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君の声が聴きたい
5

「あはははは!はは、あははははッ」

腹を抱えて笑う紅太郎を、蒼次は涙目で見つめた。

「そんな笑わなくてもお…」

それでも止まらない紅太郎に、蒼次はがっくり肩を落とす。

「はは、おっかしー」

笑いすぎたせいでおなかが痛い。

紅太郎は涙を拭きながら、たった今聞いたことのあらましを振り返った。

「いやー、ばかだなあ、ソウ。なんで預かった後持って帰んなかったわけ?」

「だって…、兄ちゃんの目に入らない安全な所はあそこしか…」

「結果ソウにとって一番危険だったってことか!」

そして、紅太郎は再び笑い出す。

暫くして落ち着いてくると、あまりに落ち込む蒼次が気の毒になってきた。

紅太郎は笑うのを止め、ぽんぽんと蒼次の頭を優しく叩く。

「悪かった。でも、俺はそのおかげで助かったよ」

どういうことかと顔を上げた蒼次に、紅太郎は屋上での出来事を説明した。

キスの話は黙っていることにする。

嫉妬に狂った蒼次が何をしでかすか分からないからだ。

「……という訳だ。逃げ切れたかは分からないけど、少なくとも興がそがれるきっかけにはなったはずだ。俺のチワワ演技は完璧だった!」

紅太郎は1人納得し、突如現れた美少年の存在を思い出す。

「そういえばさ、やたら美人な子が会長呼びに来てた。緊張感はあったけど親しげに親衛隊召集とか言ってたんだけど、あれ誰?」

蒼次はピンと思いついたように答えた。

「ああ、それなら多分、高城煉のことだよ」

思い当たる人物は一人しかいないのか、蒼次の返答に迷いはない。

「会長の親衛隊隊長。1年で俺と同じクラスだよ。ちなみに会長が生徒会役員候補になるまでは恋人だった」

「え!?」

驚きの声をあげた紅太郎に、蒼次は不満そうに続けた。

「兄ちゃんもしかしてまだ…」

「いやあ、はは。なんか会長が特定の相手作るなんて意外で…」

疑念の目を向ける蒼次を前に、紅太郎は慌てて取り繕う。

その言葉に嘘はなかったが、少し胸が痛んでしまったことは内緒だ。

まだ完全に想いを捨てられていなかったことに、紅太郎が一番呆れていた。

(なんで、消えないんだよ)

自分を叱咤するが、やはりどうしても忘れられないのだ。
入試の時、柵の上から現れた会長は本当に羽がはえた天使のようで、あの場面では紅太郎にとって救世主以外の何者でもってなかった。

目立たないために遠ざけるにしても、会長の魅力には抗えずにいるのだ。

無意識に、指で唇に触れていた。

(性欲処理だって、学園のためといえばそうだし…)

そこまで考えて、紅太郎はぶんぶんと頭を振った。

(俺が揺らいじゃだめだ!いくら顔がタイプだからって!鬱憤晴らすなら性欲以外にもあるだろ!そんなのも我慢できずに体だけの関係を持つ奴は、まともじゃない!)

紅太郎が必死で己と戦って百面相している様子を、蒼次は捨てられた子犬のような目で眺めていた。

紅太郎はモロに考えが顔に出やすい。

蒼次はそれを承知しているので、紅太郎が考えていることは大体手に取るように読めていた。

正直、紅太郎がここまで会長に惹かれているとは思いもよらなかったのだ。

写真集を持っているのを見た時、蒼次はまずいと直感的に悟った。

もう、紅太郎を会長に近づけてはならない。

蒼次は強く決心すると、考えにふける紅太郎に声をかけた。

「兄ちゃん、もう会長に関わるのはよそう」

紅太郎は顔を上げ、蒼次をまっすぐに見返す。

「俺、風紀に入るよ。そっから探ってみる。風紀委員長と会長は歴代でも稀に仲がいいって噂だから、きっと情報は多く入ると思う。俺は会長の懐から兄ちゃんを守るよ」

「ソウ…」

(あんなに会長苦手なのに…)

兄のために体を張る弟の姿に、紅太郎は胸を打たれた。

嫌がっていた委員会に入ろうと思うくらい、蒼次の世界は紅太郎中心に回っている。

弟の献身に応えるため、何より自分の平穏のために、紅太郎は決意を固めた。

「分かった、気をつける。もう関わらないよ」

「絶対?」

「うん、絶対」

念を押してくる蒼次に、紅太郎は深く頷いて答える。

蒼次はホッとしたように頬を緩めた。

紅太郎はそんな弟の頭を撫でながら、一抹の不安を拭えずにいた。

(あのキス…)

気まぐれ、ということはないだろう。

今までトラブルを避けるため、恋愛沙汰には特に注意してきたはずだ。

そうなると考えられるのは好意か、試されたか、ただの嫌がらせか。

なんにしろ、紅太郎が口がかたいを前提に動いていることになる。

好意は、まあ、ないだろう。

嫌がらせをしそうなタイプには見えないから、どうやら紅太郎はまだ疑われているようだ。

行動に気をつけなければなるまい。

紅太郎は意気込んで頷いた。


しかし、2人は既に事態の渦中に巻き込まれており、逃れることはできない所まで来てしまっていたのだ。

そんなことに気付きもしない紅太郎は、未だに平凡な生活を夢見てやまないのであった。

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あきゅろす。
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