君の声が聴きたい
7
次の日教室に入ると、何やらいつもより騒がしい様子に気がついた。
騒がしい、というより浮き足立っているという表現の方が正しいだろうか。
「あ、コウ!」
紅太郎に気付いた友黄がそばに駆け寄って状況を説明してくれる。
「なんかさ、臨時の朝礼やるらしいぜ。テレビ放送で」
『え、今日木曜だよ』
「だから臨時なんだろ」
友黄は笑って返した。
心なしか友黄も少し興奮しているようだ。
徳峰学園は毎週月曜日に定例の朝礼がある。
講堂で行うため天候にも左右されず、テレビで朝礼を行ったことなど一度もない。
何事かと思っていると、友黄がこっそり耳打ちをしてくる。
「昨日櫻木と会長があんなことになっただろ。だから、今日のは記者会見的なものじゃないかって」
その推測に、紅太郎も納得した。
昨日親衛隊長が呼びに来ていたが、なにも騒ぎ立てるのは親衛隊だけではない。
生徒全員の噂となっている今、話題の中心が中心だけに、急いで対応する他なかったのだろう。
「いやーしかし、櫻木まで持ってるとは思わなかったなあ」
紅太郎が考えこんでいると、友黄が感心したように頷いた。
「あれ、俺が買った後話題になって飛ぶように売れたからさ。櫻木が争奪戦に参加してるのが想像できなくて」
友黄が笑うのに合わせて、紅太郎も乾いた笑いを返す。
(まさかソウが投げ飛ばしたのはトモがくれたやつですよなんて、口が裂けても言えねー…)
罪悪感に苛まれながら、心中で謝罪する。
『それにしても、そんなに売れたなら友黄が頼まれて買う必要もなかったんじゃないか?高かったんだろ?』
昨日からずっと疑問に思っていたことを尋ねると、友黄は少し照れたように頬をかいた。
「いやー、皆が欲しがってるってわかったら、なんか勿体無くなっちゃって。それに転売も良くないかなって言い訳つけて」
友黄らしい理由に、紅太郎はくすりと笑う。
「あ、ほら、始まったぞ」
袖を引かれ、紅太郎はテレビの前に連れて行かれる。
そこには秀麗な笑顔の会長と、明らかに嫌そうな仏頂面を浮かべた蒼次が並んでいた。
こうして並んでいるところは初めて見るが、なるほど、学園の生徒が騒ぐのも無理はない。
どちらも違った魅力を持っており、一緒にいると一枚の名画を見ているような、そんな気持ちにさせてしまう。
学園の一般生徒にとって、二人は生きた人間ではなく、愛でるべき芸術品なのだ。
芸能人の有名税のようなものだろうか。
紅太郎は感心しながら、会長が口を開くのをじっと待った。
『全校生徒の皆さん、ごきげんよう』
その瞬間、教室のチワワ達から大歓声が巻き起こった。
絶叫はここだけでなく、各教室から聞こえてくる。
(す、すげえな)
たかが挨拶だけでここまで盛り上がるとは、想像以上だった。
しかも、実物ではなくテレビ放送である。
さすが会長というか、なんというか。
紅太郎が教室の熱気についていけず困惑している間にも、会長の話はどんどん進んでいった。
『今日は皆さんに、お知らせしたいことがあるんだ』
そう言って、会長は蒼次の肩に手を置く。
今度は歓声と絶叫があがったが、当の蒼次は心底嫌そうに顔をしかめた。
『さわんじゃねえ』
蒼次に手を振り払われたが、会長は動じず、にっこり微笑む。
『実は本日付けで、空席だった風紀委員会副委員長の後任が決定しました。お察しの通り、ここにいる櫻木蒼次くんが次の副委員長です』
促され、蒼次が嫌そうに前に出る。
『……よろしく』
そして、再び黄色い歓声がとぶ。
恐らく蒼次のファンだろう。
会長よりは少ないが、それでも騒がれていることに変わりはない。
しかし紅太郎は蒼次の無愛想な挨拶に、吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。
頑張ってはいるが、口元がひきつっている。
おそらく緊張を押し殺すのでいっぱいいっぱいなのだろう。
(なんせドヘタレだから…)
無口キャラでなければ一瞬でバレていただろう。
すると、カメラ側にいるのであろう生徒から、突然二人にマイクが向けられた。
『報道部の佐藤です。昨日二人の熱愛疑惑が浮上し、学園中が混乱していますが、本当のところはどうなんでしょうか』
反射的に蒼次が叫ぼうとしたところを、会長が前に出て抑えた。
『あれには僕も驚いたよ』
会長は失笑し、困ったように眉を下げる。
『最近風紀委員の引き継ぎのことで話し合う機会は多かったんだけど、まさかこんなことになるなんてね』
会長がチラリと見ると、蒼次は顔をしかめながら口を開いた。
『あれは風紀委員として生徒会と連携をはかるために借りたもんだ。最近の歴史を知るには一番手っ取り早かったんだよ』
おそらくは報道部員を睨んでいるのだろう。
鋭い眼光がテレビの前の観衆までをも射抜く。
『で、でも、見られた時の櫻木さんの動揺が凄かったとの報告もあるのですが…』
『あ"あ"?』
『すみません』
更に険を増した蒼次の睨みに、報告部員がマイクを引いた。
心なしか声が震えている。
それを見ていた会長が苦笑して仲裁に入った。
『つまり大きな誤解なんだ。発表が遅れたことで混乱を招いてしまい、申し訳なかった』
そして会長が頭を下げた途端、学園中に絶叫がこだまする。
先ほどとは違う、阿鼻叫喚といった叫びに、紅太郎は思わず耳を塞いでやりすごした。
テレビに向かって「顔を上げてください!」「疑ってごめんなさい!」などと叫ぶ輩もいる。
それが届いているのかいないのか、会長は顔を上げてにっこりと微笑んだ。
『僕は皆のものだよ。心配させてごめんね』
極上の笑みで手を振り、隣で蒼次が呆れたように傍観している。
それから朝会は報道部の挨拶によって締めくくられた。
すっかり平穏を取り戻した学園の雰囲気に、紅太郎は呆れて友黄を見る。
友黄も同じような表情で教室内を見渡していた。
『あんな理由でいいの?』
「同感」
その場しのぎの適当な言い訳なのに、頭を下げただけで誰もが納得して忘れ去る。
それほどに、会長の人望は厚いということだ。
(なんだかなあ…)
身一つで何でも解決してしまう姿に、余計その存在を遠く感じてしまうのだった。
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