喘いでみどりん! 12 目を覚ますと、辺りは既に薄暗かった。 俺は慌てて飛び起き、時計を見る。 リミットの18時まであと2時間もない。 隣を見ると、桐山が無垢な顔で眠っていた。 寝ている時は誰でも公平に無防備になるのだなと実感しながら、そっと頬に触れる。 ふと、床の上に光るものを見つけた。 俺は桐山を起こさないよう、静かにベッドから降りる。 それは、探し求めていたUSBだった。 俺の仕事はこれだけだ。 リビングのパソコンで中身を確認する。 内容はよく分からないが、言われていた通りのものが入っていた。 俺は急いで着替え、最後にもう一度だけ寝室を覗く。 「…………」 たった一日、一緒に過ごしただけだった。 しかし、その時間を思うだけで切なくなる。 優しいばかりではなかった。 でも、抱きしめてくれた。 それだけで十分だった。 「………さよなら」 俺はそれだけ呟いて、部屋を後にする。 部屋を出てからは、二度と後ろを振り返らなかった。 「行かせてしまって良かったのですか」 近くに控えていた男が静かに尋ねる。 その男は、昼に会食の時間を知らせに来た人物だった。 話しかけられた桐山は、目を開いて体を起こす。 気だるげに髪を掻き分け、差し出された着替えを身につける。 「首尾は」 「予定通り進んでいます」 質問には答えず切り返すと、部下の男は何枚かの書類を取り出した。 手渡された書類にざっと目を通し、桐山はネクタイを締める。 ベッドから離れる際に、ふと、隣の空いた空間に目をやった。 先程まで千春が居たスペースは、もう熱が冷めてひんやりとしている。 桐山は眉を寄せて動きを止めた。 その様子を見ていた部下が、心配そうに声をかける。 「ボス、今からでも連れ戻しますか」 「必要ない」 桐山は吹っ切るように立ち上がり、部下が広げたジャケットに袖を通した。 それからリビングに向けて歩き出す。 寝室を出る際、桐山はそっと呟いた。 「……結局最後まで、助けてとは言わなかったな」 猫のように、近づいたと思ったら離れていく。 (あんな顔をするくらいなら、最初から頼ればいいんだ) 桐山は千春の涙とくしゃくしゃの笑顔を思い出した。 そして、少し乱暴に扉を閉めたのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |