1 乱菊さんに悪戯された。絶対似合うからと言って呂律の回らない舌足らずな言葉使いで真っ赤な口紅を塗られる。 珍しく上戸の彼女が酔っ払って、その顔がとても気持ち良さそうで明るかったので一護は強く拒めず彼女の悪戯を甘受していた。 ルージュに乗せるラブい罠 「どうしたのソレ」 ソレの辺りで唇を指される。身体を駆け巡ったアルコールの熱の嵐に若干、足元を掬われながらも気丈に振舞った。それでも一護の視界があやふやになるくらい酔っているのを目の前の浦原は既に見越しているだろう。こういうのには目敏いんだこの男は。 「乱菊さんに悪戯された」 「…そんでそのままこっち帰ってきたの?」 コクリ。頷いた。 俗に言う恋愛相談(と言うよりか愚痴の方が多い)に乗っていた所、彼女の言うヒドイ男が乱入して来、その場で臭い愛を誓ってみせたので一護はドン引き。乱菊は突っかかった物言いながらもその顔には歓喜が混ざっていた。とんだ当て馬だな。と思いながら夜道を一人ぽつぽつと歩いて帰ってきたのだ。 言い訳にしかならないけれど、人肌が凄く恋しくなったのは事実で、こうして真夜中の訪問を連絡も無しにやってのけた。普段の一護からしてみれば考え切れない暴挙である。 「……おいで」 グイと力強く腕を引かれて洗い場へと連行される。後を追う様にして眺めた背中。広い男の背中。 怒ってるのか?そう思ったけれど、引かれた腕を掴む力に彼の独占欲と微かな嫉妬心が伝わってきて変に気恥ずかしい。 そうっと、浦原に気づかれない様に口角を上げた。 「座って」 言われた言葉に戸惑う。 玄関を抜けてリビング手前の右側、そこの扉を開けた所は直ぐに脱衣所となっており、広い洗面台とそれに連なって壁を占領している大きな鏡、それと洗濯機と乾燥機。あとはタブトラッグスとバスタオル、バスローブが仕舞ってある戸棚があるだけで…ここには腰を下ろす為の椅子が存在しないからだ。だから一護は戸惑った挙句、フローリングに腰を下ろそうとした。 「違う。こっち」 「っ!わっ!」 ひとつ面倒臭そうに溜息を吐いた後、呆然と立っている一護のわき腹に両手を差込ながらひょいと何とも軽そうに持ち上げられ、咄嗟の出来事にバランスを崩した一護は縋る様に浦原の首筋へと腕を巻きつけた。 ゆったりとした、緩慢な動作で一護を洗面台の縁へと座らせる。 ひんやりとした大理石の冷たさがデニムの生地越しから伝わって火照った身体には丁度良い心地好さを感じさせてくれる。 水では、落ちないだろうな…。浦原は一護を座らせた後、ブツクサ呟きながら化粧棚を漁る。 いつもなら見上げる位置にある浦原の瞳が、今は対等。否、もしかしたら一護の目線の方が多少上かもしれない。 少しだけ嫉妬で淀んだ金色、冷めた表情は男のポーカーフェイスの得意さを物語っている。 それでも些細な変化だが、目だけが細められている所を見るとどうにもポーカーフェイスには程遠い。それ程まで、嫌なんだろうか? 「怒ってる?」 「怒ってない」 関節入れずに答えられる。 それでも一護の瞳を見ずに応える限り、怒ってないと言うのは嘘だろう。 「どうせ市丸が馬鹿やらかしたんでしょ」 「…そう。当たり」 「松本さんも…どうしてあんなのが良いんだか」 「愛だよ。愛。ラブ」 「ラブ、ねえ……」 女心は分らないなぁ。少しだけ眉を潜ます。 これでも浦原はちゃんと幼馴染兼悪友でもある市丸の事を気に留めているし、その連れである松本の事もちゃあんと見ている。冷たい素振りは男の専売特許だ。 吊戸棚の中から引っ張り出したミニバスタオルをお湯で濡らし、そこに保湿クリームを塗って染みこませている浦原を定まらない視線で見つめる。 ゆらゆらと揺れる髪の毛がライトに照らされてキラキラと瞬くのが綺麗だった。 悪戯に、揺れている髪の毛を引っ張ってみる。 「触らない」 「なんで」 「くすぐったい」 絶対嘘だ。一護はそう思いながら唇を尖らせた。 何杯飲んだのか。もう既にその記憶は遠く隅っこに追いやられている。松本相手だったから、きっと10杯分以上はアルコールを摂取しているに違いない。 極端に弱いわけでは無いが、松本や浦原みたく上戸でも無い(市丸に至ってはコカコーラでも酔っ払った気分になれるだろう)一護だが、父親が凄い上戸なのでその血は若干ではあるが引いているかもしれない。これまで、酒を飲んで気持ちが悪くなった試しが無いからだ。 酒を飲むと普段の一護からは想像だに出来ない柔和な笑みを浮かべる。にこにこにこにこと。それは気色悪いくらい柔らかな笑み。 「ふふ、」 「…一護さん…相当酔っ払ってんね…」 「んー?うん。気持ち良い」 あっそう。面白くなさそうに応えた浦原を見て一護は再び笑った。 目の前に金色。そして一文字に結ばれた薄い唇。吸い込まれる様に一護はちゅ、と口付ける。 「ちょっと。…なにしてんの」 「あはは!お揃い!」 うっすらと引かれた紅。クリアじゃない視界で仕掛けた口付けだったので多少の歪みはあっても、その薄い唇に乗った赤が白い肌をより白く演出していて艶やかさに拍車がかかる。きっと女装なんか似合うだろうな。その無精髭を剃れば。独りごちてケタケタと笑った一護を恨めしそうに見た後、後頭部に手を当てながら引き寄せる。 乱暴な口付けによって眩暈がした。 「ふ、」 咄嗟の出来事に頭が回らないけれど、侵入してきた舌先の熱さに煙草の苦味とコーヒーの香りが乗っかっているのが感じられる。痺れる。浦原とのキスはいつだって一護を翻弄させる。熱を、もっと上げて欲しくて浦原の耳裏に手を這わせてもっと、と強請る。 浦原よりも幾分か高い位置に座った為、上からキスを仕掛ける。こんなのは初めてだ。 いつもなら一護より10センチも背が高い浦原がやや屈み気味でキスを施す為、なんだか浦原を襲っている様で興奮する。否、実際興奮している。 両頬に手を当て、引き寄せる様に角度を変えて口付ける。ぬろりと侵入させた舌先で歯の裏を舐め、絡めた舌先に歯を立てれば浦原から熱の篭った声が発せられる。 一護の腕に縋る様に置かれた手。あの神経質な細い指先がきゅうっとシャツを握り皺を作る。 見開いた視界には眉間に皺を寄せながらキスに夢中になった浦原が伺えた。 ああ、どうしよう…凄く、すっごく興奮している。 何度も何度も、角度を変えて口内を犯す。飲みきれなかった互いの唾液が口端から零れるのも構わずにその薄くて冷たい唇を存分に貪った。時々、口内に広がるベニバナや界面活性剤の独特な味。きっと酷い有様になっているであろうお互いの唇。 「……っは、」 やっとの事で外された唇を手の甲で乱暴に拭った浦原の口端と手の甲に伸びた紅が凄く画になる。 恨めしげに睨んだ浦原の眼光と紅の鮮明な赤がとてもマッチしていて、なんだか口紅の広告用ポスターみたいだ。 「…やってくれましたね…」 「うん。ヤリたい」 「論点がずれてる。」 甘えん坊みたく両腕を浦原の首筋へと伸ばして回す。ブラブラと揺らしていた両足も腰に巻きつけて更に引き寄せる。 駄目か?瞳で問うみたいに小首を傾げて見つめた。 ニンマリと柔和な笑みを象った赤がやけに目に鮮やかだ。浦原は思ってシニカルに笑んだ。 next>> |