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恋に奪われる音2



なんにも考えられない。手渡された楽譜も記号と化して一護の視界を埋め尽くしたが、記した音色も、歌詞も、想いも、何もかもが一護の身体をすり抜けてしまう。
頭の中は真っ白だ。まるで雪の様な白さで目が痛い。なんて冷たい色なんだろうか。一護は心の中でそう思った。
浦原が居ない。その事だけが現実味帯びた様に一護の心根に深く突き刺さる。
つららの様な鋭さと冷たさを持って一護を貫き、裂こうといわんばかりの痛さが一護の身体を支えている様な気もした。
手に持った楽譜がはらりとゆれる。元は白かったであろう白紙に描かれた記号と英数字。一度っきりの恋の歌詞。もう歌う事なんて無いと思っていたのに……。
一護の我侭で作成した歌が今度は世に広まろうとしている。
アルバムの最後に収録される事になったソレは目で文字を追う毎に気持ちを薄れさせていく。書き出したあの頃は、胸が張り裂けんばかりの想いを切実に書いたと言うのに……どうしてこんなにも、紙に記した瞬間にその時の気持ちが薄れるのだろう。

歌は不思議だ。
想いの込められていない歌程耳に痛いのは無い。それと同様に、痛い程の想いが込められた歌も同じく、耳に痛い。
今更、どうやってこの歌を歌えば良いのだろうか。一護は呆然としていた。
目に入る歌詞の一部からあの時の気持ちが一瞬蘇ったが、心に小さな傷跡だけを残して消えていく。
自己防衛のひとつに過ぎないのかもしれない。
一護の瞳が、記されている歌詞を見ない様にする。一護の気持ちが、金色の眩い色彩を生み出さない様にする。痛い筈なのに、心は未だソレを求めているのだから不思議だ。
きっと、彼にとってはどうでも良い事だったに違いない。

「一人相撲、か……」

フ、小さな笑いがもれた。その度にチクリと痛んだ心に泣きそうになるが敢えて無視を決め込む。そうでもしなきゃこの歌は歌えそうに無い。
なんて事ない歌の様に、商品として、機械質的、……に?

「……んな事出来るわけねー」

誰に聞かせるでもなく、自分に刻み込む様に言葉を発する。
こんなに弱くなるなんて思いもしなかった。初めて知った恋が、こんなにも敷居が高く胸を鷲掴みされる程に苦しいものだなんて知る由も無い。
学校の授業で習う訳でもない恋情だなんて、一護以外の人達は一体どうやってこの恋と言う感情を処理するのだろう?況して失恋だなんて……。
世に溢れ返った失恋ソングもいまいちピンと来ない。
恋している歌でさえも文字に記した瞬間に機械質にデフォルメ化されるのだ。感情論甚だしい。きっと想いを残す為に人間は歌を作ったのだろうと思う。それを商売として描く自分達は、一護は、一体どうやってこのデフォルメ化された歌に感情移入をしたら良いのだろうか。
もう、彼にこの歌が、この想いが届く筈も無いと言うのに……。
傷ついているのか、苦しんでいるのか、悔しいのか、もう何がなんだか分らない。

「………ばかやろう……」

小さく呟いた罵倒に打算的な甘さが含まれている事に気付いて舌打をした。


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