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冬の冷たさ2


余計な明かりを灯さない此処はいつだって仄暗い。心地好い仄暗さだ。
赤茶のレンガ調な壁が英国のビルディングを連想させ、階段を下りきった真正面の扉を開けば瞬間鼻腔を掠めるのは珈琲独特の濃い香りとどこからか漂ってくるヴァニラエッセンスの甘い香り。
ケーキでも焼いていたのだろう。甘い香りはカフェの名残だ。
一護が扉を開いた時に鳴ったベルに誘われる様、カウンターにてグラスを磨いていた小柄な少女が振り返る。

「た…っ、えっ!?くくくく、黒崎さんっ!!」
「よぉ、紬屋さん。元気?」

あのライブ以来、彼女とは会っていない。
腰まで伸びたストレートな髪の毛を一つにまとめて後ろに流しながら、その小柄な身体を白のワイシャツと黒のスキニーパンツに包む。黒の前掛けエプロンが心なしか長い気がするが、至ってシンプルなその制服がやけに彼女に似合っていて、一護は初めて訪れた時みたく苦笑した。

「げげ元気ですっ!!あああ、あの!今、じゅん、び準備途中なんですが!ど、どうぞ!!」

突然の訪問にかなりパニック気味な彼女はいつか息をし忘れて酸欠になってしまうのでは?と危惧してしまう。

「なにもそんな緊張しなくても」

一護も今ではすっかりウルルに慣れた。故郷に居る歳の離れた妹達みたいだ。まあ、歳は同じくらいか1個下か、それぐらいだろうと思うけど。
きぃ、とカウンター前にあるスタンドチェアを引き、腰掛ける。
店内には準備中にも関わらずジャジーなメロディが流れていた。相変わらず、センスが良いとしか言い様が無い。そのメロディが自然に耳へと流れてくるのがこれまた心地好い。

「きき今日はどうしたんですかっ?」
「あー……こっちのハニートーストが忘れんなくて」

本当は、あの人との思い出に浸りたかった。



「一護さん、甘い物大丈夫ですか?」
「…普通に、食えっけど?」

本当は甘い物が大好物であるが、それを言ってしまうと子供っぽいと感じてか一護は素直に言えなくて、そうそっけなく返した。多分だけど、彼は気付いているんだと思う。少しだけ笑った浦原がカウンターに立つウルルに「ハニートーストひとつ」と頼み、なにやら嬉しそうに笑って頬杖をつく。甘党では無い彼の口から聞きなれない単語が出されたのに対し、一護も笑ってしまった。

「なに?あんた甘いの食べれんのか?」
「ここのハニートーストね、凄い美味しいですよ。お勧め」

後ろのキッチンへと一言入れ、ウルルが戻ってきて「10分くらいお待ち下さいね」と可愛く笑んだのを見て、浦原はやはりニコリと微笑み返した。
出てきたハニートーストは外はかりっと焼かれ、中に染み込んだはちみつとマーガリンバターが混じり合い良い香りを放っている。極めつけは塩バターで表面を焼いたブレッドの焦げた部分がはちみつの甘さと絡み合って絶品だった。
ほろ苦さと甘さが一緒くたになるとどうしてこうも美味いのだろうか?
一口で一護はこの上品な甘さの虜になってしまっていた。

「ね?美味しいでしょう?」

そう微笑んだ浦原の笑顔もまた、はちみつの様に甘かった。
彼の瞳がハニーミルクの様に蕩け、一護を映し出す事がどうしても嬉しくて恥ずかしくて、無言のまま頷くしか出来ないでいたけれど。



「ふたつだと少し時間かかっちゃうんですけど…時間は大丈夫ですか?と言うか凄い久しぶりで…く、黒崎さんこそ元気でしたか?」

少しだけ落ち着いたのか、それでも一護の目を真正面から見れないウルルは視線を四方八方へ泳がせ、言葉を選びながら言った。

「ん。大丈夫。準備中にごめんな?…うーん、元気っちゃあ元気なんだけど…忙しすぎて…」
「ああ!あのライブの後も年末年始のライブでしたもんね…ミュージック番組も立て続けでしたね……」
「はは。まあ、色んな場所で歌えるからすげー楽しいし嬉しいんだけどな。」

どんなに忙しくても、睡眠時間が平均2時間を下回ったとしても。好きな事を好きなだけ出来ると言うのは幸福だ。疲れすらも充実している様な気がする。

「楽しそうで何よりですよ!あ!写真集もおめでとう御座います!発売まで残りあと僅かですね!こっちまでワクワクしちゃいます〜」

段々慣れてきたのか、本来の喋り方に戻ったウルルはグラスを丁寧に磨きながら頬を少しだけ染めて「私も先行予約しちゃいました」と笑った。
写真集。やっぱり恥ずかしいけれど、本当にこうして購入してくれる人が居るのはなんともありがたい。
アイドルでも無い自分が写真集なんか出しても果たして売れるんだろうか?と考えた時もあったが、「お前は最早国民的アイドルみたいなもんだ。心配するな」と斬月に言われてからは少しだけ、乾いた笑いを投げた。

「発売前にサンプルが出ていたんですけど、色が凄い綺麗でした。1年前からカメラ触ってるんですけど…ニコンは扱い難くて…やっぱり喜助さんは違うな〜」
「……あの、さ…その浦原なんだけど…」

彼女と浦原がどんな関係なのか深くは聞かなかったけれど、ここは浦原のお気に入りだって言っていたしウルルに至っても名前で呼んでいる事だし、思うにかなり長い付き合いなんだろう。ウルルが浦原の名前を呼ぶ度にチクチクと胸を刺したけれど、そこら辺は自分の気持ちを押し殺して一護は一度深く息を吐いた。
多分、ウルルにだったら浦原の連絡先を聞く事が出来るかもしれない。

「連絡来ました?あっちに着いてから音沙汰無いんで少し寂しいですね…まだバタバタしてんのかなぁ?」
「………え?」

連絡先を聞き出そうと口を開いたのをウルルの言葉が遮る様に止める。
あっちって?どっちだ?

「でも寂しいですね…。折角仲良くなったから春になったらカメラ持ってどっか行きたかったなあ…黒崎さんはあれから連絡取ってないんですか?」
「…え、っと………携帯、壊しちゃって、連絡先が…」
「ええ?!メモリー飛んじゃったんですか?」

コクリ、とそのまま頷いた。
なにがなんだか分らない。

「あ!じゃあ一応、パソコン用のフリメなら控えてるんで何かにメモしますね!携帯はあっちで契約してから連絡入れるって事で、すが……黒崎さん?」
「え…?あ、っと、」

ぐるぐるぐるぐる、目まぐるしく回る。眩暈に似た焦燥感だ。息が出来ない。苦しい。頭ん中が真っ白。なに?どこ行ったって?あっちって?寂しいって…?なんで。どうして。彼はもう…、居ない?

「ご、ごめん……ちょっと、時間…あ、代金……」
「あ、はい。…袋、分けた方が良いですか?」
「ん。大丈夫…そのまま…」
「黒崎さん?」

テイクアウト用の袋に出来立てのハニートーストが入る。店内は甘い香りに包まれ、一護の身体をも包み込むのに、その甘さが一護をどん底へと突き落とさんとしていた。

「悪ぃな…慌しくて……また、来るから…」
「…いいえ、大丈夫ですけど……」

怪訝そうな面持ちで見るウルルの言葉を最後まで聞かず、一護は外へと出た。
瞬間、身体を突き刺す様な冬の冷たさに頭をガツンと殴られた様な感覚を味わう。それと同時に、胸中を占めた焦燥感が闇の色と酷似した空虚となってぽっかりと底の無い穴へと変化する。
浦原が、居ない…?
再びその言葉を胸に描いたらそれは傷となって一護の事を痛めつけた。



パタンと小さくドアが開いた音に吉良はスケジュールがびっしり記載されている手帳を閉じ、後方を振り返った。

「おかえり。結構早かったんだね?ああ、甘い良い香りだ。何も問題なかった?」
「ん。だいじょーぶ。はい、お土産」
「良いのかい?ありがとう。……一護、くん?」
「吉良さんごめん、スタジオ着くまで眠って良い?」

吉良の目をちゃんと見ずにキャップを目深に被り直して一護は窓に持たれかかる。吉良は少しだけ考える様に一護をじーっと見た後で「良いよ」と一言だけ放ち、静かにエンジンをかけた。
動き出した車に合わせる様に景色も移ろい行く。
冬の空は少しだけアッシュかかったグレイで今にも冷たい雨がポツリポツポツと降ってきそうだ。
暖房が効いた車内は一護の身体を温めてくれたけれど、視界に入ってくる冬の色彩達が一護の心を冷やした。























冬の冷たさが目に、心に、肌に、痛い



◆浦原氏の渡米をやっとこさ知りました^^告げられなかったサヨナラって結構辛いですよね?って直ぐに音沙汰無くなる女が何言ってんだよ!とダチに言われました。どうもmeruです!←
この場面は凄く難しかったです…書きたいシーンが何個もあってそれが重なっちゃって削らないといけない部分も多くなっちゃって、木綿のハンカチーフを噛み締めながら仕上げました。命も削ったわよ!(なんて大嘘だコラ←)
この二人の駆け引きと言うかへんてこな恋路は少しだけ難しいぞ……(難しくした張本人←)が、頑張ります!




あきゅろす。
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