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君の声が聴きたい
3※微

それから、紅太郎はみるみる明るくなった。

コンプレックスだった声を活かして仕事をこなすうちに、社会性も身についた。

元々こういう仕事が向いていたらしい紅太郎は、演技力も抜群で、すぐに声優界で頭角をあらわした。

100年に1人の逸材として、注目を浴びた。

嬉しかった。

毎日が楽しくて仕方がなかった。

だから、紅太郎は油断してしまっていたのだ。

小さい頃から研ぎ澄まされた警戒感が、すっかり緩みきってしまっていた。


高校生になり、紅太郎は普通の公立高校に入学した。

いくつか父に私立を勧められたが、どれも全寮制や都心から離れたものばかりだったので、却下した。

今は仕事が楽しかったので、仕事に集中できる環境が欲しかったのだ。

そして、そこでも紅太郎をとりまく環境はあまり変わらなかった。

男女問わず、紅太郎と話すと顔を赤くする。

さらに、それだけではなかった。

紅太郎は頭が良かったのだ。

それまで自覚はなかったが、確かに勉強に困ったことはなかった。

しかし成績が廊下に張り出されるようになって、事態は一変した。

紅太郎は常に学年トップの成績だったのだ。

また柔道や空手を習っていたので、運動神経も悪くない。

むしろこれもトップクラス。

極めつけに大財閥の御曹司で、有名な声優となれば、もう向かうところ敵なしの状態であった。

クラスでも中心的存在となり、リーダーを任されることが多くなる。

人間関係も円満に築けるようになり、とりまく状況は同じでも、中学までとは全然違った。


うまくやれている。


実際、声優としてデビューしてから、襲われる回数がめっきり減った。

それは、皆が紅太郎の声になれて免疫がついたか、紅太郎が仕事として発散することによって効力が弱まったからか。

何にしても、皆前ほどに自分に魅力を感じなくなったのだと。

そう、勘違いしていた。


拓海と出会ったのは、入学から少し落ち着いた、6月のことであった。

調理実習を終えた女子達にお菓子を持って追いかけられ、紅太郎は人気のない教室に逃げ込んだ。

そこは、美術室だった。

「誰?」

問われ、硬直する。

紅太郎は慌てて弁解しようとして、その姿に目を奪われた。

日に透けて茶髪がキラキラと輝いている。

とても美しい、男の人だった。
「君は…」

相手は、紅太郎を知っているようだった。

無理もない。

紅太郎の噂は学年の枠を飛び越えて広まっていた。

「お邪魔してすみません。少し、人から逃げていたもので」

説明すると、拓海の顔が赤く染まる。

絵筆を持つ手が震え、こちらを見る目が潤んでいた。

胸が、ギュッと締め付けられたように苦しくなる。

自分の声に頬を染める姿を見て可愛いと思ったのは、この時が初めてだった。

「…あの、名前、聞いてもいいですか」

一目惚れだった。

それから何度も、紅太郎は放課後美術室に通った。

始めは戸惑っていた先輩もすっかり慣れた様子で、いつも笑顔で迎えてくれた。

「…好きです」

そして、告白した。

蝉が五月蝿く鳴く中で、背中を伝う汗だけが揺らぐ意識を引き戻す。

拓海は頬を真っ赤に染めながら、嬉しそうに笑った。


「…ほんとに、いいの?櫻木」

「はい。先輩…きて」

暫くして、誰もいない美術室で体を重ねた。

体の下の机が、ギシギシとやかましい音をたてる。

「あ、あ、せんぱ…!」

「櫻木、櫻木!」

パン、パンと肌と肌がぶつかる音が響く。

「ふぁ、先輩…!すき…ッ」

拓海に与えられる刺激全てが愛おしかった。

「あ、んあ、あぁ!」

「ぅ…さくら、ぎ…もう…」

「ああ!先輩!俺も…は、ああああん!」

同時に果て、2人は抱き合いながら夢中でキスを貪った。


それからすぐに、事件は起こった。

1階の掲示板に、紅太郎と拓海がキスをしている写真が貼られていたのだ。

それは、下校途中にこっそり交わしたものであった。

迂闊だった。

紅太郎は奪い取るように写真を破り捨て、3年の教室に向かう。

ある教室の中で、拓海はクラスメート全員に囲まれていた。

「だから、違うんだって!」

皮肉にも、紅太郎はその時初めて拓海が声を張り上げる所を目の当たりにした。

「相手は男だぞ!?」

「でもキスしてたじゃん」

誰かが呟くと、拓海はギッとそちらを睨む。

「あれは無理矢理されたんだッ!お前らだって、あの声で囁かれたら抗えないだろう?」

誰も否定できないのか、しんと沈黙が降りる。

紅太郎は、視界がぐらぐら揺れているのを感じた。

まさか、あの優しい拓海にここまで酷く裏切られるとは思ってもみなかった。

確かに言い寄ったのは自分だ。けれど確かに、拓海は受け入れていたではないか。

そこで、紅太郎はハッと気付いた。

(そういえば、先輩から好きだって、言われたことなかったな…)

思わず自重気味の笑みがこぼれる。

そうか、拓海との思い出も、全て紅太郎が作り上げた偽物だったのか。

『俺は、被害者だ!』

叔父の言葉が、脳裏に蘇る。

呆然としていると、叫んでいた拓海と目があった。

拓海は大きく見開いた瞳に恐怖をうつし、ばつが悪そうに顔を背ける。

心臓がちくりと痛む。

そうだ、拓海も被害者なのだ。

(俺が、全部悪いー…)

拳をギュッと握りしめる。

「――んな訳あるかあ!」

紅太郎の叫びに、周囲の人間が驚いて振り向いた。

(俺のケツにぶち込んだのはテメェの意思だろうが)

紅太郎がずんずん突き進むと、皆が身を引いて道を作る。

紅太郎が怒り狂っている様子を見て、拓海は怯えて逃げだそうとした。


「――ざけんなあッ!」


そして、紅太郎は綺麗な背負い投げを決めたのであった。

それだけで教室を立ち去ったのは、拓海のためだ。

拓海の今後を考えれば、全て紅太郎のせいにしておく方がいい。

あんなことを言われても、紅太郎は拓海が好きだったのだ。

(いい。慣れてる、こんなの)

握り締めた拳が白くなっている。

紅太郎が自分のクラスに帰っても、拓海の時となんら変わらなかった。

高校に入って、声以外でも評価されたと思っていた。

だが実際はどうだ。

拓海の言葉を誰も否定しない。

紅太郎の人格は所詮、声だけで決まるのだ。

他の何も、見てもらえていなかったのだ。

(慣れてるだろ!)

紅太郎は唇を噛み締めた。

じわりと口内に血の味が広がる。

一度だけ、自分の机に拳を叩きつけた。

騒いでいた教室中が一気に静まり返る。

「…おまえら全員、クズだよ」

握った拳が少し震えた。

(クズは、俺だ…)

紅太郎は教室から抜け出した。
制止の声もなかった。


それから二度と、紅太郎がこの学校に来ることはなかった。


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あきゅろす。
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