思いながらも一護は目を伏せてすいませんと謝った。 口を開いた瞬間に出てくるのは吐息だけ。宙に舞うのは音の無い二酸化炭素で、しっくり来ない。慌ててメモ帳にボールペンを走らせる。 「ああ、良いよ。君の事は昔から良く知ってるんだ。謝罪の言葉は書かなくて良い。と言うか謝ってばかりだと心が疲れるよ」 気楽に気楽に。 ニコニコと笑う浮竹を暫し眺めた後で一護は力無く笑った。 やはり、声が出ないと言うのはとても不便だ。些細なコミュニケーションも取れないのでは、この現代社会に置いてとても致命傷的なのだろう。 それでも、一護の喉を潰し、声を殺しているのが自身が抱いた想いの重さだとしたら……相当情けないな。 「あ、今自分を責めただろ?一護君」 「………」 白くて清潔感溢れる白衣と同様に真っ白い綺麗な長髪をひとつにまとめて後ろに垂らしながら浮竹は微笑む。 その笑みがとても柔和で優しい。めがね越しの瞳からは持ち前の優しさが溢れ出している。纏う色彩はとても儚く冷たいのに、彼はいつだって暖かで柔らかだった。 「君はね、自分ばかり責めてしまいがちだね。情けないとか思ってるならそれはお門違いだよ。男だからとか女だからとかは関係ない。」 かけていた眼鏡を取りデスク上に置いて、それと一緒にカルテも置く。 「俺でも自身の重みに耐え切れなくなって潰れちゃう時はあるんだよ。医者だからとかそんなのは全く関係ないんだ。人間だもの。悩み事が無い訳ない。」 一護の頭を撫でた大きな手の平は少し華奢で頼りないけれど、とても暖かい。 「休みなさい。存分に。フリーダム!って思ったら良いじゃないの。大丈夫、君をフォローする人間はいっぱい居るよ。勿論俺もその中の一人だけど、敏腕マネージャーが付いていれば100人力だよ。ねえ?斬月君」 ニッコリと優しい笑みを一護の横に居た斬月に向けながら浮竹は心なしか悪戯ッ気のある瞳を寄こした。 暫し一護を横目で見た後、珍しくサングラスを外した斬月はフ、と一瞬だけ微笑んで一護の頭に手を置く。二人共、一護よりも大きい手の平でとてもしっかりとして、そして暖かかった。 不覚にも目頭が熱くなってきて俯く。優しい気持ちになるのも、胸がいっぱいいっぱいになって苦しい。二人の優しい気持ちが嬉しくて泣いてしまうのはちょっと失礼だ、と元来生真面目な性格と子供っぽい意地で一護は目に溜まる涙を必死で堪えた。 ぎゅっと膝上で握り締めた自分の拳がやけに小さい…。まだまだだな。そう思ったら少しだけ笑えてきた。 それじゃあ一護君。来週のこの時間にまたおいで。 最後まで優しい声色の浮竹に会釈をして一護は斬月と共に診察室を後にした。 別れ際、手渡された手一杯のお菓子の山。持ちきれない程貰って半分を斬月に持って貰っている形だ。相変わらずどんな時でも一護を子供扱いする如く目一杯可愛がる浮竹に可笑しくなって一護は声を失って初めて音の無い声を上げて笑った。 「黒崎さん!」 診察室から出た拍子に届いた声。 白を強調したロビーにちらほらと散った人だかりが一斉にこちらを振り返った。 色とりどりだな、一護は内心でそう思う。 黒だったり赤だったり果てはアクアブルーの目が覚める様な鮮やかな色だったり。メンバーとスタッフの数人がロビー内で待っていたらしい。 みんながみんな、一斉に振り返ったものだから少しおかしい。それは隣の斬月も同じく思ったらしい。隣でワナワナと肩だけを震わせていた。サングラス越しの瞳が「面白いな」と言っている気がして、二人して小さく笑った。 最初に一護と斬月を見つけて声を張り上げた山田の顔は真っ青で今にも床に突っ伏して泣いてしまうのでは、とこちらが危惧するくらい。彼の声色はとても悲痛に満ちていた。一護は苦笑しながら、小走りで寄ってくる山田の頭を優しく撫でて口だけ動かしてごめんな、と言った。 ごめんな。心配かけて、ごめんな。そしてありがとう。 愛されているのな。思ったら胸が締め付けられて不覚にも目頭が熱くなってしまう。涙なんて流さないようにぎゅっと力を入れて堪えた。 「一護。」 山田に続き恋次と修兵が、そして無愛想な面持ちを更に凶悪にさせたグリムジョーが続く。修兵は苦笑しながら一護の頭を小突き、斬月と2、3言葉を交わす。 恋次に至っては山田と同じく少しだけ泣きそうな顔を晒しながらも一護の肩をバンバンと叩くので、少しむかっ腹が立って所持していたメモ用紙一杯に「いてえよバーカ!」と書いて笑った。 「おま!人が心配してやってんのに!!馬鹿は無いだろう!馬鹿はっ!」 うるせーよ!ここをどこだって思ってんだお前!病院だ!びょーうーいーんーっ!! メモ用紙に書く暇なんて無いし、今は声なんて出ないから一護は口だけを大きく動かし、心持ち大声で叫んだ。 「ああっ!?オマエが叫ばせてんだろうがっ!!この野郎っ!!」 イタタタ!イタイイタイ!れん、ちょ!ばか!やめろっての! 「おうおう!痛がれ痛がれ!これが俺様の痛みだ馬鹿めっ!」 ガシっと強く首を取られ、頭をわしゃわしゃと撫でられる。口パクで言葉を放っているのに、恋次はとても簡単に一護の言葉と気持ちを読み取っていつもの様に変わらず接してくれる。それがまた少しだけ涙を誘った。畜生、一護はそう思いながら肩にかかる恋次の手に触れた。ありがとう。不器用な気持ちが伝われば良い。思って心中で強く言葉を放つ。 「一護」 低い声色がすんなりと耳に届いて恋次と共にグリムジョーを見た。 目の前に立ちはだかるグリムジョーの淡いアクアブルーの瞳が青空を連想させる。気を抜いたらこの青空の中へと吸い込まれてしまいそうな色彩だ。 「てめえ」 心なしか彼の声は震えているように感じられる。否、もしかしたら一護と同様、涙なんざ流してやるものか、と力を入れているに違いない。だって現に彼の眉間には常より濃い皺が数本刻まれているのだから。 あまり見ない類の表情に一護の心臓はグっと鳴いた。しんみりするのが性に合わない二人なのに、見た目を裏切ってやたら涙脆いのはお互い共通している。だから分る。グリムジョーの泣きたくなる程の、痛い気持ちが。 少しだけ歪んだ青の瞳が見えたと同時に力強く抱き締められていた。気づいたら彼の胸の中に居て、肩には逞しい両腕が巻きついている。アンテウスの香りが鼻を燻って目に痛い。 目に痛いんだよお前の香水……そうやって心中で毒吐きながらグリムジョーの上着の裾をぎゅっと握り返した。 「…馬鹿が」 耳元で聴こえる小さな呟きが更に心臓を強く締め付けた。 ごめん。それに対して一護も小さく答える。 「謝んなよ。余計イラつくから」 イラつくって……。彼らしい乱暴な言い方に呆れ気味だが笑ってしまう。 うん。ありがとう。ぶっきらぼうな優しさに、その胸の中で一護は小さく頷いた。 「なんだよお前等!よし!花!俺等もやっぜ!」 「…はい!!??」 ほんわかムードをブッチするが如く、大声で叫んだ恋次の声と共に背中から重たい圧力がかかって一護はグエっと唸った。 腰から腹にかけて回された腕と背中に感じる山田の体温、その後ろから更に力を加えて恋次が抱きつき、グリムジョーの腰に腕を回して、抱擁と言うよりは拘束と言った方が正しいハグ。 サンドイッチハグだ!と馬鹿みたいな発音で持って抱きついた馬鹿にグリムジョーは吠えた。もう、涙なんて吹っ飛んだと言わんばかりだ。 「てめえ!気色悪ぃ!腕!腕!外せよ!」 「んだよ!恥ずかしい事を仕出かしたのはてめえが先だろうがっ!」 「ちょ!落ち着いて下さい二人共っ!!く、苦しい!阿散井さん、力、ちか……強い!」 前ではグリムジョーが恋次に吠え掛かって、背中では山田が苦しげに唸っている。圧し掛かってくる重みに苦しくなったけれど、嫌な胸の苦しさを掻き消してくれているみたいな温かい重さがとても心地好くて一護は笑った。苦しいのに、笑った。 何やってるんだお前等。隣から斬月と修兵の呆れた声色と眼差しが飛び交い、診察室から顔を覗かせた浮竹は楽しそうだな。と軽快に笑いながら言う。 先程までも重苦しい空気が打破された病院内で、不謹慎ながら一護はとてつもない幸せを噛み締めていた。 ああ、重いのに幸せだ。飲み込んだ言葉の温かさが喉元のナニカを溶かす様に流れていくのを感じた。 こんなにも暖かな温もり ◆お待たせ過ぎちゃいましたcamera。決して忘れていたわけではない← 担当医は浮竹さんが良いな〜と思って前から決めていたのに、私はどうも彼のキャラを上手く固められていないようでした……ん?一人称って僕?それとも俺?どっちやったっけ……資料探しにてんてこまい。そんな体たらく← メンバーにもスタッフにも恵まれた愛され一護。この調子でネガ魂をぶっ飛ばしていって欲しいNE!!!← |