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君の声が聴きたい
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「――という訳で、今日付けで副委員長に就任した櫻木蒼次くんだ。以後はともに働くメンバーとして、よろしくたのむ」

委員長の辻村が紹介すると、委員会室全体から拍手が贈られた。

会議室では臨時風紀委員会が開かれ、蒼次の就任報告が行われた。

蒼次は無愛想に一度だけ会釈する。

そんな失礼な態度にも、役員達は寛容だった。

つまりはランキングという実力主義だからだろう。

「では特に報告もないようだから、今日は解散にしよう」

辻村の号令で役員達が思い思いにばらけ始める。

蒼次もその流れに乗ろうとした所で、辻村に呼び止められた。

「おい、櫻木は残れよ。まだ説明がある」

「間に合ってる」

「そうはいくか」

体よく逃げようとした蒼次の首根っこを掴み、辻村はずるずると引きずり戻した。

血統書付きのドーベルマンが野良猫をしつけのために連れ戻しているような姿だ。

それを見た他の役員は、委員会の未来の姿を悟ったのである。


「さて、櫻木は風紀委員が何のためにあると思う」

長い話になりそうだったので、蒼次は溜め息をつきながらつまらなさそうに足を組んだ。

「知るか」

しかし蒼次のそんな態度は想定済みなのか、辻村は涼しい顔で説明を進める。

「まあ、殆どの者がそうだろう。風紀委員とは、校内の風紀、及び治安を守る委員会だ」

『櫻木蒼次』を守るため、あまり面倒くさいというポーズはくずせなかったが、辻村の話は蒼次の興味を引いた。

「そして、この学園で求められるのは主に治安維持の方だ。風紀も大切だが、その内容はほぼランキング上位者の性欲処理に限られているから、必然的に治安維持の役割が大きくなる、というのが現状だ」

つまり、風紀に分類される煙草や制服の乱れなど、性欲処理以外のことにまで手を回せないということか。

この学園ならではの風紀の立ち位置に蒼次は納得し、辻村を見る。

「――とまあ、表向きはこうなっているが、実際はもっと簡単なことだ」

がらりと手のひらを返したように砕けた言い方になった辻村を、蒼次は意外に思った。

「学園の秩序と平和を守る。それが風紀委員の活動の目的だ。そのためには生徒が安全かつ安心して過ごせるようになる必要がある」

蒼次は大きく目を見開く。

淡々とだが真剣に語る辻村の姿に、風紀委員という立場に対する責任と誇りが垣間見えた。

ただランキング上位者という責任だけで引き受けた蒼次とは全然違う。

やりがいを持ってやっているその姿に、蒼次は思わず感動してしまった。

(なんか、かっけー…)

蒼次は本来単純素直な性格である。

風紀委員という仕事に誇りを持って真っ直ぐ取り組む姿に、蒼次はあっさり感銘を受けてしまっていた。

しかし蒼次の演技力は抜群なので、そんな様子には露ほどにも気づかない辻村が、ダンと机を叩いて熱弁を続ける。

「近年風紀委員は学園の権力を巡って生徒会役員と対立する傾向にあが、俺はバカバカしいことだと思っている」

蒼次は突然のことに驚き、机に置かれた拳と辻村を交互に見た。

「生徒会とは、学校の全校生徒のことだ。生徒会役員は全校生徒の代表で、全生徒の総意の下で自発的に活動を行う。その内容は、学園生活の充実・改善・向上を図ること、生徒の諸活動を調整し、支援すること、行事の企画・運営など、多岐に渡る」

辻村がガリガリと白板に文字を連ねるが、全く読めない。

「つまり、生徒会役員は学園をまとめていく総括的な役割がある。それを実現させるために、風紀委員会や文化祭実行委員会、体育祭実行委員会などの細かな分野に特化した委員会がある」

蒼次は、今までどれだけ学園のことに無関心だったかを思い知った。

「言わば風紀委員は生徒会活動全ての土台だ。安全が確保されなければ活動できないからな」

一体、学園の生徒のどれくらいがそのことを理解しているだろう。

蒼次は辻村の熱弁に圧倒されながら、今までの自分や生徒のことを振り返っていた。

「生徒会の主権は生徒にある。今の生徒会長はそれをよく分かっている。だったら、反目し合う必要なんてない。協力する方がよほど有益だ」

辻村は自分の机から書類の束を取り出し、蒼次に投げて寄越した。

「これが風紀委員の仕事の概要とこれまでの活動報告書のまとめだ。次までに頭に叩き込んでこい」

図鑑並みに分厚い資料にげんなりしながら、蒼次は一つだけ質問した。

「でも、生徒会長と手を組むってことは手下になるってことだろ。それじゃあ風紀委員の仕事も表沙汰にならねえ。それでいいのかよ」

しかしその質問に、辻村は不敵に笑ってみせたのだ。

「リーダーは一人で十分だろう。それに、それが本来あるべき組織の姿だ」

辻村は資料で蒼次の頭を叩き、狼と恐れられる蒼次の顔を覗き込む。

「それに、人に評価されるために仕事をする訳じゃない。だから、俺はそれで構わないと思ってるよ。むしろ行動しやすくて結構だ」

叩く力は思いの外強かった。

蒼次は資料を呆然と受け取り、頭を押さえる。

乱れた学園を立て直すためには風紀の力が不可欠だったはずだ。

派手な会長の影に隠れてはいるが、確かにこの人も学園を立て直した功労者なのだ。

仕方なく入った風紀委員会だったが、話を聴いた今、蒼次はやりがいと期待を抱いていた。

そんな蒼次を満足そうに見下ろしていた辻村は、ふと足下に落ち着いている生徒手帳に気がついた。

「おい、これお前のじゃないのか――」

確かめようとして中を見た辻村が固まる。

「―――あ」

それを見た蒼次も固まる。

奇妙な沈黙の後、辻村は手帳を閉じ、動けないでいる蒼次に差し出した。

「…………お前もランキング上位者なんだから、気をつけろよ」

広げた手の上に返され、蒼次は立ち去る辻村を呆然と見送る。

その手帳の中には、さらに増えた紅太郎のプロマイドコレクションが挟まれていたのだった。

もっと何か言われると思っていたので、蒼次は拍子抜けした気分だった。

いや、明日には噂が広まってるかもしれない。

蒼次は慌てたが、先程学園の秩序と平和を熱弁していた辻村の姿を思い出した。

そんなに疑う必要はないかもしれない。

蒼次は辻村という人物を理解しきれないまま、資料を持って寮に戻っていった。

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